十四 少年、友人の秘密を知る
その日、俺は一つの異変に気が付いた。
マリアに頼まれて、町を囲む柵を点検したところ、一か所、柵にひもで括り付けられていたはずの魔除けの石が外れて地面に落ちていた。
何かの拍子で外れてしまったのだろう。
俺はそう考えて石を再び括り付けようとして、そしてふと気が付いた。柵の向こうの森に、折れた枝が落ちていたのだ。
まさかとは思ったが、俺は不安になり森の中へと入った。森の中を方々回ったが、結局人の姿を見かけることは無かった。
やはり俺の杞憂だったようだ。
しかし、それから一週間ほどして、また同様に外れた魔除けの石が見つかった。そして、俺の中に一つの仮説が浮かんだ。
俺の物語を聞いた子供たちが森の中に肝試し感覚で入り、自力で戻ってこられるよう魔除けの石を外して出入り口を作っていたのではないか。石が結び直されず地面に落ちていたのは、森から戻って来た子供たちが、緊張のあまり結ぶのを忘れてしまったのではないのか、と。
そしてマリアに報告した後、俺は張り込み調査を開始した。そして、成果は三日目にして現れた。
その日、日が傾き始めて、森に暗い影が落ち始めた頃。五人の子供たちが、柵のもとに集まり、そして魔除けの石を外しだした。
俺は直ぐに顔を出して子供達を止めた。
「何やってるんだ」
「うわっ! え、ラックさん?」
「何だ。脅かさないでくださいよ」
最近の子供は敬語が出来るのか。感心だな。まあ、それはそれ、これはこれだ。
「お前ら、森に入ろうとしているだろう。森は危険なところだと知らないのか?」
「でも、ラックさんは森の中に入って、エイブさんを連れて帰って来たんでしょ?」
「それに、ほんの少し入るだけだから、危険なんてありませんよ」
「俺達だって、ラックさんみたいにすごい人間になりたいんだ」
「お前達だって『森に入った女の子』の物語は知っているだろう?」
「そんなものより、ラックさんの話の方が百倍かっこいいよ」
なんてことだ。俺は頭を後ろから殴られたような気持になった。ひょっとするとひょっとして、今まで子供達を森から遠ざけていた『森に入った女の子』の恐怖感が、『ラックの物語』によって打ち消されてしまったのではあるまいな。
とどのつまり、それは完全に俺の責任じゃないか。ちくしょう。
「どんな話かは知らないが、多分その話は嘘っぱちだぞ。森には本当にオオカミが居て、俺は危うく食い殺されるところだったんだから」
「でも、今こうして生きてるじゃないですか」
「オオカミって人里を避けるから、森の奥の方にしかいないんでしょ? さすがです」
「しかも、森の主が味方になってくれてんでしょう?」
「森の主?」
「巨大な金の鳥ですよ!」
ジブリールのことじゃないか。
「この前も乗ってましたよね? 海のドラゴンを退治していたって聞きましたよ」
それはエイブの魔法だ。
「かっこいいなあ。今度俺も乗せてくださいよ」
「・・・・・・森の主は気紛れなんだ。必ず助けてくれるわけじゃない。いいか、森は危険なところなんだぞ。命を落とすかもしれない。入っちゃだめだ」
「でも、ラックさん、この間まで毎日のように森の中に入ってましたよね?」
「マリアさんに薬草取ってきてたんでしょ?」
俺の行動行動が、完全に裏目に出ている。
「それに、エイブさんだってよく森の中に入っているじゃないですか」
「だったら、俺達だって少しくらいいいでしょう?」
「───────────今なんて言った?」
「いや、だから俺達だって森に入って」
「その前」
「マリアさんに薬草」
「その後」
「・・・・・・ああ! エイブさんが森に入ってる」
「それだよ!」
俺は発言した子供の肩を勢いよく掴んだ。
「エイブが森の中に入っているのか!?」
「えっ? 知らなかったんですか? お二人は親友だから、てっきり知ってるのかと」
エイブが俺に冒険者になりたいという思いを語った時の記憶が蘇ってきた。彼は「ずっと魔法の練習をしている」と言っていた。海から巨大な水の玉を持ち上げ、それをドラゴンの形にして自由自在に操作し、そしてそれを爆発さえて虹を作り出す程強力な魔法の練習を!
もしエイブがそんな強力な魔法を町中で練習していたとしたら、俺が気付かないはずがないのだ。つまり、彼が見せてくれるまで俺が気が付かなかったということは、彼は人目につかない所で魔法を練習していた、ということになる。この小さな町でそんな場所、森以外にありはしない。
だが、俺が花畑に通っていた期間、俺は一度もエイブを森の中で見かけてないぞ。馬鹿! 森は広いんだ。そりゃ会わないことだってあるだろう。
「・・・・・・なあ、エイブがどのあたりで魔法の練習をしているのか、知っているか?」
「ええっと、あっちの、端の方の奥だと思います」
俺が肩を掴んでいる子供が、町に隣接する中で今いる場所から一番離れた森の位置を指し示した。
「エイブさんが、流れ弾が危ないからこっちには近付くなって言ってて」
「あいつがいつ森に入っているかとかわかるか?」
「基本、毎日朝から籠ってますよ」
「わかった。ありがとう。・・・・・・いいか、森の中には入るなよ。今日のことはお前たちのご両親に報告するからな」
「それだけは勘弁を!」
「ご慈悲を! ご慈悲を~!」
俺は泣きわめく子供達をそれぞれの家に送り届け、明日に備えて早く床に就いた。