三十六 貴族の子、冒険者に会う
遠くから声が聞こえてくる。誰だろう。マリアか? あれ? でも俺は昨日、道端で眠ったんじゃなかったっけ?
「─────────か。・・・・・・ぶか。おい、起きろ。大丈夫か」
俺が目を覚ますと、目の前に心配そうにのぞき込む男の顔があった。
おかしい。異世界物では目が覚めて最初に顔を合わせるのは美少女であるというのがテンプレな展開であるはずなのに。やはりここは夢だ。眠ろう。ぐう。
「おい! お前今起きただろ! 何でもう一度寝た!? 起きろ!」
「・・・・・・美少女に生まれ変わってから俺を起こしてください」
「ふっざけんな! もういい! 野垂れじんでろ!」
強く揺さぶられた為に頭を軽く岩にぶつけてしまい、完全に眠気が吹き飛んだ。
「ったあ。もう少し優しく起こしてくれてもいいじゃないですかあ」
「こっちは心配して声をかけてやったっていうのによ! なんだよ生まれ直して来いとかよ!」
男は顔に青筋を浮かべていたが、暴力を振るってくる気配はない。野盗などではなく、本当に心配して声をかけてくれたのだろう。というか、野盗だったら俺、寝ている間に命を落としていたかもしれない。何してんだ昨日の俺。死にたいのか?
「すいません。あれは寝言でして」
「知ったこっちゃねえよ全く」
男の口調は相変わらず苛立っているようにしか聞こえないものだったが、その態度はどこからどう見てもただのツンデレだった。レンで鍛えた俺のツンデレ眼は騙せないぞ。
男は鎧を着こんで腰に剣を挿してはいるが、騎士という風貌でもなく、どちらかというと、荒くれ者、いや、モンスターをハントするゲームの狩人みたいな恰好をしていた。
「貴方はハンターですか?」
「あ!? 別に俺は賞金稼ぎじゃねえよ。普通の冒険者だ」
冒険者。ほう、冒険者とな。なるほどなるほど。
「あのう、エイブって名前に心当たりありませんか?」
「エイブ? いや、聞いた事ねえな。俺はこのあたりの人間じゃあねえから、ここいらの冒険者について聞いてんなら、すまんが他所を当たってくれ」
ここいらのものじゃない?
言われて男の風貌を見るも、うん、よくわからない。周囲を見回すと馬車があり、荷台の上に小柄な女の子が乗っていた。
女の子の恰好はどことなく毒舌そうなお嬢様の様で、一見すると二人が旅の連れ同士であるとはどうやっても見えない。良くて誘拐犯と誘拐された方、と言うところだろう。
まあ、見た目は子供、頭脳は大人と言っても、俺に推理力なんてあるはずもないからな。ここで色々勘繰っても仕方ないだろう。
俺は男の方を向いて、少し申し訳なさそうな態度を見せた。
「ああ、自己紹介が遅れました。俺はラックと言います。ええと、貴方は」
「俺は」
「デクよ」
横から声が槍の様に飛んできた。顔を向け、きっとあの女の子が言ったのだろうと思った。
「俺はデクじゃねえって何度も言ってんだろ!」
「木偶坊の貴方にはお似合いの名前じゃない」
女の子はどうやら見た目通りの毒舌お嬢様キャラであったようだ。うんうんテンプレテンプレ。やっぱり展開が予想できると安心するわあ。
「所でデクさん」
「俺はデクじゃねえって言ってんだろ!」
「お二人はどちらに向かうんですか?」
「話聞けって! ・・・・・・ああ、もしかして乗せてもらいてえってことかい?」
馬車に乗っけてもらえずとも、走れないことは無い。しかしこのままだと空腹で倒れることは間違いなく、正直走りたくない、と言うのが今の気分でもあった。
「恥ずかしながらこちらに渡せるものは無いのですが」
俺は何も持たずに屋敷を飛び出してしまった。せめて花を詰める袋くらい持ってくればよかったものを。
「別に俺は構わねえんだけどなあ。でもあいつが」
「いやよ」
女の子はぴしゃりとそう言い放った。
「そんな汚い子供と私を一緒にしようっていう浅はかな考えをするから貴方は木偶坊なのよ」
「てめえ、殴られてえんなら殴られてえって言えや」
「ああ、いえ、大丈夫ですよ。一番近くの町までなら何とか行けそうですし」
「あのなあ、こんな所で寝てたやつを放っておけねえだろ。ああん、ラック、お前ウマは扱えるか?」
「はい!」
「駄目よ!」
女の子が強く反対した。
「そしたら貴方が荷台に乗ることになるじゃない!」
「別にいいだろ。俺の馬車なんだから」
「私が困るのよ! そんなこともわからないなんて。貴方って本当に木偶坊ね」
「さっきからごちゃごちゃうせえなあ。雨の日は二人で荷台で寝てんだから別にいいだろ?」
「寝てないから! こいつの言ったこと嘘だから! バーカバーカ! この木偶坊!」
お嬢さん。急に語彙力堕ちましたね。顔赤らめましたね。動揺しましたか? 貴方もツンデレでしたか、ばーかばーか。末永く爆発してください。
「・・・・・・俺もうお腹いっぱいなので先行きますね」
「え! いやお前何も食って」
俺は脱兎の如くその場から逃げ出した。俺の記憶が正しければ、もうすぐ近くに町が現れるはずだ。
だが俺自身が自覚している以上に体が疲れ果てていたのか、途中で倒れて動けなくなってしまったところを、結局デクに拾ってもらうことになった。




