四 赤ん坊、捨てられた理由を知る
一部変更しました。2020/4/6
サブタイトル変更しました。2020/4/7
馬車の中は、俺とマリアの二人だけ。彼女の腕に抱かれている俺は、静かに馬車に揺られていた。屋敷を立ってしばらくしてから、マリアはゆっくりと口を開いた。
「坊ちゃん。──────いえ、もうその呼び方ではいけませんね。ラック・・・・・・は、まだ少し難しいわ。ラック様、ルシウス様、ルシウス・・・・・・うーん、ルシウスさん、あたりが妥当かしら」
彼女はようやく俺の呼び方に納得したのか、「ルシウスさん」と俺に呼び掛けて微笑んだ。
「これから私たちは、イタロス家のお屋敷出て、二人暮らしをすることになりました。坊ちゃんは、・・・・・・いえ、ルシウスさんは突然のことと驚いているかもしれませんが、実は前々から決まっていたことなんですよ。
これから私たちは、南東に下って、海沿いの町で暮らすことになります。私の故郷なんですよ。みんな優しい人だから、何も心配いりません。暖かくて、のんびりしていて、ご飯がおいしくて。とっても素敵な町なんですよ。
そこには子供達もたくさんいて、と言っても、みんなルシウスさんよりも年上なんですが、きっと、楽しい遊び相手になってくれますよ。お屋敷に居た頃よりも、もっともっと、楽しい日々が待っているはずです。
お屋敷は家具もきれいで使いやすいものばかり。残念ながら、ふかふかのベッドではもう眠れないと思います。ですが、今度からは夜お休みになられる時も、私がちゃんとそばにいてあげられますからね。安心してください。
それに、今回が、イタロス家との今生の別れ、というわけでもありません。きっとまた、ロムルス様やレムス様と会える日が来ます。今は少し、距離を置かなくてはならない時期なのです。
ですから、安心してください。家のことなら全て私がいたしますし、それに、田舎では常に人手が足りないから、きっとルシウスさんの力が必要となります。ですから、ですから、どうかお気になさらず。
魔力の量は、もちろん個人差があります。貴族の方々は皆並外れておりますから、平民などそれに比べたら無いにも等しいものです。例えこの世界が、魔力をもっていることが当たり前とされていても、きっと貴方にも、魔力がない貴方にも、何か役目があるはずなのです。
だから大丈夫です。私がそばにいますから。魔法を使えないことに悲観しないで。貴族は、貴族という血が、旦那様方に呪いをかけているだけなのです。彼らはその呪いのせいで自らの体裁を保たなくてはならない宿命にあるだけなのです。
だから、けして、貴方のことが憎かったり、嫌いであったりするわけではないのです。旦那様と奥様は、ロムルス様とレムス様、そしてエルトリア様を守る為に、どうしても貴方を平民の血から生まれた子供にしなければならなかったのです。
貴族を貴族たらしめているのは、その類稀なる魔法の力。万の平民が集まっても遠く及ばないほどの圧倒的な力こそが、彼らが彼らでいられる証。だから、魔法が使えない貴族というものを、誰も、誰も想像することができない。ただそれだけなんです。
ですから、大丈夫です。誰かが悪いわけではないのです。誰も悪いわけではないのです。旦那様も、奥様も。当然ルシウスさんも。誰も、誰も悪くないのです。ですから、ですから大丈夫です。いつかきっと、家族で過ごせる日が来ますから」
マリアが、まだ赤ん坊である俺が理解できていると思って話していないことは、容易に想像できた。彼女はきっと、自分自身に向かって言っていたのだ。大丈夫、大丈夫。何度も何度も繰り返した、彼女の大丈夫。それはきっと、彼女の不安の表れなのだ。
どうしてマリアは、俺にここまでしてくれるのだろう。きっと彼女は、俺のせいで困難を背負うのだ。平民の血から生まれなくてはならないのだから、きっと彼女は俺を自分の子供だというのだろう。じゃあ、父親は? 未亡人として扱われる彼女に、困難は間違いなく付きまとうだろう。
俺は知っている。前世の俺は知っている。子供を片親で育てることの大変さを。父親がいないということがどれほどの重荷になるかということを。
しかもマリアは、秘密を背負うのだ。誰にも言うことのできない秘密を。
誰にも打ち明けることのできない苦しみを抱えたまま、人並み以上の苦しみに身を投じるというのだろうか。
マリア。マリア。たった一人の俺の母親。大丈夫。必ず、必ず俺が守るから。早く大きくなって、必ず貴方を支えるから。