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四十一 貴族の子、前世との縁を発見する

 しかしふと己の行動を振り返ってみると、天下の往来で幼気な少年の身ぐるみを剥ぐというのは褒められた行動ではないだろう。それに何より、今こうして組み敷いている少年が、実は少女であったり男の娘であったりする可能性がある中、果たして身ぐるみを剥ぐ行為にどれほどの正当性があるというのだろうか。

 俺は意を決し、地に倒れ伏す少年に問いかけた。

「お前って、もしかして女の子だったりする」

「ほへはほんははへえ!」

 外套を口に突っ込まれながら必死になって騒ぎ立てるのだから、何を言っているのかはわからないがきっと否定しているのだろう。

 もしかして童顔気にしてた? ごめんね。

 しかし、このまま服を脱がし続けても絵面が悪くなるだけで一向に問題解決には向かわないような気もする。ここは一つ、メタ的な視点で物事を考えるとしよう。

 多分この少年は貴族だ。彼はイタロス家の長女エルトリアとロマ家の長男シモンの結婚に対する何らかの対抗措置としてイタロス家の別荘を燃やした。

 動悸は何だ? 他人にやらせず、わざわざ自分で行動する。間抜けとは言わないが、深い私怨を感じる。結婚。私怨。結婚にまつわる恨み辛み。

「なあ、お前ってもしかして、イタロス家の長女、エルトリアのことが好きだったりする?」

 もしくは、シモンの方に恨みを抱いているか。まあ、もちろん他の可能性だって有り得るのだが。

 見ると、少年の顔が見る見るうちにゆでだこの様に赤くなった。まさかの当たりか。そしてお前は俺と同類だったのか。

 そう思った瞬間、俺は少年を抑えつけることを止めていた。同情してしまったのだ。

 解放された少年はすぐさま飛び起き、口の中の外套を引き抜いて地面に叩きつけた。

「良くもやってくれたな貴様」

〈発火〉

 少年が呪文を唱えた瞬間、彼の目の前に一瞬火の玉が現れ、そして直ぐに消えた。目眩ましのつもりかとも思ったが火の勢いは小さく、呪文を終えた後でも少年は同じ場所に立っていた。

 一体何がしたかったのだろうかと俺が疑問に思っていると、少年の体が少しずつ震えだし、遂には口から怒りをぶちまけた。

「『発火』を使っても何も起こらないじゃないか!」

 少年の発言の意図がわからなかった。魔法は成功しているから、彼が言いたかったのは魔法を使って何かをしたかったのだが、その何かがそもそもわかっていないような、そんな感じだった。

「・・・・・・もしかしてお前、俺のさっきの発言のことを言っているのか?」

 俺は少年に言った。

“ここで『業火』の長い詠唱を行おうなんて間抜けだな。普通『発火』で少し相手が怯めばいいんだから”

 そりゃあ組み敷かれている時は相手と比較的近い距離に居るから、目の前に炎を発生させる魔法で相手を怯ませる効果はあるだろう。しかし、俺が少年を開放したことで、今俺達の距離は二メートル程離れている。少年の目の前に火の玉を浮かべたところで、俺が怯えるはずもなく、また、解放された時点で炎を使って敵を怯ませる意味は失われている。

「貴様が『発火』で相手が怯むって言ったんだろうが!」

 目の前の少年はもしかすると、俺の予想以上に知能が低いのかもしれない。

「なあ、お前は人になんて言われてイタロス家の別荘を燃やしたんだよ」

「言うわけないだろうが! それにもう別荘の宝は燃えた。貴様が何をしようが結婚は破談だ!」

「・・・・・・別荘の宝を燃やせば結婚は破談になると、そう言われたのか?」

 少年は驚きの表情を隠せずにいた。そして、それは俺も一緒だった。

 しかし、別荘の宝を燃やす? オヤジは別荘に宝なんて隠していたのか? しかも、少年に指示した人物はどうやって宝のことを知ったんだ。その情報を知ることが出来た立ち位置の人物なのか?

「何故宝を燃やせば結婚が破談になるんだ?」

「貴様、そんな赤子でも知っていることがわからないのか? 持参金を払えなくなるからに決まっているだろ」

 持参金? イタロス家がロマ家に金を払うのか? 宝は金にするのか? それとも宝を直接取引するのか?

 その時、何故だかエイブの言葉が記憶に蘇る。

“でも森の奥にある霊験あらたかな花って、スティヴァレ伯爵家が所有している別荘の近くに咲いているカモミール畑しか知らないよ”

 そして、花畑のことはマリアの故郷に来ていた商人も知っていた。もしかして宝とは万能薬になるあの白い花のことを言っているんじゃないのか? レベルアップで生まれた突然変異種のカモミールが、そうおいそれと他の場所に咲いているとは思えない。つまりイタロス家は、万能薬の原料を独占している状態になる、ということだ。まさに、金の生る花、と言ったところだろうか。

 少年は「別荘の宝」というものが、言葉通り「別荘の建物の中にある宝」だと思って火を放ったのではなかろうか。

 まだ確証はない。だが、もし俺の予想が正しければ、この少年に指示を出した人物は、この少年の理解力を正しく把握していない人物、ということになるのではないか?

「言っておくが、既に屋敷の火は消えたぞ」

 少年は、始め俺の言葉が理解できなかったのか不思議そうな顔で俺を睨んでいたが、やがてその意味を把握していくうちに、少しずつ顔に動揺が走っていた。

「・・・・・・笑えない冗談だ」

「さっきの雨雲を見ていないのか」

「雨雲? どう見てもここら一帯は晴れじゃないか。どうして雨が降るって言うんだ」

「お前だって魔法を使えるだろ」

「天候を変えられるほどの大魔導士がそうホイホイいて堪るかよ!」

 少年の顔に怒りと憎しみの色が浮かぶ。

「まさか、あの天才様は俺の行動まで呼んでいたっていうのか。いや、そんなはずはない。あいつだったら、俺に建物を燃やさせる、なんてへまを犯すはずがないんだ」

 一体どこで何をこじらせたのかはわからないが、目の前の少年は非常に「天才様」とやらに対して根の深い感情を抱いているようだった。

 見ているとあまりに痛々しく感じるのは、オヤジに対する己の以前の姿を見ているような気になるからだろうか。

 先程のエルトリアに対する行為が正解であったことを考えると、こいつの恨んでいる対象とは、もしや彼ではなかろうな。

「その天才様って言うのは、シモン・ロマのことか?」

 例にもれず、少年は図星と言わんばかりの驚きの表情を見せた。そりゃ人の家に火を付けるほど追い込まれるだろうよ。好きな人が恨んでいる人間と結婚するって言うんだから。

 俺が少年に対する同情をますます積もらせていると、彼が震える声で言葉を絞り出した。

「な、なんで、どうして、そこまで知っているんだ。貴様は、俺の心の中が読めるのか? それとも、貴様は、テンモウの一味なのか?」

「テンモウ? なんだそれは?」

「しらばっくれるなよ。知っているぞ。この国には貴族の間でもごく一部の人間しか知らないような、どんな小さな悪の芽も摘み取る闇の組織がいると。天の網、天網。貴様はその一人なんだろ!」

 俺を指差す彼の手は震えていた。それほど恐ろしい集団なのだろうか。天の網、天網。天網。天網? 天網恢恢疎にして漏らさず?

 ことわざのことか? 前世の? 日本の? まさか。でもそのまさかだとしたら。俺以外の転生者や、転移者がいたって、少しもおかしくは無いんだ。

 日本の記憶を持つ人間がその組織を立ち上げたっていうのなら、天網なんて名前なのも頷ける。

 俺は、全く予想だにしない所で、前世との縁を見付けてしまうこととなった。


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