十 少年、恋に落ちる
一部修正しました。2020/4/6
サブタイトル変更しました。2020/4/7
俺が十二歳になったころ、マリアは病気で体調を崩すようになっていた。風邪のような症状がいつまでたっても治らず、俺は前世の知識から肺炎やウイルス性の病気を疑ったが、この世界では医療というものはほとんど発達していなかった。稀に見つかる霊験あらたかな薬草やほとんどしない病を癒す魔力の持ち主による治療がほとんどだった。
しかしそう言った希少な存在は貴族がほとんど独占していて、庶民に出回ることはほぼなかった。子供を平気で捨てるようなクソ貴族ならやりかねない。全くもって度し難い生き物だ。
ある日、町を訪れた商人に、かの霊験あらたかな薬草が群生しているかもしれないという花畑の位置を終えてもらった。その花畑は、森を挟んだ町の反対側にあった。距離は馬車で約一日。
それってどのくらい? そう尋ねてメートルで返事が返ってくるはずもなかった。
まあ立ち止まっていても仕方がない。俺はマリアに内緒で、森に侵入した。
そこからは、ひたすらトライアルアンドエラーの日々だった。行けるところまで行って、駄目そうなら諦めて帰ってくる。いくら木の上を走るとはいえ、森にはオオカミがいる。足を滑らせたら死ぬかもしれないという緊張感の中、体力はいつも以上に削られたのだと思う。
それでも、日ごとに印をつけることが出来る距離が伸びていったので、俺は確かな手ごたえを感じていた。そして挑戦を始めてから三か月後、ようやく森を抜けることが出来た。
開けた視界の先にあったのは、視界の果てまでも真っ白な花で埋め尽くされた楽園だった。ふっとそよ風が頬を通り抜けたかと思うと、濃密な花の香りが脳を刺激した。一体、どれほどの数の花が咲いているのだろうか。
しばらくの間その花の美しさ見とれていたが、俺はそこで奇妙な色を見付けた。どこまでも続く白の中に、たった一点だけ、金色が混ざっていたのだ。
気が付けば、俺の足は、その金色のある場所へと向かっていた。それは、まるで花の香りに誘われた蝶のように、ふらふらと、抗いがたく、たどり着いた先には、かの女神すらも色あせるほどの、美しい花がそこに咲いていた。
「─────────こんにちは」
陽だまりのような声だった。流れるような金色の髪とほんのりと赤みのさした柔らかな白い肌の奥で、海のように深く透き通った瞳がこちらを見ていた。
女神を見てからというもの、女性の容姿というものがほとんど大差のないものにしか映っていなかった俺の視界の中で、それは新たな輝きを放つ美しさであった。
「・・・・・・こんにちは」
「私は、シラクサ。貴方は」
「・・・・・・俺は、ラック」
少女は微笑んだ。瞬間、白い雪の中から目を出した、春、という概念そのものが、世界中に喜びをこれでもかとまき散らしたかのような、そんな錯覚に囚われた。
「初めて知らない男の子と話しちゃったわ」
くすくすと彼女は笑う。朝目を覚ますと鳴いている鳥の声のように、明るく、楽しげに。
───────────俺も、初めてだ。
生まれて初めて、恋、というものをした。
それは前世を含めても変わらない。彼女の名前が、姿が、声が、俺の魂の深い所に刻み込まれていくような、そんな気がした。