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十八 少年、クソおやじと再会する

 その日、町の人々は皆浮足立っていた。それもそのはず、今日は町を治める領主たるイタロス伯爵がこの町にやってくるのだ。町は半ばお祭り騒ぎ。どの家庭も飛び切りのごちそうを用意しているに違いない。

 そんな町の様子に、俺は苛立ちを隠せなかった。

「どうしてそんなに苛立っているんですか?」

 マリアに心配されてしまった。俺は生まれたばかりの頃に伯爵家に捨てられたのだ。そんな俺を哀れんだ聖人の彼女は、伯爵家を辞めて俺を今まで育ててくれている。マリアは俺が転生者であることを知らず、当然、俺が生まれたばかりの頃の記憶を持っていることも知らない。故に、彼女は俺が捨てられた恨みをいつまでも引きずって苛立っているということが、全く思い当たらないのだ。

「何となく、貴族ってやつがいけ好かないだけさ」

「彼らの力のおかげで、私たちは安全に暮らしていけるんですよ」

「確かに、彼らの魔除けは強力だ。でもこの状況は、檻の中で暮らすから安全が保障されている家畜そのものだよ。俺達は貴族に飼育されているだけなんだ」

「それは穿ったものの見方かと。貴族の義務は民を守ることですよ」

「わかってはいるさ。・・・・・・ただ、感情は追いつかないだけだよ」

 貴族の問題点を上げればきりがない。でも、この社会はとても安定しているのだ。俺の前世が民主主義の世界であったというだけで、この貴族社会もまた、社会の一つの形なのだ。

 だが、俺は貴族が許せない。自分の子供を平気で捨てるような人間が、どうして人の上に立つ存在になれるというのか。

「なあ、マリア。俺は、どうしても、貴族に合わなくちゃだめ? ジブリールは君の使い魔じゃないか」

「今はルシウスさんのしもべでございます。それに、子供を助けようと笛を吹いたのは、ルシウスさんですよ。その結果魔物を倒したというなら、紛れもなく、それは貴方の功績です」

「俺はちっとも嬉しくないよ」

「私はとても誇らしいですよ」

 見ると、マリアは微笑んでいた。

 俺は溜息をつきたい気持ちをぐっと堪え、マリアから渡されたボーパルバニーの首が収められている体の軽い木箱を手に持ち、町の入り口近くの人々の集まる方へと向かった。

 そこには、貴族が立つお立ち台があった。貴族は下々の者よりも一段上、というわけだ。大人も子供も、皆興奮した面持ちでいた。貴族など、滅多に見かけることも無いのだろう。

 その中に、左目を布で覆っている子供がいた。俺はその子に近寄って声をかけた。

「やあ。具合はどうだい」

「ら、ラックさん!」

 子供が瞳を輝かせていた。俺は君を助けたんじゃない。君は俺のせいで怪我をしたんだ。とんだマッチポンプだよ。

「えっと、名前は?」

「ば、バル! バルです」

「そうか。傷の具合はどうだい?」

「もう痛みもありません。それに、もうすぐ治るん、ですよね?」

 バルの声に、不安がにじんでいた。

「ああ。魔物討伐の報告の時に、ついでに治癒魔法使いが来るように要請したみたいだ」

 うちのマリアが。

「だから大丈夫。心配すんな」

「は、はい!」

 俺達が話し終えるとほぼ同時に、町の入り口に馬車が到着した。扉が開き、中から豪華な衣装に身を包んだ男が降りてきた。

 十二年の時が経とうとも、その容貌はほとんど変わっていない。そいつは、俺のクソおやじだった。

 無意識の内に睨みつけてしまいそうなので、俺は地面を見つめることにした。正直、こんなことはただの時間稼ぎに過ぎない。どの道、俺は奴の面をはっきりと拝まなくちゃならない役回りなのだ。

「皆様! ご静粛に! ご静粛に! これより、スティヴァレ伯爵による挨拶が始まります。どうか皆様、ご静粛に」

 執事が声を上げると、騒いでいた町の人々が皆口を噤んだ。そして、誰かがお立ち台に登った音が聞こえてきた。

「ご紹介に預かりました、メディオラヌム・アール・スティバレ・イタロスです。本日は、かの首狩りウサギ、ボーパルバニーを打ち取った勇者の栄光を称える為にこの地に参りました。皆様もどうかそれほど気を張らず、共に英雄の偉業を称えましょう」

 言い終わってしばらくすると、ゲリラ豪雨の様な拍手が起こった。それが通り雨のように過ぎ去ると、執事が声を上げる。

「それでは、魔物を討ち果たした者、ルシウス、並びに、果敢にも魔物に立ち向かった者、バルティマイ、両名前に」

 名前を呼ばれた俺とバルは、共にお立ち台の下へと歩を進め、その目の前で止まった。どうか、睨みつけませんように。そう祈りながら、俺はクソおやじを見た。

 奴の顔に一瞬だけ走った動揺を、俺は見逃さなかった。

「それでは、魔物を討ち果たした者、ルシウス。その証拠をこちらへ」

 こんなものはあくまでも形式上だ。木箱の中身は空なのだ。事前に首と毛皮を送ってあり、既に町は報奨金を受け取っている。

 俺が差し出した箱を受け取ったクソ貴族は、中身も確かめず、「ここに、この者が魔物を討ち果たした者であることを正式に認める」などとのたまった。

 クソ貴族はその箱を執事に渡すと、代わりに執事から受け取った袋を俺に手渡す。

「さあ、報酬を受け取ってくれ」

 それは金の入った袋だった。既に町に金が入っている所を鑑みるにこれはあくまでも討伐したことに対する礼金なのだろう。つまり、町に入った金は毛皮と肉の代金なのだ。どう考えても町がもらった金の方が多いが、冒険者になってもギルドという上層部に金をむしり取られるらしいので、どんな立場でも貰える金額はさほど変わらないのだと思う。

 金を受け取った俺が下がると、執事は再び声を上げる。

「次に、魔物へ立ち向かった者、バルティマイ。前へ」

 バルが恐る恐るクソ貴族へと近付くと、奴は膝を折ってできるだけ目線を下げ、にこりと笑ってバルの左目に手をかざした。

「痛くないからね」

 瞬間、柔らかな光の粒がクソおやじの手から漏れ出し、バルの顔を、体を、優しく包み込んだ。その光の粒のいくつかは周囲にも飛んできて、その一つが俺の頬に触れ、雪のようにすうと溶け、熱がじんわりと体の中に浸透した。

 やがてバルを覆っていた光の粒がすべて消えると、クソ貴族はかざしていた手をしまい、そして立ち上がった。

「布を外してごらん」

 風呂に浸かって全身の緊張をほぐしリラックスしていたような表情だったバルは、クソ貴族に言われて慌てて外すと、傷の一切ない彼の顔があらわになった。

「バルティマイの勇気を称賛し、ここに治癒の奇跡を授ける」

 執事がそう言うのが早かったか、それともバルが瞼を開けたのが先か、彼は、震える声で叫んだ。


「み、見える! 見えるぞ!」


 歓喜のあまり、バルは敬語を忘れていた。だが、この場にそのことを咎めるものはいなかった。お立ち台の周りに集まっていた町の人々は、次々に歓喜の声を漏らした。

 全く、良いご身分だ。貴族様自身が希少な治癒魔法の使い手だったとはな。

 俺は大衆の喜びの声に紛れ、バルに微笑みかけるクソおやじを睨みつけた。

 例え奴がバルに向ける柔らかい笑みが心の底からの喜びであるとしても、例え奴がバルを治療する為だけにこの茶番を用意したのだとしても、俺はどうしても、どうしても目の前のクソおやじのことを、許すことが出来ない。

 俺は憎しみのこもった視線を瞼でふさいだ。

 町の人々による鳴りやまない奴に対する称賛の中で、俺は、俺だけは、前世の俺の記憶が吐き出し続ける呪詛を聴いていた。


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