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四十三 貴族の子、空想の生き物に遭う

 森の前に着くころには、かくかくしかじかとデクに状況説明し終えた。最後に俺は彼に頼みごとをした。

「イタロスとロマのそれぞれの屋敷に冒険者を集めてほしいだ?」

 バルは驚きの表情をもって俺を見た。

「はい。今回屋敷を放火した一団が、両家の屋敷を直接襲うかもしれません」

 確証など無いが、俺はその最悪の事態さえ起こらなければいいと思っていた。

「・・・・・・ラック。わりぃが、多分お前の読みは外れてるぜ」

「え?」

「貴族が全員魔法に優れた人間ってわけじゃねえ。だが、魔法の技術を独占しているから貴族はその特権的地位を守り続けることが出来ているんだ。わかるか。貴族本人が優れていなくても、大抵の貴族の屋敷には優れた魔法使いが一人や二人いるってもんなんだ」

 その時、俺の脳裏にはマリアの姿が浮かんでいた。彼女の召喚魔法は、たった一人で人攫いの一団をせん滅することが出来た。それはきっと、本来は破格の行いなのだろう。

「だからいかな悪党と雖も貴族の屋敷を直接狙うことなんてしねえ。むしろ、そういうやばいやつがいないっていう情報を入手していたからこそ、たった一人の手駒に別荘を襲撃させたんだろ。本当はもっと大勢使って襲撃させればいいんだからな。

 そして約束の刻限にその手駒が現れなかったら、十中八九失敗だと判断するだろう。その後の行動の選択肢としては、撤退か再挑戦の二択しかない」

「どうしてその二択しかないとわかるんですか?」

 俺は驚きを隠すことが出来ずにいた。昼間の様子から、デクに対して、気の良い冒険者、程度にしか見ていなかったからだ。この判断は冒険者としての経験の差なのか、それとも彼が頭の回るやつだったのか、俺には見当がつかなかった。

「やつらの最低限の目標は既に達成されているからだ」

「最低限の目標?」

「ああ。最低限の目標。それは、ティタノ伯爵家の没落だ」

「・・・・・・え?」

「今回の計画が成功すれば、モンス公爵家は金を手に入れることが出来ず財務上の危機に陥り、スティヴァレ伯爵家は貴重な財源である花畑を失う。そしてその原因となった長男の為に、ティタノ伯爵家は責任を負わされ、最悪御家取り潰しだ。

 誰が考えたのかは知らないが、ここら一帯の貴族を三つ一気に弱体化させるえげつない作戦だぜ。これじゃあ誰が得するのかわかんねえな。領地を持たない男爵が土地をもらえるかもしれねえし、邪魔な政敵を排除したい公爵家の策謀、はたまた他国の政略か? 誰も彼もが得をするってんだからな」

 ・・・・・・全くもってその通りじゃないか。ちっとも考え付かなかった。

「ティタノ伯爵家の長男が放火に成功した時点で奴らの計画の三分の一は成功したと言える。まだ結婚式まで時間はあるんだろ。だったらもう一度花畑を消しに来るはずだ。明日か、もしかしたら今夜かもしれねえな」

 今夜だって!? 馬鹿な!

 俺は自分の顔を自分でぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。だがそんなことをしても意味がない。直ぐに行動を開始しなければ。

「デクさん! 可能な限り早くイタロス家の別荘に冒険者を集めることは出来ませんか?」

「やってみるが、襲撃が今夜だったら間に合わねえぞ」

「大丈夫です! 俺と友人で時間を稼ぎますから」

 言い終えると、俺は手近な木に飛び乗って花畑へと向かった。

「稼ぐって一体っておい! 何してんだ!?」

 デクの声は遠く、もう聞こえなくなった。俺は闇の中を、僅かな月明かりを頼りにひたすら進んだ。



 花畑に着くと直ぐにその様子を確認した。幸い、まだ何もされていなかった。俺は直ぐに別荘の方に向かい、着くと同時に門を叩いた。エイブはまだ別荘に居るのか。それとも、もう帰ってしまったか。

 真っ先に別荘の中から出てきたのは、エイブだった。

「良かった。まだいたのか」

 俺は友人の顔を見て心底安心した。

「もしかしたら戻ってくる輩がいるかもしれないと思ってね」

「そのことなんだがエイブ、少し聞いてくれないか」

 俺は今までの経緯とデクから聞いた推測を簡潔にエイブに話した。

「でも、花畑と見せかけて、もう一度屋敷に敵がやってきたらどうする? 執事さんとメイドさんだけじゃ対処できないだろ?」

 エイブの言うことも尤もだ。人命優先を考えれば、別荘の警護を一人も配置しないというのは下策と言えよう。

「じゃあこうしよう。俺が別荘に残るから、エイブは花畑を守ってくれないか?」

「・・・・・・わかった。そうしよう」

 エイブを見送った後、俺は別荘の中に居た老爺とメイドにエイブの代わりに警護に就くことを報告した。

「エイブさんに花畑を守ってもらうということは、花畑の方が狙われる可能性が高いということなんですよね?」

 メイドが心配そうに俺に尋ねた。

「そういうことになります」

「では、どうか花畑の方に向かってくれませんか。あそこには本来、人や獣が近付いて来ることが出来ないような強力な結界が施されているのです。ですが、先程確認した所その魔法が正常に機能しておらず、結界を張った魔法使いも何故か今日この別荘に来ていません。もしかしたら・・・・・・、いえ、間違いありません。悪党たちは花畑を狙っているんです」

 花畑には結界が貼ってあったのか! なるほど、それでいつもあの花畑の周りには獣が一匹も居なかったんだな。そして俺は魔力が無いから結界が機能せず花畑に入ることが出来たのか。道理で。大事な財産にしては簡単に俺の侵入を許していたなあと思ったよ。

「わかりました。では一度花畑の方に確認に向かいます」

 俺は別荘を飛び出し花畑へと向かった。

 月明かりの下、白い花に囲まれる友人に声をかける。

「エイブ!」

「ラック! どうしてここへ?」

「メイドさんが教えてくれたんだ。この花畑に掛かっていた結界が解けているって。やっぱり悪党の狙いはこの花畑なんだよ」

「でも確証はないだろう?」

「じゃあ一度索敵魔法使ってくれよ。それで別荘の方に敵が居たら、俺は直ぐに戻るから」

「・・・・・・わかった。そうしよう」

 エイブが指を鳴らした。

 瞬間、彼は上を見た。夜の闇の中に、一体何があるというのか。

「嘘、だろ・・・・・・」

 俺も夜空を見上げると、闇の中にうごめく何かを見付けた。

 月明かりに照らされたのはその赤き翼。空を覆い尽くさんとするその巨大な羽は、彼のものの巨体を悠々と空中に浮かばせていた。揺らめく尾、轟く唸り声。鋭い牙が月明かりを反射し、もはやトカゲとは別物の顔は、前世の記憶から恐竜という単語を呼び起こす。


 ────────否。


 それは恐竜などではない。それは前世の中では空想とされた伝説の生き物。

 そう、ドラゴンであった。


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