三十三 貴族の子、神父と再会する
とうそう朝が来てしまった。不安が足を絡めとりその進行を妨げるのに抗いながら一歩一歩前へと進んでいると、颯爽と現れたレンが非常に嬉しそうな声で話しかけてきた。
「何だ貴様。まさか緊張しているのか。まあ平民なら魔法を習うという経験もないだろうからな。なに心配するな。父上も母上も、平民の血である貴様に魔法学園へと通えるほどの才覚を期待しているわけなかろう。あくまで物は試しという程度のものだ」
やかましいわ。心の中で殴りたい衝動を必死に堪えつつ、怒りが歩調が軽くなっていたことも確かに感じていた。
「レムス様も多忙な身でありましょうに、こうして助言を下さり誠にありがとうございます。所で、俺は貴方が魔法学園の夏季休暇でこちらにいらっしゃると聞いていたのですが、いつ頃魔法学園の方に戻られるのでしょうか?」
意訳、さっさと帰れ!
「魔法学園の夏季休暇など既に終わっている。今は休学届を出しているのだ」
「何故わざわざお休みを?」
意訳、早く帰れよ。
「家族の一大事という時に家にいないというのは嫌なものでね」
それは俺が家庭に侵入した不審者ってことか!?
気付けば歩幅が非常に広くなっており、いつの間にか目的の部屋の前についていた。
「まあ、せいぜい己の実力噛み締めることだな」
励ましどうもありがとう!
立ち去るレンの背中を忌々しく睨みつけながら、ほんの少しだけ感謝した。
震えていない手で扉を叩くと、扉の向こうから聞き覚えのある声がした。どういうことだ?
扉を開けると、そこには神父がいた。
「神父様! お久しぶりです。どうしてこちらに?」
「久しぶりだね、ラック。私が今日から君の魔法の講師を務めることになったんだ」
わかるような、わからないような。
疑問が解消しきれていない俺に座るように促し、俺がソファーに座ると彼も着席して話を続けた。
「実を言うと、私はかつて、魔法学園の教師をしていたんだ」
その発言を聞いて、一つ思い当たることがあった。神父の持つ異常な量の魔法の知識だ。彼がかつて貴族に向けて魔法を教える立場にあったというのならば、エイブをあそこまで優れた魔法使いに育て上げたのも実に頷ける。
「マリアさんから手紙をもらってね。折角なら、気心が知れた人間の方が良いと考えたのだろうね」
マリアの心遣いに感謝する一方、俺の頭には別の疑問が浮かんできた。
「しかし、神父様はまだお若いように思えますが」
「若いというのは言い過ぎだけれど、確かに私はまだ四十半ば、この年で魔法学園の教師を務めている人間は比較的若いと言えるだろう」
「では、何故早くに魔法学園を止める決断を?」
「・・・・・そうだね。学内での政治闘争に嫌気がさした、と言うのも一因だけれど、一番の理由はもっと単純なものだよ。神の道が、私の進む道だと気付いたからだ」
「神の道ですか」
「ラックは興味がないかい?」
「申し訳ないですが」
「まあ、そうだろうね。君は、町にいた頃からほとんど教会に近付かなかった。そういう人が集まる所よりも、人々が入ってはならないという森の方を好んでいたね」
「別に神様を信じていない、というわけではありませんよ。・・・・・・ただ、おっちょこちょいの神様をどうしても崇拝する気持ちが湧いてこないと言いますか」
「おっちょこちょい?」
「そこは言葉通りの意味ですよ」
「・・・・・・なるほど、確かに、神が全ての人間を救うことが出来るのか、という問いは、常に聖職者の頭を悩ませる問題だよ」
そこまで深くは考えていなかった。あれだよ。残念美女って意味だよ。
「ただね、ラック。私は、神の道と人の道は、繋がっていると思っているのだよ」
「それはどういう・・・・・・?」
「そうだね。実は昨日、町で行方不明者が現れた」
「まさか森へ!」
俺が脊髄反射で席から立ち上がると、神父は笑顔を見せた。
「君は今、助けなければ、と思ったのかい?」
「当たり前でしょ!」
神父は低い声で笑い、やがて声を抑えるように口元を手で覆った。
「・・・・・・すまない。君を試した」
「─────────は?」
「確かに行方不明者は出たが、既に見つかっている」
ならば良かったと席に深く腰を落とすと、段々と神父への疑いが湧いてきた。
「何故試すような真似を?」
「神の道とは、人を救うことだからだ」
「・・・・・・おっしゃる意味が分かりませんが」
「君の人を救わんとする道は、神の道と同じ道なのだよ。ラック。君は、聖職者という人間をどのように捉えている?」
「罪を落とした清らかな人間では?」
「いいや、寧ろその逆とも言える。聖職者とは、己の罪を誰よりも深く自覚しているからこそ、他者に罪の自覚を促すことが出来る。そうして神の救いへと人を導く手伝いをするのだよ」
「俺が自分の罪を誰よりも自覚しているから人を助けるのだと、神父様はそうおっしゃりたいのですか?」
それは勘違いだ。俺が人を助けるのは、俺の中に前世の倫理観が残っていて、俺がそれに必死にしがみついているからに過ぎない。俺が俺であるという手掛かりを、失わないようにしているだけなのだ。
「ええ。君は人間の罪を、人間の利己的な心を深く自覚している。そして己の利己心を追求することで、逆に利他的行動へと結びつけている。それは、君の道が、神の道へと繋がっていることに他ならない。
普通の人間はこうはいかない。人は助けないことが当たり前なのだ。人は自分の力によってのみしか救われない。例え人に救われたように見えることがあっても、それは自身の運命の流れの強さによる結果でしかないと、そう思っているのだ。
それが間違いではないと思うし、正直言えば、私はそれが一つの真実であるとも思っている。でもその真実が、人を助けようとしないことに繋がるとは、到底考えられないのだよ」
「・・・・・・神父様は、俺に聖職者に成れと言っているのですか?」
「そうだ。君程この仕事に向いている人間はいない」
「私は、聖職者がどんな仕事なのかもわからないのですが」
「そう難しいことは無いよ。決められた儀礼さえ守れば、後は君の自由だ。例えば私なら、教育が人を救う道だと思っている。人間というか弱い生き物が自然の中で淘汰されずに生き残っているのは、その個体の弱さ故なのだ。つまり、個体が弱い故に、それを克服せんと知恵を絞り、後代の人が少しでも生き残れるよう、そうして生まれた知識を後世に託す社会機構が構築された。それこそが教育なのだ。
そして貴族の様な強者に対して教えることよりも、もっと、比較的弱い立場にいる人々にこそ、ものを教えるべきだと、そう思ったのだ。
無論、君に人に何かを教えろと言っているのではない。ただ君には、人を救わんとする大きな家の一員になってもらいたのだよ」
「・・・・・・でも、決めるのは俺の自由、ですよね?」
「もちろんだとも。この提案の半分は、あくまでも私の罪滅ぼしでしかない。君を貴族の家の養子にすることの一助をしてしまったことへの罪滅ぼしだ。もし君が聖職者になったなら、私は君に対していくらでも助力をすることができるからね」
「この家の養子になったことは、もう気にすることはありませんよ。俺はこの家で、貴族に対する考えを改めようと思っているのですから」
本当は、自身の父親に対する執着心と向き合うためなのだが。
「それは素晴らしい心がけだ。君はやはり己の罪と向き合おうとしている。だからこそ、私は残りの半分として、君が本当にこの仕事に向いていると思ったから提案したのだよ」
「・・・・・・もしかして、今日はこのことを言うために来たのですか?」
「いや、これは前々から考えていたことで、丁度いい機会だと思ったから君に話しただけだよ。ここにはこれからも、魔法の講師として通わせてもらう。ただ、成人して職を決める前に話しておこうと思っただけだ」
「・・・・・・では、聖職者のことは、少し考えてみます」
「是非そうしてくれ。・・・・・・では、魔法の授業のことになるんだが」
「町でかなり聞いたつもりなんですが」
「ああ。実は、魔法学園で行う「魔法基礎理論」という内容を丸々行ってしまった他、魔道具などの詳しい内容まで話してしまっていてね。君が魔法をほとんど使えないということは知っているから、魔法の実践を行わないとなると、正直後は「魔道具作製」しか残っていないのだよ」
「・・・・・・むしろ、その「魔道具作製」に興味があるんですが」
「本当かい? 「魔道具作製」は魔法学園でもかなり不人気な講義で、いつも教室が蛻の殻となっていたのだが」
「いえ、ぜひ受けたいです」
神父は自分が魔法学園で「魔道具作製」が専門であったことを嬉々として語り、一層饒舌に話を始めた。




