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三十四 貴族の子、姉の婚約を知る

 神父と魔法の授業を始めて魔道具の作成に熱中していると、あっという間に時が過ぎていくような感覚に囚われる。一体レンはいつまで家にいるのだと思っていると、ある日、エルトリアの部屋をメイド達が慌ただしく出入りしている様子が目に入った。

 何事かと部屋を覗くと、俺は自身の目を疑った。

 そこには、純白のドレスに身を包んだエルトリアの姿があったのだ。しかも、それはどこからどう見ても、ウェディングドレスであった。


 ──────────美しい。


 驚きの余り言葉を失っている俺の存在に気付いたのか、エルトリアは少し照れたように笑った。ふらふらと無意識の内に足が彼女の方へと向きそうになった時、俺は強い力で後ろに引っ張られた。

 見ると、マリアが鬼の形相で立っていた。

「結婚前の花嫁の姿を見るものではありませんよ」

 怖い。痛い。顔が怖いよマリア。手が痛い。わかってるって。握力強すぎじゃね? いや怖いって。てか手が痛いよ。

「別にいいわ。姉弟ですもの」

「ですがエルトリア様」

「どうせ三日後よ。今更婚期が伸びるということも無いでしょう。恋愛小説の中ではないのだから、当日に相手が来ないということも無いでしょう」

「・・・・・・わかりました」

 さっきから、何の話をしているんだい?

 マリアから解放された俺は、改めてエルトリアの姿をしげしげと眺める。無性に、彼女と初めて会った場所を、あの白い花の園を思い出させるような美しさだった。

「似合っているかしら」

「世界一きれいだ」

「・・・・・・ありがとう」

 彼女は嬉しそうに笑った。

「所で、何でウェディングドレスを着ているの?」

「結婚式前の衣装合わせよ」

「・・・・・・誰の?」

「──────私の」

 あれ? 聞き間違いかな。

「誰が結婚するって?」


「─────────私が結婚するの」


 ・・・・・・え? え。嘘。うそだろ。ドウイウコトデスカ? ケッコン? けっこん? 結婚? どういうことだ? いつ決まったんだ?

「え、いつ?」

「三日後」

 それはさっき聞いた!

「いつ決まったの?」

「婚約自体は私が十歳の時。結婚式の日程は、ルシウスが来る前には決まっていたわ」

 それ俺と会う前じゃないか!

「・・・・・・聞いてない」

「──────もしかして、知らなかったの?」

 俺がマリアの方を向くと彼女も、知らなかったのですか、という顔をした。

 いや知らないよ! 貴方最初のイタロス家の家庭内調査の時、婚約なんて一言も言わなかったじゃないか!?

 あれか? レンが言っていた家族の一大事ってエルトリアの結婚のことだったのか。そりゃ結婚前の妹に近付く義理の弟は追い払いたくもなるわ! ていうか、みんな俺が知っていると思っていたから何も言わなかったのか。

「あの、顔を、洗ってきます」

 俺は逃げるようにいエルトリアの部屋を後にした。



「────────申し訳ありません。十歳までに婚約者が決まり、十五歳で成人したら結婚するというのが貴族の常識でして、その、伝え忘れておりました」

 俺の部屋にやって来たマリアが、入って来るなりそう謝罪した。

 つまり、家族の最後の時間を過ごすためにレンはずっと家に居たのか。もしかすると、オヤジがこのタイミングで俺を養子に迎えたのは、家族全員揃う瞬間を作りたかったからなのかもしれない。ていうか帰ってこないロンは何なんだよ。

 ・・・・・・いや、そんなことはどうでもいい。どうでもいいよ。

「・・・・・・大丈夫だよ。少し驚いているだけだ」

「坊ちゃん」

 その時、俺の部屋の扉を誰かが叩いた。

「入っていいかしら」

 エルトリアの声だった。俺がどうぞという前に彼女は部屋に入って来て、困惑の表情を浮かべるマリアに対し、自分が話をすると言って、マリアを部屋の外に出した。

「・・・・・・ごめんなさい。貴方が、知っているものだと思っていたから」

「──────いや、俺が、君の結婚について考えもしていなかったからだ」

 そんな未来を、少しも、ほんの少しも想像していなかった。それとも、無意識の内に考えないようにしていただけだったのか。彼女が誰かと結婚するという未来を知らず知らずのうちに恐れていたというのだろうか。

──────いや、そうじゃない。本当に、俺の想像する未来の中に、その選択肢が入っていなかったのだ。この恋が、いつか家族愛に変わって、彼女を求める気持ちも、いつか姉への親愛に変わって、そうやって、本当の家族になれる未来しか、俺はもっていなかった。

 ・・・・・・もしくは、彼女への恋心を貫く未来か?

 まあ、今となってはどうだっていい。

「・・・・・・そんなに、私に結婚してほしくないの?」

「・・・・・・随分意地悪な質問をするんだね」

 彼女の目に浮かぶ感情が一体何なのか、俺には全くわからなかった。俺に出来ることは、ただ本心を吐露することだけだ。

「してほしくないよ。決まっているじゃないか。・・・・・・君にずっと、俺の傍にいてほしいんだ」

 ずっと? 俺は彼女と結婚でもしたかったっていうのか!? まだ十三のガキだっていうのに。・・・・・・いや、中身はおっさんなのか。でもこんなことを考えているのは、ただのガキじゃないか。

「・・・・・・ねえ、お願いがあるの」

「お願い?」

「あの花畑の白い花を、取って来てほしいの」

「・・・・・・何の為に?」

「・・・・・・そうね。ブーケにする為、かしら」

 君は、俺、以外の誰かと一緒になった暁に、俺との思い出の花を手放すと、そう言っているのか! もう忘れろと、そう言っているのか?

「・・・・・・わかった、取って来るよ」

 自分でも、意外な返事だった。だが、この返事以外の選択肢が俺に無いことも、十分に分かっていた。

 彼女は初恋で、実姉で、他の人の婚約者だ。間違えてしまった始まりを、直して終わる。それは、ありふれた物語だ。掛けられた呪いを運命の恋人が解く。そんな昔話と、何ら変わることがない。

 この未練が消えてくれるのか、自分でもよくわからない。だが、終わらせないと、きっと俺は前に進むことが出来ないのだ。

 白い花を取って来るよ。初恋を思い出に変える為に。


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