四十 貴族の子、尋問する
バケツをひっくり返したような水が背中から掛かり、俺は全身びしょ濡れになった。多分走り出した俺を見て今度は火の中に飛び込むとエイブが判断したのだろう。
さらに一陣の風が吹き、既に消化が終わっている一階の中の煙が全て屋敷の外に吹き飛んでしまった。
俺は振り替えずに横に突き出した拳で親指を上に立てて感謝を示した。
屋敷の中に飛び込むと、中央ある階段を駆け上って二階へと向かう。そこは、既にエイブの魔法によってかなり消化がされているとはいえ、未だに煙は立ち込めており、所々に火が残っていた。
「誰かいませんか! 誰かいませんか!」
俺は大きな声を張り上げながら、出来る限り身を低くして探索を開始した。別荘とはいえ前世で言うところのマンションくらいの階の広さがあった。声は聞こえてこず、俺は虱潰しに一つ一つの部屋を当たった。
ようやく最後の部屋に入ると、そこにはメイドが一人倒れていた。
周囲の安全を確認した後、部屋に入りメイドの意識の有無を確認する。
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
応答なし。次に正常な呼吸の確認。あり。
俺は前世で中学生の頃練習まくったレンジャーロールでメイドを肩に抱えると、そのまま素早く屋敷を後にした。
俺が脱出した後もしばらくエイブによる別荘の消火活動は続いた。
老爺曰く別荘に居たのはこの二人だけだそうで、それはつまり全員の救出に成功したということだ。
しかしこんな広い屋敷を二人で管理しているなんて。この二人、実は優秀な執事とメイドなのでは。
俺がそんな感心を抱いていると、忽ち雨が止み、丁度消火活動を終えたエイブが呆れた様子で話しかけてきた。
「火事場の馬鹿力があるとはいえ、人を抱えたまま窓を軽々と飛び越えるなんて。ラック。君はやっぱり冒険者に向いているんじゃないか?」
「さっきのレベルアップ理論が正しいなら、エイブもこれくらいできるようになると思うけどな」
「いくら何でもそいつは無理だよ」
俺達が軽口を言い合っていると、老爺が俺達に話しかけてきた。
「助けていただき、本当にありがとうございました。一体、何とお礼を言えばよいのやら」
「いえいえ。礼には及びませんよ。たまたま通りがかっただけですから」
こういうことをさらっと言える自分の友人が、とても格好よく見えた。
「火元に心当たりはありませんか?」
俺が尋ねると老爺は困ったような顔をする。
「いえ、あの時間帯、我々は厨房を使っていませんでした。どうして火事になったのやら」
やはり放火だろうか。犯人にはどんな意図が?
俺はエイブの方を向いて尋ねた。
「なあ、索敵魔法を使えるか?」
「・・・・・・放火ってことね。今からだともう効果範囲外だと思うよ。それにわかっても追いつけるかどうか」
「それでもやってみてくれ。方向さえ別れは追いつけるかもしれない」
「まあ、君なら追いつけるか。わかった」
エイブは指を鳴らした。以前見た時は呪文を唱えて使っていたのに。彼は彼で、着実に成長しているのだろう。
「一人だけ、この屋敷から遠ざかる人間が見つかったよ。あっちだ」
そう言ってエイブが指をさしたのは、マリアの故郷の町がある方角だった。
「うちの町の方かよ。人攫いといい、最近何かと物騒だな」
「うちの町はスティヴァレ領とモンス領の境界近くだからね。お互いの監視が届きにくい地区何だろう。場所的にはまだうちの町の手前くらいだ」
「ここで物語のテンプレ的には、イタロス家を狙った他家の襲撃って線なんだが」
「それはあり得ませんぞ」
老爺が必死になって否定した。
「明後日には我がイタロス家の長女、エルトリア様と、ロマ家の長男シモン様がご結婚なされるのですよ。その様なことが起こるはずもありません」
だからその結婚絡みのいざこざなんじゃないのかと口を挟みたくなったが、老爺のあまりにも必死な様子に何も言えなくなった。
そしてエルトリアと結婚するやつはシモンっていうのか。ふーん。へえ。そうなんだそうなんだ。なるほど理解。
「まあいい。俺は追う。エイブはどうする?」
「僕はこの人たちを見ているよ」
「わかった」
俺は木々の合間を駆け抜けて街道に出た。先に故郷の町に行ってから正面で迎えるという考えもあったが、途中で道を外れられても厄介だと考えたからだ。
しかし、放火の犯行動機としては私怨か、もしくはイタロス家とロマ家が政治的に近付くのを良しとしない輩なんだろうが、だからと言って関係ない人を殺そうとするとは非常に汚いやり口だ。もっと美しい計画があったのならば、俺は素直に協力していたかもしれない。
そんな自分の子供の様な気持ちを認められるようになっていた。これも成長ってやつなのかな。
そんなことを考えていると、目の前に一つだけ、ウマで駆ける外套に身を包んだ人の姿を捉えた。
あれか。
相手も、ウマで逃げて追いつかれる可能性を考慮などしていなかったのだろう。突如として現れた俺に対して一切対処することが出来ず、外套を纏った人は地に組み敷かれた。
外套のフードを剥いで、俺は少し驚いてしまった。やけに小柄化と思えば、まだ俺と同い年くらいの少年だった。しかしやけに美形だ。美形の暗殺者って絶対忍べないだろ。
見知らぬ少年に、俺は出来るだけどすの利いた声で尋ねる。
「お前はどこの所属だ? それとも誰かに雇われたのか?」
少年は何が何だかわからないという様子の顔をしていた。もしかして、人を間違えてしまったのか?
「・・・・・・何の目的でイタロス家の別荘に火を付けたんだ?」
瞬間、少年は顔を歪ませた。ビンゴ。
少年は無言のまま何も言わない。こういう時は口の中に含んでいた毒で死ぬのかと思いきや、捕まる想定すらしていなかったのだろう。どれほど脇腹や足をくすぐっても、少年は必死に笑いを堪えるばかりであった。
うーむ。強情だ。どうしよう。尋問の方法なんて知らないぞ。困り果てた俺の脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
「これから、俺の質問に答えない場合、一回につき一枚ずつお前の身ぐるみを剥ぐ」
少年は驚きの表情を浮かべるも、声を上げることは無かった。
「お前が全裸になりたいというのなら俺は構わない。全裸のお前をウマに括り付けたまま町まで連行するだけだからな」
これあんまり脅しになってなくないか。
そんな俺の想いとは裏腹に、俺が賄賂を受け取る悪代官の様な顔付きをしていたのか、ゴキブリを見るかのような目で少年は俺を見てきた。
「じゃあ行くぞ。質問其の一、お前にイタロス家の別荘を燃やすように指示した人間を答えろ」
十秒経っても少年が答えなかったので、俺は少年から外套を剥ぎ取った。上衣、ズボン、下着の上下、で四回か。靴と靴下を含めて六回にしてもいいなあ。
俺が外套を剥ぎ取った隙に逃げ出そうとした少年を再び組み敷き、俺は尋問を開始する。
「残念ながら、あんたの足じゃ逃げきれないぞ。質問にちゃんと答えてくれれば無事に解放してあげるから」
そう言うと、少年は口を開いて、こう声を出した。
〈この恨み晴らさで〉
呪文を唱え切る前に、少年の口の中に彼から剥いだ外套を口の中に詰め込んで詠唱を止めた。外套汚いだろうけどごめんね。
「ここで『業火』の長い詠唱を行おうなんて間抜けだな。普通『発火』で少し相手が怯めばいいんだから。お前、もしかして貴族か?」
魔法の使い方の傾向として、貴族は『業火』を使いたがる傾向にあると神父からの授業で聞いたことがあった。そして何よりも、俺が会った貴族は全員美形という経験則。うん、間違いない。こいつは貴族だな。
・・・・・・まあ冗談は置いといて、雇われた専門家にしては技術がお粗末だ。そういう点でも、この少年が貴族の可能性は高い。なにせぼろい服を着ているが、肌が少しも荒れていないからだ。いや、これは冗談じゃ無くてだね。
まあとにかく、尋問を続けよう。
「質問其の二、首だけ動かせ。お前は貴族か」
しかし、少年が答える様子は無かった。俺は少年の右足の靴を奪い放り投げた。うん、後七回になったなあ。
正直、尋問が少しだけ楽しくなってきた。
一部修正しました。2020/4/20




