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三十二 貴族の子、姉に不安を吐露する

 イタロス家に来てからというもの、俺は度々オヤジと会話する機会を持った。しかし言葉を重ねるごとに身の内から沸々と怒りが湧いてきてしまい、それが爆発してしまう前に会話を何かと理由を付けて終わらせてしまう為、正直オヤジに対する感情を克服することは出来ていない。

 対して、奥様にはすんなりと話をすることが出来た。母親というよりも、母親の友達、という感覚で接しているためだろう。マリアがこの世界での俺の母親であるという感覚があるお陰で、一定の距離を保ちながらもそれなりに会話をすることが出来ていた。それは、俺が実の子供であるということを、この母親は知っているのだろうか疑問に思う程であった。

 マリアはもちろんのこと、俺と同時にマリアを家に戻したオヤジは俺がこの家の実の子供であったことを承知しているだろう。レンとエルトリアは様子を見る限り弟がいた、という認識すらあるのか怪しいぐらいであった。ここに加えて、奥様まで俺が血の繋がりがあることを知らないということになると、俺が魔力を持っていないという事実はオヤジとマリアしか知らない、ある種の秘密の様なものになっているのかもしれない、という可能性が浮上してきた。

 というのも、明日はこの屋敷に来てから初めての魔法の授業があるからだ。

 俺は魔法を使えないんです、とやんわりオヤジに告げたところ、隣に居た奥様がすかさず、「平民の出とはいえ、魔法の才能があれば魔法学園に通えるのよ」と言って魔法の授業は強制的に行うこととなった。

 オヤジとは対照的に乗り気な奥様の姿を見ていると、彼女は俺が魔法を使えないという事実を知らないのではないかという確信がますます強まった。

 例え平民であっても魔法が使えない人間などこの世にはいない。それが常識の世の中で魔法の使えない存在が偶然二人も人生で見かけるなどと考える人間が果たしているだろうか。普通の人間ならば同一人物であることを疑うだろう。

 一体どうすればいいのだろう。頭を悩ませながら屋敷の中を歩き回った。

 もう遅い時間であるので、むやみに屋敷の中を歩き回るのは良くないとは思うのだが、この胸のもやもやをどうしようもなく人にぶちまけたい衝動に駆られていた。

そんな折、丸いガラス玉、いや、中身の入っていないスノードームの様なものを持ちどこかへと向かうマリアの姿が目に入った。

 マリアが手にしているものが気になった俺は、彼女に話しかける。

「マリア。手に持っているそれは何」

「坊ちゃん。これは何かの魔道具らしいのですが、私はその効果を知らないのです」

「マリアが使うの?」

「いえ、エルトリア様が王都の職人に作らせたものだそうで」

 マリアの話を聞いた瞬間、「俺がエルトリアの部屋に持って行くよ」とマリアに告げていた。

「よろしいのですか?」

「ああ。丁度会いに行く用が会ったからね」

 無論、用など無い。正確に言うならば、今、作った。レンの忠告が一瞬脳裏をよぎったが、物を渡すついでに話すくらいなら、例え夜、私室の中で会っても許してくれるような気がした。というか、それぐらい許してほしいと思った。

「それではお言葉に甘えて。・・・・・・ですが坊ちゃん」

 マリアは俺にスノードームを手渡しながら耳打ちをした。

「以前にジブリールに乗せた恋人はどうなさったのですか? 手紙を書いておられない様子ですが」

 くっ。そう言えば、マリアには俺の恋路がバレていたのだった。止めてくれ。今こんな所で言わないでくれよ。危うくガラスを手から落としそうになったじゃないか。

「彼女とは、その・・・・・・、終わった?」

 何で自分のことなのに疑問形なのだろう。いや、始まってすらいなかったと思えば、疑問形でもあながち間違いではないのかも。

「キスまでしたのにですか!?」

 マリアの予想以上の驚き様に、こちらまで驚いてしまった。マリア純情過ぎだろ! 夫婦がキスしたらコウノトリさんが子供を運んでくるとか思ってるんじゃなかろうな? 俺の前世にマリアがいたらきっと卒倒してるよ? 不倫に二股、浮気に二号、セフレにワンナイトラブも何の其の。浮気しない芸能人のカップルは表彰されちゃうくらいだよ。

「それで、その、まさか、新しい恋というやつですか? 坊ちゃん。私が言える立場ではありませんが、エルトリア様は姉君で」

「わかってる、わかってるから。姉弟以上の感情は無いよ。本当だ」

 嘘である。しかし、マリアは俺とエルトリアの血の繋がりを知っている。ここは嘘をついてでも落ち着かせねばなるまい。

「マリア。一旦落ち着こう」

「・・・・・・あ、あの、申し訳ありません」

「いや、いいんだ。とりあえず、この魔道具は俺が持っていくから」

「はい。お願いいたします」

 マリアの許を離れ、エルトリアの部屋へと向かった。部屋の前に着くと、マリアとの会話の影響で変に意識してしまい、ノックしようとした手が緊張で震えた。

 俺にあるのは気持ちだけ、ほんのちょっとした気持ちだけだ。俺とエルトリアは姉弟。俺とエルトリアは姉弟。

 ようやく震えが止まった手で、俺はノックした。

「どなた?」

「ルシウス」

「・・・・・・どうぞ」

 既に就寝の準備を済ませていたのか、ネグリジェを着て肩にブランケットを掛けた姿のエルトリアが椅子に腰かけていた。慌てた俺が部屋を出て行きそうになると、彼女の「大丈夫よ」という声が後ろから聞こえてきた。

「私達は姉弟、でしょ?」

 俺が部屋から出て行くのを止めて彼女に向き直ると、「良い子ね」と小さな子に向けるように呟いた。俺はその響きに多少の不満を抱いたが、俺達は姉弟、これが現実なのだ。

「マリアが運んでいたものを代わりに持ってきたんだ」

 そう言って、俺はガラスの魔道具を彼女に見せる。

「ありがとう。・・・・・・それで、要件は何?」

 エルトリアが魔道具を受け取りながら俺に尋ねた。そりゃ、わざわざメイドの役割を請け負ったのだ。何か要件があるに決まっている。

 しかし、今までの経緯から、どうしても、その要件を言い出し辛かった。

「・・・・・・エルトリアと、話がしたかったんだ」

 絞るように声を出すと、彼女はくすくすと笑った。

「いいわ。お話ししましょう」

 エルトリアはそう言ってくれたが、当初頭に浮かんでいた話題が口の中から出てきてくれなくなっていた。魔法が使えないことに対する不安。それを吐露してしまった時、これ以上情けない気持ちになるのが、今の精神状態で耐えられる気がしなかった。

「・・・・・・その、その魔道具は、どんな魔法が使えるの?」

「これ? これはね、このガラスの雪洞で囲んだものの時間を遅くする、という魔法が使えるの。例えば、この中に食べ物を入れておくと、普段は一か月で腐ってしまうものが、一年くらい長持ちするのよ」

 え? それすごくないか?

 俺の目が魔道具の興味に溢れた様子を見て、エルトリアは微笑んだ。

「興味が湧いてきた? でも駄目よ。これは私のものだから。ルシウスには上げないわ」

「別に取りはしないよ」

「そう? じゃあ、見せてくれる代わりに、お願いを聞いてくれるかしら?」

「お願い?」

「ええ。ルシウスが作っている干しトマトの粉末を、いくらか分けてもらえないかしら」

「いいよ。ついでに作り方をまとめた紙も上げるよ」

「本当に?」

「うん」

「ありがとう。じゃあ、はい、どうぞ」

 エルトリアから受け取った魔道具を俺がしげしげと眺めていると、彼女が優しい声で切り出した。

「それで、本当の要件は何?」

 少しだけ気が楽になっていた俺の口から、それはあっさりとこぼれだした。

「明日から、魔法の授業が始まるんだ。それが、不安で不安で仕方が無くて」

「うん」

「俺は、実は、魔力が無くて、つまり、その、魔法が全く使えないんだ」

「うん」

「・・・・・・あんまり、驚かないんだね」

「・・・・・・驚いてほしかった?」

「・・・・・・いや、ちょっと安心した」

 彼女は、優しく微笑んだ。

「それで、もし俺が魔法が使えないことがわかってしまったら、夫婦仲が悪くなってしまうんじゃないかって、怖くって」

「うん」

「この気持ちを、誰かに、いや、君に聞いてもらいたかったんだ」

「うん。・・・・・・もう、自分の中で整理できているのね」

「君と話していると、不思議と落ち着くんだ。なんでだろう。・・・・・・前にも、こんなことあった?」

「・・・・・・さあ、どうかしら?」

 俺は彼女に魔道具を返し、ありがとうと礼を言ってから部屋を出た。

もう少し話をしていたい気分であったが、これ以上話していると、彼女の名前を間違えて言ってしまいそうな気がしたので、止めることにしたのだ。


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