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三十 貴族の子、兄と競走する

 競走が始まって直ぐの間、レンは俺を先行させようと考えていたのか、のんびりとウマを走らせていた。だが、いつまでも俺がウマの後ろにいる様子を見て、とうとう痺れを切らしたレンは普通にウマを走らせ始めた。

 そして俺は普通にウマに付いて行った。

 少しウマを走らせる度にレンは俺の方を向き、何度顔を向けても一向に開くことの無い距離を見て、振り返る度に彼の顔は少しずつ青ざめていった。

「き、貴様は化物か!」

 レンの顔が絶望に染まっていく度に、俺の顔は愉悦に歪んでいった。

「こう見えても、かけっこは町で一番でしたよ」

「それだけでウマと並走できる人間がいるか! ・・・・・・貴様、さては魔法を使っているな!」

 いいえ、私は魔力ゼロです。

「ふっ、僕は知っているぞ! 魔法学園に一人、その魔法を使って学内ランキング上位に食い込んでいる者がいるからな。ずばり、貴様が使っているのは『武踊』だな。自分自身を自由に操作する風魔法。その魔法を用いたヤツの闘いは、さながら武神の如きと評されるほどだ。大方、それを使って魔物を討伐したんだろう。だが、僕はその弱点も知っているんだ。何より消費する魔力量が以上に多い上に、加えて無理な動作を体に強いることから貴様は魔力・肉体共に直ぐに限界を迎えるだろう。もって三分と見た」

 いいえ、魔法は使っていません。魔物を倒したのはジブリールです。そして私は星の戦士ではありません。

 とは言え、このギャグマンガばりの走力、レンが驚くのも無理はない。実際俺もここまで足が速くなるとは思ってもみなかった。

だが、この速さで俺が木の上を飛び回っている様子を見ても、マリアは大して驚いた様子も無かった。もしかすると、戦闘職の人間からするとそれほど驚くことでもないが、一般人からすると驚異的、というバトル漫画にお馴染みの「一般人と主要キャラ戦闘力違いすぎ www」現象と似たようなことが起きているのかもしれない。

 そして三分後。レンの顔からは精気が失われていた。

「馬鹿な! そんなことがあるはずが・・・・・・」

 全身から生の輝きが失われており、イケメンが見る影も無くなっていた。

 その様子があまりにも居た堪れず、ウマの速度も落ちは始めていたので、憐れに思った俺は彼を抜き去りさっさとエルトリアの所に戻ることにした。



 俺はしばらく屋敷の周囲を眺めながら悠々と走り、そしてエルトリアの許へと帰ってきた。笑顔の彼女が迎えてくれるのだろうか、などという淡い期待を抱いていた俺の目の前に、レンの姿があった。


 馬鹿な!


 俺はずっと道なりに走って来たし、途中で分かれ道も無かったからコースを間違えたということも無い。そして一度もレンに抜かれていない。

 そこまで思って、競走前に自分で至った一つの考えを思い出す。そう、コースを脱線する可能性だ。レンはコースをショートカットしたのだ。

 驚きのあまり開いた口が塞がらなくなった俺に、レンは勝ち誇った顔を向ける。

「残念だったなルシウス。ま、そもそも人の足ではウマに叶うはずが無かったのだ。しかし、今回は貴様の心意気に免じて賭けは無かったことにしてやろう」

 レンはそう言い残すと、疲れ切ったウマを無理矢理引っ張って馬小屋へと去っていった。

 取り残された未だに怒りが湧いてこずボケっと突っ立っている俺の様子を見て、エルトリアは呆れ顔で溜息を吐いた。

「レン兄様の発言とルシウスの表情から推察するに、どうやら不正をされたようね」

 さすがエルトリアだ。素晴らしい勘の良さ。

「レン兄さまは体面を保つことが出来た。ルシウスは何の不利益も被らなかった。落としどころとしては上々よ。それほど気にすることではないわ」

 彼女の手が俺の頭に伸び、よしよし、と撫でられた。割合現金なもので、これだけで沈んだ気持ちが回復した。


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