四十七 貴族の子、花の名前を知る
開いた口が塞がらない俺の様子を見て、神父は笑みを浮かべた。
「まあ実際は噂程優れた機関ではないよ。しかし、天網の駐在員はこの私を含め、この国のみならず他国の至る所に存在する。日夜情報を収集して本部に伝達するのが仕事だ。対して彼は派遣員。怪しい噂の調査、及び可能な範囲で解決を行う」
「でも、デクは冒険者じゃないですか」
「俺は天網の一員であり、かつ冒険者って感じだな。まあ、そう毎度天網の仕事なんて来ねえからな。だから別口で生計を立てなきゃならん」
一般人として生活の中に紛れつつ情報収集。だからこそ情報の少ない秘密の組織。
「でも、その存在を俺に話すってことは」
「ああ、そうだよラック。私は君を勧誘している」
神父は不敵な笑みを浮かべた。
「・・・・・・神父様は、俺に聖職者が向いていると言っていたじゃないですか」
「ああ。聖職者も、君にはふさわしい。だが同時に、君にはこういう活動も適していると判断した。いや、ずっと判断していた」
「ずっと?」
「ああ。二人以上の推薦が無いと天網の一員になる資格は得られない」
「ということは、デクも俺を推薦していると」
「まあそういうこった。森を駆ける機動力。ドラゴンに襲われても折れない精神力。そして人を助ける倫理観。派遣員にもってこいの資質だ」
「私は駐在員にと考えていたのだが」
「あの、もし俺が断ったらどうなるんですか?」
さっきから俺が組織に入ること前提で話が進んでいる。そもそも、秘密の組織の内情をこうもべらべらと話していいものなのか?
「君も先程見たと思うのだが」
神父の言葉を聞いた瞬間、アーカヴィーヴァの姿が脳裏に浮かんだ。教会へ入る前は絶望に沈んでいた彼の顔が一転、希望に満ち溢れた顔で教会を出て行った。別人だ、と言われても説得力を感じる程の劇的な変化。
曰く、彼は記憶を奪われた。そして、もしこの勧誘を断れば、俺も記憶を奪われるのだろう。これが勧誘? ほとんど脅迫じゃないか?
「・・・・・・俺を、天網に入れてくれませんか?」
「君ならそう言うと思ったよ」
神父は笑みを浮かべた。
「・・・・・・この話は一旦置いといて、花畑消失の件なんですが」
「そうだな。まずラックも考えていると思うが、マクマホンは今回の黒幕ではないだろう。その男の裏に誰かがいると仮定するのが妥当だ。そして、黒幕が個人ではなく、集団である可能性も十分に高い。だから、今回の件の犯人を追及することは我々の力だけでは不十分だろう。
次に実際の事件だが、ティタノ伯爵家の関与の証拠をもみ消し、かつスティヴァレ伯爵家の喪失分の対価が補填できれば、今回の騒動はただドラゴンが起こしただけの放火事件となる。つまり、政治的意味合いは完全に消える」
神父の言っていることは尤もだと思った。同時に、その手の解決を拒みたくなる気持ちもあった。問題を解決して無くすのではなく、問題そのものを無かったようにするそのやり口。それが何故か腑に落ちなかった。
でもこの気持ちは、恐らく前世の価値観によって生まれたものなのだろう。実際、この解決で三つの貴族の家の衰退を防ぐことが出来るのだから。
「・・・・・・俺以外にもエイブと、イタロス家の執事とメイドがある程度今回の件の情報を知っていますが、それはどうしますか?」
「イタロス家の人間に関しては領主様に話を通せばどうとでもなるだろう。エイブに関しては一介の冒険者だ。彼が話してもただの噂にしかならないよ」
俺にとって、今回の花畑の消失というには、忘れることの出来ない一件となるだろう。だが、それは世間的に見れば、意図も容易く無かったことにされる程度のことであった。きっと、天網という組織は、そうやってあらゆることを歴史の闇に葬り去ることを、生業としているのだろう。
今はまだ、その事実を上手く飲み込めずにいた。
俺はジブリールに乗って、マリアと別荘に居た老爺とメイド、合わせて四人でイタロスの屋敷に戻った。
ジブリールが屋敷の前に降り立つと、真っ先に駆け寄って来たのはエルトリアだった。彼女は真っ直ぐ俺の許に来て、抱きしめてくれた。
「花畑が何者かに燃やされたって聞いて、本当に、本当に心配したわ」
「・・・・・・ただいま」
俺も彼女を抱きしめた。すると、彼女の香りがふわっと鼻を抜け脳にまで届いた。白い花の記憶、そして、ポケットの中のものを思い出す。
「・・・・・・花畑は燃えて無くなってしまったけど、少しだけ、摘んできたよ」
俺はポケットから取り出した一握り程の白い花を彼女に渡した。
彼女は花を受け取り、大事そうに胸に抱えた。じっと花を眺めた後、暫くの間無言で俺を見詰めた。
「・・・・・・この花は、カモミールの変異種なんですって。名前は、
────────シラクサ。
貴方との、思い出の花」
「・・・・・・すごく、きれいだ」
俺はわけもわからず涙を流した。彼女は笑っていた。花への想いはもう、思い出の中にしか残っていないのだ。




