十七 少年、友人に魔法を教わる
ボーパルバニーを美味しくいただいた次の日、森の間隙で仁王立ちするエイブの前で体育座りをしていた。
「やれと言われたからやったけど、このポーズは何なの?」
「少し雰囲気を出そうと思って。まあいい。始めてくれ」
やれやれと溜息をついた後、エイブは手にした木の枝で地面に絵を描き始めた。
「魔法って言うのは、人間の中にある魔力っていう特別なエネルギーを使って発生する現象、というか、その現象を発生させるための精神操作術のことなんだ」
エイブは人の絵を描き、その周りをオーラみたいなギザギザで囲んだ。
「例えば料理なんかで使う『発火』という魔法。あれは単純に一瞬だけ火を起こす魔法なんだけど、その呪文はそのまま〈発火〉。この〈発火〉という言葉を唱えると、魔力の形が変わるんだ」
そう言いながら、エイブは地面にもう一つ人の絵を描き、その周りを円で囲んだ。そしてギザギザのオーラを纏った人の絵から円で囲まれた人の絵に向けて矢印を描く。
「これはあくまでも図に過ぎないんだけど、魔力がこの丸い形になると、発火現象を引き起こすようになるんだ。つまり、唱えた呪文が僕たちの無意識に作用して魔力の形を魔法が発動するための形に変えるんだよ」
エイブが〈発火〉と唱えると、彼の指先から一瞬炎が上がった。
「でもこの形の変化は一瞬だけで、直ぐにまた何も現象を起こさない形に戻るんだ」
円で囲まれた人の絵からギザギザのオーラで囲まれた人の絵に向けて、エイブは矢印を引いた。
「ちなみに、この『発火』という魔法は、誰でも使える魔法なんだけど、これは火を起こす魔法の基礎にして全てでもあると言えるんだ。貴族様が使うような火を起こす魔法、例えば『業火』という超高温の炎で対象を焼き尽くしてしまうような魔法も、実はやっていることは『発火』と全く一緒なんだ。『発火』は短い呪文、少ない魔力で弱い火を起こす。『業火』長い呪文、たくさんの魔力で炎を起こす。というかぶっちゃけ呪文を変えて使用する魔力の量を調整
しているだけ、つまり火力が違うだけなんだよね。
だから、魔法の本質は呪文じゃなくて、呪文のような精神操作で使う魔力を調整することにあるんだよね。ここで、指パッチンが出てくるんだけど、前にも言った通り、この指パッチンは呪文の代わり。指を鳴らすことで魔力の形を変えているんだ」
エイブが指を鳴らすと、どこからか飛んできた木の葉が、彼の持つ枝の先をくるくると回り始めた。エイブが杖を揺らしても、木の葉は枝先から離れることなく回り続け、そしてエイブが再び指を鳴らすと、まるで糸が着られた操り人形のように、木の葉は重力に従ってそのまま地面に落ちた。
「今、僕は風魔法を使って風を操ったけど、前にも言った通り、風を操るから風魔法と呼ばれているわけではないんだ。
魔法は、火、水、風、土の四つに分類されるんだけど、この分類は操るものによって分類されているわけじゃないんだ。
風魔法は、自分の魔力を帯びているものを動かす魔法のことを言うんだ。僕たちの体から実は少しだけ魔力が漏れていて、ものに触った時にそれに魔力が付いてしまう。その魔力が付いたものを、例えば今の例で言うと僕の周りの空気を操って木の葉を動かしていたんだ。
だから、海で見せたドラゴンは、海の水を操っていたんじゃなくて、僕の周りの空気を操って風を生み出し、ドラゴンにしていたんだよ。
つまり、自分の魔力が籠っている水を操っても、自分の魔力が付いている土を操っても、それは風魔法ということなの。
じゃあ水魔法や土魔法は一体何なのって気になると思うんだけど、水魔法は人の心の海、つまり無意識を操る魔法なんだよね。簡単に言えば催眠術。そして土魔法は契約・意思疎通の魔法なの。例えばラックがジブリールを呼び出すときの召喚魔法。あれも土魔法の一つで、原理的には空間と契約して対象とする二つの地点を結び合わせているんだけど、僕も何が何だかよくわかってないのが実情なんだ。こればっかりはマリアさんに聞いた方が良いと思う。結界なんかも土魔法のはずだよ。
そして最後に火魔法。これには『発火』や『業火』も含まれていて、要は自然現象を引き起こす魔法なんだ。だから雷を起こしたり、大きな音を鳴らしたりするのも火魔法に入るんだよね。
勿論、これらが複合した魔法もあるよ。それらは複合魔法って呼ばれている。僕は無理だけど、貴族は良く使っているみたいなんだよね。だから正直珍しさで言うなら、召喚魔法の方がはるかに珍しいと思う」
エイブの一通りの説明が終わり、俺は感服の声を上げた。
「すげえ。エイブは物知りだなあ」
「まあ、ほとんど師匠の受け売りなんだけど」
「師匠?」
「うん。教会にいる神父さんだよ」
「へえ、あの人が」
俺は記憶を巡らす。顔は確かに覚えているが、どんな人かほとんど印象に残っていない。あの人がこんな傑物を生み出す程すごい人だったとは。
「じゃ、魔法の概要を説明したところで、実際にやってみようか」
「───────えっ?」
「まずは『発火』からだね」
エイブがとても気持ちの良い笑顔を浮かべていた。
「いや、俺は魔法はダメなんだ」
「大丈夫。どんなに魔力が少なくても、魔法を使っていくうちに増えてくるんだよ。実際僕もそうだった」
「いや、ゼロはどんなに頑張ってもゼロだから」
「大丈夫。魔力は人間の生命活動に関わっているとも言われているんだ。心臓が動いている限り、そこに魔力はあるさ」
その後一時間近く抵抗してもエイブが折れる気配がなかったので、俺は泣く泣く魔法の特訓をした。もちろん、何の成果も! 得られませんでした!