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十一 少年、ファーストキスをする

サブタイトル変更しました。2020/4/7

 その後の記憶は、実にぼんやりとしていた。手に花畑で咲いていた白い花をいくつか握っていはしたが、いつその花を摘んだのか、他にどんな話を彼女としたのか、俺は一つも思い出すことが出来なかった。

 家にたどり着いた後、花を煎じてマリアに飲んでもらうと、幾分か彼女の症状が和らいだので安心したのか、そこでようやく、俺の意識は現実に戻された。

 俺の中で、明日も花畑に行くことは、既に決定事項となっていた。だがこの気持ちが、マリアへと渡す花を手に入れる為なのか、それともシラクサに会うためなのか、自分でも、自分の気持ちに判断が付かなかった。



 次の日、彼女はそこにいた。

「こんにちは、ラック」

 シラクサという太陽に当てられて、俺の体は一瞬にして熱を帯びた。彼女が口にした俺の名前が、まるで自分のものではないみたいに、きれいに輝いていて美しいもののように思えた。

「こんにちは、シラクサ」

 彼女は微笑んだ。俺に名前を呼ばれて、少しくすぐったそうにしている仕草の一つ一つが、この恋という感情が特別なものであることを際立たせた。



 その次の日。今日も彼女はいた。

「来てくれるような気がしていたの」

 彼女の気持ちは、俺と全く一緒だった。じゃあ、シラクサ、君の中に、俺と全く同じ感情はあるかい。俺と全く同じ熱はあるかい。

「毎日、ここに来るよ」

「──────えっ?」

「毎日、君に会いたい」

「───────私も」

 自分がこの世界に生まれてきたのは、いや、自分のあの働き続ける為だけの前世があったことすら、こうやって彼女に出会うためだけにあったように感じた。



「貴方の話を聞かせて」

「僕は、この森の向こうの町に住んでいるんだ」

「そこは、どんな町?」

「何もない、海沿いの町だよ」

「『海』って何かしら?」

「大きな水たまりだよ。とてもしょっぱいんだ」

「しょっぱいの? 水が飲めないわね」

「飲み水は川や井戸から取るから大丈夫だよ」

「その水たまりは、干上がったりしないの?」

「しないよ。世界中の川の水が海に注がれているから、いつまでたっても干上がらないんだ」

「世界中の? じゃあ、とっても大きな水たまりなのね」

「うん。この花畑よりもずうっと大きい」

「本当? いつか見てみたいわ」

「いいよ。今度案内するよ」

「いいえ。無理しないで。私じゃ森を越えられないわ」

「・・・・・・できるよ」

「────嘘じゃない?」

「必ず、海を見せるから」

「・・・・・・待ってる」



 他愛のない会話、他愛のない約束。それが俺のすべてとなっていた。会えている時間の喜びが、会えない時間の苦しみを強くして、会えた瞬間の感動が、その全ての苦しみを喜びへと変える。

 なんでもできる気はしていなかった。でも、彼女の為に、何でもしてあげたい気持ちになったのだ。

 俺は鍵縄を作ったそれを二つ交互に動かして、巨人を駆逐する漫画に出てくる立体起動装置の様な動きを目指したのだ。

 結果は惨敗。鍵を引っ掛けるのに失敗すると、地面に落ちてしまうからだ。これでは安全にシラクサを運ぶことはできない。

 他にも森の上をそりの様なもので滑ろうと等と考えたが、俺一人すらもまともに運ぶことが出来ない有様だった。

「焦らなくていいよ」

 彼女はそう言うが、日に日にその表情が暗くなっていくことがわかった。俺はそれに耐えることが出来ず、ある時、俺はとうとう一つのずるを犯した。



 その日、俺は黄金の笛を吹いた。目の前に現れた金色と真紅の怪鳥に、俺は頼み込んだ。

「彼女に、海を見せてあげたいんだ」

 紫紺の瞳のワシは、俺とシラクサを背中に乗せてくれた。

 その羽ばたきは、大気を震わせた。花畑を飛び出し、森を越え、町を通り過ぎ、青い海原の上をジブリールは優雅に舞った。

「きれい。海って青かったのね」

 彼女があまりにも無邪気に喜ぶから、俺はすっかり舞い上がってしまった。

「君の瞳と、同じ色だよ」

 本心から言った僕の言葉に、彼女は少し、悲しそうな表情になった。

「貴方の瞳も、同じ色だよ」

 ほら、と言って彼女は自身の瞳を俺に覗かせる。鏡のように俺の顔がそこに映るが、それで色がわかるはずもない。ただ、俺はその瞳に吸い込まれてしまったのだ。


 ──────────ごめんなさい。


 何故か、彼女は謝った。俺はその理由がさっぱりわからず、別れ際までもその真意は秘密のままであった。俺にわかることは一つだけ。

 前世を含め、それがファーストキスである、ということだけである。



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