二十一 少年、魔法を学ぶ
教会の中の客室。俺とエイブが隣り合い、机の反対側に神父が座った。
「以前エイブが魔力と呪文、魔法の分類について説明したと聞いたのですが、ラックくん、私に説明してみてくれませんか?」
「はい。魔力というのは人間の体内にある魔法を引き起こすための特別なエネルギーで、呪文は魔力の形を操作して、特定の魔法を引き起こすための自己暗示法の一つだと思っています。そして、火魔法は自然現象、水魔法は催眠術、風魔法は自分の魔力が付いた物体の操作、土魔法は空間などを操る魔法、だと認識しています」
「うん。大体その認識であっていますよ。エイブ、ちゃんと覚えていたようだね」
「だから覚えているって言ったじゃないですか師匠!」
神父がにっこりと笑った。
「もっと細かい理屈などを教えてもいいのですが」
そう言って、神父はちらりとエイブを見た。
「今日は索敵魔法について知りたいです」
俺の言葉に、エイブがうんうんと大げさに頷いた。
「わかりました。では、索敵魔法について教えましょう。索敵魔法は周囲の動物や人間の位置を知ることが出来る複合魔法、すなわち、火と水の要素を併せ持った魔法なのです。
基本的には、人や動物の耳には聞こえないような高さの音を出します。そしてその音の中に、聞き手が無意識の内に魔法を発動してしまうような旋律を仕込んでおくのです。すると、聞き手は無意識の内に自分の位置を相手に伝える情報を送る魔法を発動して、こちらにその位置がわかる、という仕組みです」
なるほどね、と思う俺の隣で、エイブが頭を悩ませていた。神父はエイブに対して「座学が苦手」などのなかなか手厳しい言葉を浴びせていたが、俺の知る限りエイブは抽象的なことを把握するのが苦手なだけで、頭が悪いということでは決してないのだ。
「例えば、俺がエイブに「馬鹿」って言ったら、エイブは怒って「馬鹿じゃない」というとするだろう」
「え、急にどういうこと」
「まあ聞けって。俺は「馬鹿」ってエイブに言えば、エイブが「馬鹿じゃない」って声を出すことはあらかじめ知ってるんだよ」
「うーん、それで」
「つまり、「馬鹿」という言葉が索敵魔法で、それを聞いてエイブが怒ってしまって「馬鹿じゃない」って言いたくなっちゃうのが無意識の内の魔法の発動。そして実際にエイブが言った「馬鹿じゃない」って言葉が、エイブの位置を俺に知らせる音ってわけ」
「なるほど! つまり僕は「馬鹿」って言えばいいわけだ」
「まあ、そういう、こと、だね」
神父が笑いを堪えながら答えた。
「つまりこんな感じか」
そう言って、エイブが呪文を唱え始める。
〈風よ 水よ 草木よ 大地よ 精霊よ 我に彼の者の在り処を教え給え 我が怨敵の行方を伝え給え〉
唱え終わると同時に、エイブは何とも言えない顔をする。
「成功じゃないか」
神父の嬉しそうな声とは裏腹に、エイブは首をかしげる。
「師匠の反応はわかったんですけど、ラックの反応が無くって」
なるほど。俺は魔力が無いから、位置を教える魔法が使えないのか。
「そんなことがあるのか?」
驚きの表情を見せた神父が、エイブが唱えた呪文と同じものを唱えた。エイブは何かに気付いた顔をして、そして神父は顔を顰めた。
「師匠、今僕、魔法使っていましたよ!」
「ああ、エイブの反応はあった。だが、ラックくんのが・・・・・・」
神父は不安と恐れのこもった眼差しを俺に向けた。かくいう俺は、索敵魔法を使うと相手に自分の存在がばれてしまう、というリスクについて頭を悩ませている所だった。
「ラックくん、君は」
「言ったでしょ。俺は魔法はからっきしだって」
「しかしこれは・・・・・・、ちょっと待っていてくれ」
そう言い残して、神父は部屋を出て行った。
「ねえラック。どうして君の反応が出ないんだ?」
「きっと、応答の魔法が使えないほど、魔力が少ないんだろうなあ」
俺は曖昧にぼかしておいた。
しばらくして、神父が部屋に戻って来た。その胸に水晶玉を抱えており、それを慎重に机の上に置いた。
「これは貴族などが用いる魔道具で、ああ、魔道具についてはまた後日説明いたしますが、兎に角、この魔道具を使うと、どの種類の魔法が得意なのかや、魔力の量がどれくらいなのかについてわかるのですよ」
「ちなみに、僕はすっごくきれいな緑だったよ」
「つまり、エイブは風魔法が得意、ということです」
なるほど。クソおやじは、生まれたばかりの俺にこの魔道具を用いて、俺を捨てることを決定したってことか。
俺の中で、目の前の水晶玉に対する怒りが沸々と湧いてきた。
「ラックくん。この魔道具に触れてみてもらえませんか?」
「・・・・・・どうしても、しなくちゃいけませんか?」
俺の声に滲み出た怒気に気が付いたのだろう。神父はゆっくり一呼吸すると、慎重に言葉を紡ぎ出した。
「いえ、あくまでも私のお願いですから。不躾なことを頼んでしまい、申し訳ありません」
「ラック・・・・・・」
エイブが消え入りそうな小さな声で俺の名前を呼んだ。俺の怒りに気付いているのだろう。彼を威嚇させないように、俺は努めて優しい声を出した。
「なんだ」
「僕は、この魔道具を使って、なんて言うか、人生が変わったんだ。魔力は本当に微々たるものだったけど、魔法を使っていくうちにその量は増えていくって師匠に教えてもらったし、そして自分の得意な魔法もわかった。それで、冒険者になりたいって夢も見つかった。だから、つまり、その・・・・・・、今の自分を知ることって、すごく大切なことだと思うんだ」
エイブの言うことは尤もだ。だが、俺はゼロなんだ。努力すら出来ないんだぞ!
だが、この際ばらしてしまうのも楽だろう。俺が全く魔法を使えないことがわかれば、エイブだって意味の無い俺の魔法の練習に時間を取られることも無くなる。そっちの方が効率的なんだ。それに、俺にとっては前世と何ら変わらない。何の問題もありはしないんだ。
しかし、エイブの言葉に答えることが出来なかった。どうしても、魔力がゼロである、という事実を明るみに出すことを、俺は、許容することが出来なかった。
「・・・・・・ラック」
「わかりました。やりたくないことを勧めてしまい本当に申し訳ありません。とりあえず、今日はここまでと致しましょう」
「そうですね」
俺は直ぐに部屋を出た。
「ラック!」
教会から早足で立ち去ろうとしていた俺を、エイブが呼び止めた。
「さっきはごめん!」
「・・・・・・俺も、ごめん。エイブには怒ってないんだ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・あの水晶玉が、どうしても好きになれないんだよ」
「・・・・・・そっか」
「そう」
俺が歩き出すと、エイブは後ろから付いてきた。お互い何も話さず、そのまま、海の方へと向かった。
二人で波打ち際に寝転がり、波の音を、黙って聞いていた。




