三十一 貴族の子、ツンデレを知る
「貴様はもしや、レベルアップで脚力が強化されたんじゃないか?」
俺の部屋にノックもなしに入って来るなり唐突に、レンが天啓を得た風の確信に満ちた顔でそう言った。
「・・・・・・レベルアップ、とは何でしょうか?」
ノックもなしに部屋に入って来るなんて失礼じゃないか、という言葉を飲み込み、俺は気になった言葉に居ついて尋ねた。
「魔力が動物に作用することで魔物になるのと同様に、魔力が人間の肉体に作用することで驚異的な変化を起こすのではないか、という予想があるのだが、これを研究している学者が教師として魔法学園にいるんだ。
この予想が実証されれば、驚異的な身体能力を持つものを先天的な要因のみならず、後天的な働きかけによって生み出すことが出来る、とされているんだ。
僕は貴様との競走の後、走った道を徹底的に当たってみたが、貴様が魔法を使ったような痕跡は発見できなかった。そこから導き出される結論は、貴様は魔法を使っておらず、己の身体能力だけでウマを上回っているということだ。
けれども、貴様は年相応の細見であり、一見すると筋力が発達しているようには見えない。だからこそのレベルアップ。貴様は魔力の何らかの働きかけによって、筋肉などの組織構造そのものが変化し、ウマを越える足の速さを手に入れた。
違うか!?」
なるほど。魔力による後天的な身体能力の変化。レベルアップ。ボーパルバニーの例を考えると、俺の足がここまで速い理由も納得できる。
「もしかすると俺は、そのレベルアップ、とやらをしたのかもしれません。ですが、実証されていないものを、どうやって判断すればいいのでしょうか? それとも、何かレベルアップの根拠となるような身体的特徴でもあるのでしょうか?」
俺がそう尋ねると、レンの顔は途端に暗くなった。
「そう、だな。無い、な」
とぼとぼと部屋を後にするレン。その後ろ姿を見ていると、非常に申し訳ない気分になってくる。・・・・・・いや、騙されては駄目だ。俺はそれで競走に負けたのだから。
しかしレンのやつ、俺が前世で社長の命令で強制参加させられたハーフマラソン並みに長いコースをわざわざ隈なく調べたっていうのか? ひょっとすると、彼はかなり根性がある努力家という可能性が浮上してくるぞ。
小物臭いとか思って申し訳ないという気持ちになって、いやそうやって同情したから痛い目を見たのだと自分に言い聞かせた。
ある日、俺が剣術の授業を受けている所に、レンが通りかかった。彼は足を止めると、授業の様子を観察していた。俺と講師の試合形式になってからしばらくして、レンは講師に話しかけて授業を中断させた。
「おい貴様。俺と一つ手合わせをしろ」
うん。言ってくると思った。
「また何か賭けをするのですか?」
「いや、今回はいい。さっさと始めよう」
レンは講師から刃引きされた剣を受け取ると、直ぐに剣を構えた。
今回は実力で圧倒してやろうという腹か。だが、例え剣の初心者であるとはいえ、俺にはレンを負かす為のとっておきがあった。
俺も剣を構えレンと向かい合ったところで、講師が「はじめっ!」と号令をかけた。
先手必勝。俺は開始の合図と共に自慢の脚力を使って素早くレンの懐に潜り込んで剣を振りぬいた。これぞとっておき。反応できない速さで襲えばいいのだ。
しかし、俺の剣がレンの体に触れることは無く、気付けば俺の手から擦り抜けていて、いつの間に宙を舞っていたのやら、やがて俺の後方で何かが地に落ちる音がして、その所在を把握することが出来た。
レンの刃は俺の首筋へと向けられていた。圧倒的な敗北だ。
「貴様は確かに速いが、速いだけならどうとでも対処できる。剣を拾え」
俺は怒りを面に出さないように後ろを向き、落ちている剣を拾いレンの方を向いて構えた。
先程の突進を講師に行った時は大成功で、俺はその時初めて講師から一本取ることが出来たのだ。無論それ以外は全敗だが。
しかしその突進を難なく破るレンは、講師以上の腕前ということになる。それはつまり、どう足掻いても勝ち目の無いことを意味していた。
レンが剣を構えると、講師が再び「はじめっ!」と声を出す。
飛び込んでこない俺の様子を見てレンが口を開いた。
「貴様が剣の素人であることは百も承知だ。だが殊試合においては、剣技だけで勝敗が決まるわけではない。もっと自分の武器を使え」
言ってくれるじゃないか。
俺は全速力でレンに向かって真っ直ぐ走り出した。彼の攻撃範囲の手前で方向を急転換し彼の側面に回り込む。
レンが反応して剣を横に薙ぎ払いながらこちらに視線を向けた瞬間、俺は空中に飛んだ。素早く彼の視界の中から消えると、俺は空中からレンに襲い掛かる。
だが、彼は頭頂部に目が付いているかの如く俺の攻撃に的確に対処して、難なくいなした。
地面に転がされた俺は間髪入れず、こちらに背中を見せる位置に立つレンに向かって直ぐに突進をした。
しかし、レンは背中側にも目が付いているのか、突進のタイミングばっちりに振り返りながら剣を振り下ろした。
俺は辛うじてレンの斬撃を受け止めることが出来たが、膝を突く形となってしまった。力で押し返せるということも無く、すかさず講師の「やめっ!」の声が入る。
「今の動きは悪くなかった。もっと足を使うんだな」
レンはそう言い残すと、剣を講師に返し立ち去った。
俺が以上の行動をレンなりのアドバイスであるという事実を知ったのは、後日この出来事をエルトリアに話してからだった。
言葉を失っている俺の様子を見て、エルトリアはくすくすと笑った。
「例の競走から、レン兄様は貴方のことを認めているのよ。ただ、ちょっと素直に成れないだけなの」
貴族イケメン努力家ツンデレ。何だこの属性てんこ盛りの男は。・・・・・・ああ、そう言えば上の兄が乙女ゲームの攻略対象だったな。
俺の方こそ、レンのことを受け入れるのにかなり苦労することになった。




