四十二 貴族の子、推理する
天網の名を口にした途端、少年は途端に全てを諦めたように大人しくなった。俺はひとまず少年を引き連れマリアの故郷へと向かった。
町に入り出迎えてくれる人とあいさつを交わしつつ、俺は町長に頼んで人に話が聞かれそうにない部屋を一室貸してもらった。俺と少年、二人の土にまみれた服の着替えまでもらった後、水浴びをして服を変えすがすがしい気分になった俺とは対照的に、暗い表情の少年はぽつぽつと語り始めた。
「俺はアーカヴィーヴァ・サマリノ。ティタノ伯爵家の長男だ。まあ、天網なら当然知っているだろうがな。・・・・・・そう、知っているはずだ。最初は、最初は俺が、彼女の、エルトリアの婚約者だったんだ。なのに、ロマ家の策略によって、俺は、婚約を破断となったんだ。あの落ちぶれた家は、常に金に困っているくせに、未だに周囲への発言力が無駄に強いんだ。だから、父上はその圧力に負けてしまったんだ。
最初は仕方がないって思っていたんだ。でも、いざその時が刻一刻と近付いて来る度に、震えが! 震えが・・・・・・止まらないんだ。彼女が、エルトリアが、他の誰かのものになると考えただけで吐き気がしたんだ。それに、相手はあのシモン・ロマだ。あいつは魔法学園でも常に俺の上をいった。あいつは、俺のことなんて気にも留めていなかったんだ。あいつは飛び級で魔法学園を卒業した。まだ十七歳。俺よりも一つ年下なのに。許せない。許せないんだ。どうしてあいつばかり持っているのか。どうして俺には何もないのか。
そんな時、マクマホンと名乗る男にあった。あいつは言ったんだ。俺とエルトリアが結婚できるようにしてくれるって。その為に、俺はイタロス家の別荘に火を放ったんだ。そうすれば、彼女が、俺のものになると思ったから。
・・・・・・どうだ天網。一つくらいは貴様の知らない情報があったか?」
全部初耳だしそれにいきなり全部話してくれたよ本当にありがとうアークくん。
「全部初耳だったよ」
「・・・・・・皮肉はよしてくれ」
そう言うと、アーカヴィーヴァは膝を抱え、塞ぎ込むように膝に顔を埋めてしまった。自分自身を見ているような非常に悲しくなった。エルトリアのこととなると、俺もこんな風に情緒不安定になってしまっているんだろう。
同情心と共に羞恥心が胸の奥から込み上がってきた。顔の火照りを覚ますように手を団扇にして仰いだ。そして少し考えた後、俺はアーカヴィーヴァに尋ねた。
「お前は、別荘に火を放った後、どこに行こうとしたんだ?」
「・・・・・・スティヴァレとモンス領境でマクマホンと合流する予定だった。別荘を焼いた後もやることがあると言っていたからな」
「そのマクマホンとはいつ頃に待ち合わせをしているんだ?」
「空が青い内にという約束だったが、もういないだろうな」
見ると、窓の外から茜色の光が部屋の中に差し込んでいた。
「放火の後の計画について知っていることは?」
「何も知らない」
「マクマホンの他に協力者は?」
「いない。というか俺は知らない」
放火の後にも何か計画があった。マクマホンの狙いは一体なんだ。イタロス家とロマ家の結婚を妨害して誰に利益が行く。
ちくしょう。この世界の貴族事情がさっぱり分からねえ。早くしないとエルトリアに身の危険が迫っているかもしれないっていうのに。・・・・・・いや、落ち着け。まだあわてるような時間じゃない。一つずつ冷静に確認しよう。
「マクマホンは、お前に何という指示を出して別荘を襲わせたんだ?」
「「貴方がもしエルトリア嬢の結婚を阻止したいのならば、イタロス家の別荘にある宝に火を放ってください。さすれば貴方の望みも叶うでしょう」と。マクマホンはそう言っていた」
マクマホンはアーカヴィーヴァに対して敬語を使っているのか。貴族間の策謀に平民が絡むのか、それとも男爵? マクマホンの裏に本当の黒幕がいるのか。
黒幕はロマ家とイタロス家の結婚を邪魔している。ついでにイタロス家の財産も焼却処分しようとしている。つまりイタロス家を狙った攻撃なのか。でもそれだけで家が滅ぶわけがない。ということはイタロス家を取り込もうとしているとかか? 何の為に? オヤジの治癒魔法に関することか?
色々考えるがやはりわからない。ここは取り敢えずイタロス家に情報を持って帰った方が良いだろう。
そう思ってポケットに入っている黄金の笛を取り出そうとして、そして思い出す。今日はもうジブリールを呼び出してしまっていた。ここから走って結婚式が開かれる前に辿り着けるのか? 昨日は一晩中走った。それでも足りなかった。しかもそれで途中でぶっ倒れて動けなくなってしまった。つまり俺一人の力じゃ屋敷まで辿り着けない。どうすればいい。どうすれば。
自分の服を漁っている内に、覚えのない金がポロリと出てきた。いや、覚えはある。これはデクにもらった金だ。
俺は部屋を飛び出して町長がくつろいでいる所に走って現れた。
「町長。今日この町に冒険者は泊まっていないか?」
「急にどうした。・・・・・・ああ、うん、そうだな。二人組の冒険者がやって来たとは聞いているぞ」
間違いない。デクたちだ。
俺は町長に感謝の言葉を述べながら、町にただ一つしかない宿屋へと走った。
宿屋に着くなり、亭主に冒険者の部屋はどこだと尋ねる。呆けた顔で亭主が教えてくれた部屋の扉の前まで階段を駆け上って向かい、心を落ち着ける間も無く俺は戸を叩いた。
「デク居ますか? ラックです。入っていいですか?」
「・・・・・・ちょっと待ってな」
しばらくして少し扉が開き、中からデクの顔が現れた。
「どうしたんだよラック。ていうかお前、イタロスの屋敷に戻ったんじゃねえのか?」
「少し野暮用がありました。今すぐに話したいことがあるんですが」
「それは構わねえぞ。ついでに飯も奢ってやるよ」
「いえ、あまり大声で出来る話かどうかもわからないので、部屋の中で話したいのですが」
「ああ、そういうことなら外を散歩しながら話そうぜ。わりいが部屋の中は汚くて、人様には見せられねえんだ」
「少し汚いくらい平気ですよ」
「いや、俺が耐えられねえんだわ。本当にわりい。少し外で待っててくれ」
そう言い残してデクは扉を閉めた。全く、こっちは急いでいるっていうのによ。あいつは一体何してるんだ。
完全なる八つ当たりを心の中でしながら階段を降りると、宿屋の亭主がやけに優しい目を俺に向けてきた。
「男には焦っちゃいけねえ時があるってことだ。特に、決闘の時にはな」
なんか格好つけているけども心底どうでもいいセリフだ。早く降りて来いよ。
俺は物理的な八つ当たりを人にしてしまう前に宿屋を出て、建物の前で待つことにした。しかし、五分待っても降りてこないデクに対して俺の怒りが我慢の限界まで達しようとしていた時だった。
「ラックさん!」
声の下方向を向くと、そこには少しだけ大きくなったバルの姿があった。肩に鳥を乗せており、彼は嬉しそうに俺のもとに駆け寄ってきた。
「久しぶりです」
「ああ久しぶり。元気にしてたか」
急いでいるためか、会話が定型句になってしまっている。
「はい。僕あれから神父様に魔法を色々と教えていただいて、最近は使役魔法を覚えたんですよ」
「使役魔法?」
「はい。契約した動物たちに、簡単な指令を送ったり、命令を実行させたりする魔法です。僕の場合、このハトのポッポに協力してもらっているんです」
ハトのポッポ! 何というネーミングセンス!
驚きのあまり待っている怒りがどこかに飛んでしまったじゃないかバル。
その時、ふと気が付いた。俺はバルの肩を力強く掴み早口で尋ねた。
「そのハト手紙運んだりできるか?」
「・・・・・・はい、出来ますよ」
「なら、イタロスの屋敷に手紙を届けてくれないか」
俺は恐らく言い終わらぬうちに宿屋の中に入り、余っている紙をもらってペンで文字を書き殴った。直ぐにバルの許に引き返す。
「これをハトの足に括り付けて、イタロス家まで飛ばせないか?」
「・・・・・・どれくらい距離ありますかね?」
「馬車で三日くらいだ」
「それくらいなら一晩で付きますよ」
ハト速くね。俺よりも速くね。え、俺ハトに負けたの? ハトに。なんか、何か言葉に出来ないけど、心にずしりと重くのしかかる何かがある。
・・・・・・まあ、そんなことは今はどうでもいい。
「じゃあ、この手紙を届けてくれ。屋敷はこっちの方角に真っ直ぐだから」
そう言って、俺はハトの足に手紙を括り付けて、イタロスの屋敷の方を指差して示した。
「ですが、誰に渡せばいいのやら」
「そんなのまで指定できるの!?」
「はい。感覚共有という魔法を使えば、誰の許に行くかを指示できますから」
「じゃあマリア。マリアに渡して」
「はい。わかりました」
いい返事をしたバルは、ハトを空に放した。ハトは空高く舞い上がり、あっという間に遠くへと飛んで行ってしまった。
うん。ハト速いなあ。ウマ並みに速い。あれ? でも俺ウマよりも速いぞ。じゃあ何で一晩で辿り付けなかったんだ。・・・・・・もしかして、体力の問題なのか。
「僕、家で集中してきます」
バルは元気のいい声でそう言って、家に帰っていった。
もしかして俺は、バルに夜更かしを強要してしまったのだろうか。馬鹿野郎! 寝る子は育つんだよ。もっと寝かせてやらなきゃ。でも、今は猫の手も借りたいんだぞ。
俺の心の中の葛藤を絶対に知らない少し不満げな様子のデクが宿屋の扉から出てきた。
「・・・・・・少し時間がかかりましたね」
俺が皮肉を込めていったことに気が付かないのか、すまんな、とデクは素直に謝った。
「俺もお預けはちときついわ。まあいい。で、話ってなんだ」
「それは歩いて話しましょう」
俺はバルと一緒に森の方へと歩き出した。




