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三十九 貴族の子、火事に遭う

 ふと、濃密な花の香りが漂ってきた。脳の奥が刺激されて、彼女との記憶を、否が応にも思い出してしまう。

 もうすぐだ。

 そう思った時にはもう、日差しが地の許まで届かぬ薄暗い森を抜けていた。

 天の頂まで登った恒星が、白き花の大地を美しく照らしていた。

 振り返ると、息が乱れ、直ぐにでも倒れ込んでしまいそうな程に疲労している様子のエイブが、丁度森を抜け花畑にやって来た頃だった。

「こ、こいつは、すごいや」

 息も絶え絶えに、彼は感嘆の言葉を漏らす。

「今は、秋だって、いうのに、まだこんなにも、咲いているなんて」

 エイブは、足元に咲いていた花にそっと触れた。俺は白い花をしげしげと眺める友人の様子を見ながら、ふと一つの考察をする。

「レベルアップってやつなのかもな」

「レベルアップ?」

 エイブが尋ねた。

「ああ。ほら、ボーパルバニーとか、多分さっき闘ったオオカミもそうだと思うんだけど、魔物って普通の動物とはどこか違うだろ。それは魔力によって起きた変化なんじゃないか、って考えがあるんだ。それがレベルアップ。俺の推測だと、エイブ。お前の魔法もレベルアップして強くなったんだと思う」

「・・・・・・つまりラックは、このカモミールもレベルアップしたって考えているのかい?」

 話を聞いている内に呼吸が整ったのか、エイブはすらすらと言葉を口にした。

「ああ。それで秋にも咲くようになったんじゃないか?」

「何とも言えないけど、用は生き物の突然変異に魔力が関係しているんじゃないかって話だよね。・・・・・・それは、あるかもしれないなあ。さっきも話したけど、山には魔力が溜まりやすい。魔力が溜まりやすい所には強い魔物が出やすいっていうのが冒険者の間での常識なんだけど、そのレベルアップって考えが正しいとするなら、山の魔物が強い理由も頷けるよ」

 突然変異で生まれた万病に効く薬草。こいつはもしかして、世界に一つだけの花なのかもしれない

 俺はそう思った途端、野草程度にしか思っていなかった過去の自分を少し恥じた。ありがとう商人。貴方の情報は本当に素晴らしい。

 ・・・・・・よし。それじゃあさっさと摘んでさっさと帰ろう。

 そう切り替えた矢先、エイブが驚いた様子でどこかを指差していた。彼が指し示す方向を見ると、天高く煙が立ち上っているのが見えた。

「火事かな」

 エイブがそう呟いた瞬間俺の脳裏に浮かんだのは、この辺りにイタロス家の別荘が存在しているという記憶だった。

「エイブ、来てくれ」

 そう呼び掛けてすぐ、俺は走り出した。エイブもすぐ俺に続いた。



 辿り着いた時には、赤い炎が屋敷を包み込んでいた。別荘の大きさは本邸と比べたら小さくはあったが、それでもかなりの大きさがあった。その屋敷中が燃えている様子は、些か以上の疑問を俺に抱かせた。

 先程花畑に着いた時には煙など上がっていなかった。それはつまり、僅かな間でここまで火が回ったことを意味するのではないか。もしや放火? と言うよりむしろ、魔法か?

 屋敷の中に飛び込もうとする俺の首根っこをエイブが掴んで止めた。

「何をしようって言うんだ!」

「人がいるかもしれないだろ!」

「確認も取れていないのに無闇に飛び込もうとするんじゃない。まずは消化だ」

 俺がご尤も、と思った時にはもう、エイブが指を鳴らしていた。

 立ち所に頭上の天候が急変。黒雲が見る見る発達し、あっという間に雨が降り出した。

 指パッチン一つで天候を変えてしまうとは、こいつはすごい。なんて思っていたのも束の間、エイブが再び指を鳴らす。すると降りしきる雨の中から無数の水の球が現れて、それらが燃え盛る屋敷の方へと次々に飛んでいった。

 あまりの手際の鮮やかさに、この火事が仕組まれたことであり、ある種の大道芸なのではないか、と思ってしまう程だった。

「手慣れてるな」

 俺が率直な感想を漏らすと、エイブが嬉しさ半分、悲しさ半分といったところの複雑な表情をした。

「僕が冒険者になって最初に学んだのは火消しの仕事だったんだ。如何せん『発火』が簡単過ぎる魔法だったために、冒険者の間で起きるいざこざの最も多いものが放火騒ぎなんだ。パーティーを組む度に一日に多い時で十件を超える火消しをさせられたんだ。嫌でも身に着くよ」

 そんな苦労があったとは。俺はエイブをねぎらいつつ、屋敷の様子を注視する。

 助けを求める声は聞こえてこない。見える範囲に人影は無い。大量の水を火に掛けたら爆発を起こすなんていう前世の知識もあったが、どうやらその様子も無い。恐らく、水蒸気すらも魔法使い様はどうにかしてしまっているのだろう。

 俺は友人が天候を操り鮮やかに火を消していく横で、何も出来ず火が収まっていく屋敷の様子を眺めていた。

 魔力が無いというのは、本当に無力なことだ。オヤジが俺を赤ん坊の内に捨ててしまったことも頷ける。天候を操り、傷つき見えなくなった目を癒やして見えるようにしてしまう力が無ければ、人を助けることなど到底出来はしないのだ。

 神父様。俺には無理かもしれません。貴方は教育が重要とおっしゃっていましたが、それは何の助けになるのでしょうか。町に仕事はほとんどありません。ですが、町から出て行く子供もそう多くありません。それでも町は上手く回っています。貴方の教育が徹底的に施されたエイブですら、彼を直接助けているのは彼の魔法の力ですよ。

 では、俺の行動は何でしょう。無力な俺が人を助けようとすることは何の意味がありましょう。俺はマリアがくれた黄金のワシがいなければ、こんなにも無力なんですよ。ジブリールがいなかったら、俺は今までの業績を全て果たすことが出来ないどころか、どこかで命を落としていたことでしょう。魔法の力が無い人間に、一体何ができるというのでしょうか。

 無力感にさいなまれている瞳が、人影を捉えた。煙にむせる老爺の姿。一階に居る。俺の足は既に動いていた。

 前世の俺は、ここまで真っ直ぐな人間だっただろうか。いや、否だ。俺は、色々なものを見ないようにしてきた。だから自分の顔すらもろくに覚えていなかったのだ。電車の窓に映る顔が自分だとわからないなんて、滑稽にも程がある。

 ・・・・・・いや、だからこそかもしれない。俺は、自分というものを勘定から捨てて生きてきた。それが偶々この世界では好転した結果を見せているだけなのかもしれない。

 そう言えば、昔は正義のヒーローに憧れていた。それは子供の夢だ。でも今は、その夢の道を歩こうとしている自分がいる。意識はしていないのに。その道を望んでいる自分がいる。

 そうか。俺は子供だったのか。前世も含めて、俺は子供のままだったのか。

 俺は屋敷に飛び込んだ。老爺を抱えて直ぐに屋敷を飛び出す。

「大丈夫ですか?」

「は、まだ、中に、人が」

 煙を吸い込んだのか、席が老爺の言葉を妨げた。

「場所はわかりますか?」

 老爺は指で二という数字を示した。

 俺は老爺をエイブの許で寝かせると、直ぐに屋敷の中に戻った。


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