王宮騎士は話の片手間に悪魔を倒す
僕は仕えている主と王宮の磨き上げられた廊下を歩いていた。
「ワルシャ、私の午後の予定は陛下への謁見の守護が一つだったか?」
「はい、そのようになっています。書類仕事も片付いていますし本日の王宮守護はリューズグレス様、ハイン様、ヤヅキ様なので謁見の守護が終わり次第、リーズレット様の本日の職務は終わりになります」
「わかった」
ワルシャ、それが僕のこの世界での名前だ。両親や近しい人からは「ルーシャ」とも呼ばれている。でもこの名前、正直僕は好きではなかったりする。特にここ最近はだ。
だって女の子っぽいんだもん!
僕はれっきとした男だ。本当は『出来る男』の雰囲気を醸し出したいんだ。そういう年頃(14歳)なんだ!
だけどこの名前が妙にしっくりと当てはまってしまうのは僕の容姿が関係している。
女性らしさのある中性的で整った顔立ち。柔和で、けれどもぱっちりとしたブラウンの目。光を弾く艶やかな黒髪。きめ細かく弾力のある肌。細身の体躯。
いわゆる美少年なのだ。それも可愛い系の。
知識として記憶している前世の平凡な自分の容姿と比較すると月とスッポンである。
もちろんこんな容姿で生まれたことは喜ぶべきことだ。
喜ぶべきことなんだけど……。
「はぁ……」
「どうした? 体調が悪いなら──」
「あ! も、申し訳ありません! 体調は問題ありません!」
「そうか。それなら良かった」
僕は慌てて謝罪した。
主の隣でため息を吐くなんて不敬もいいとこだ。といっても、この方はこれぐらいで気分を害するような器の小さな人じゃない。そもそもそんな狭量な人間は王宮騎士にはなれないだろう。
王宮騎士、リーズレット・"エレール"・フラワ。
騎士の頂点、たった12人しかいない王宮騎士の中で唯一の女性で、全ての女性騎士を統率する騎士。
その容姿は女神とも天使とも言われている。青空のような碧眼に、慈愛を想起させる形の良いピンク色の唇。穢れなど存在しないかのような白い肌。その顔立ちは優しさと凛々しさを兼ね備え自信に満ちている。長い金色の髪は今は邪魔にならないようシニヨンにし、大きな胸や細く引き締まった肢体も王宮騎士のみが装備することができる白を基調とした鎧に隠されていた。
そんな彼女こそが僕が仕える主だ。正確には僕はリーズレット様の付き人で主従関係ではなく、騎士と職務を補佐する文官、という関係で実際の主は国王陛下となる。
でも僕はリーズレット様に直接召し上げられたのでリーズレット様の方が主という意識が強かったりする。
「ワルシャは私の職務の後はどうするんだ? 自由時間だろう」
「はい、時間もありそうなので冒険者ギルドに行こうと考えています」
「なるほど、いつものか」
「はい、いつものです」
僕の返答にリーズレット様は少し困ったような表情を浮かべた。
「……私はそこまで気にしないのだがな」
「いいえ、リーズレット様が気になされなくても周りが気にするのです。私はただでさえ学のみで付き人に召し上げてもらった身。碌に魔法も使えず特技もない私が傍にいてはリーズレット様に恥をかかせてしまいます。なので少しでも奉仕活動をし、リーズレット様にふさわしい付き人になってリーズレット様の目は正しかったと……ってどうしたのですか?」
「んんっ……い、いやなんでもない」
リーズレット様を見ると頬を朱に染めて口元を手で隠していた。心なしか瞳も濡れているような気がする。
体調でも悪いのだろうか?
「……こほん。それより、その奉仕活動に今日は私も付いて行っていいか?」
「それは構いませんが、良いんですか? せっかくの休息の時間ですし他の事に使った方が……」
「私がそうしたいんだ。……迷惑か?」
「め、迷惑だなんて!」
「なら決まりだな。仕事終わりが楽しみだ」
リーズレット様の微笑みに顔が熱くなるのを感じて顔をそらした。比較的見慣れている僕でも長時間直視するのは難しい。それぐらい綺麗で神秘的な微笑みなのだ。
あとその前に浮かべた悲し気な表情は反則です!
あんな顔されて断れる人はいませんから!
「そ、そんなに楽しいものでもないと思いますけどね」
「ふふ、私はワルシャと一緒にいられるだけで……っこれは」
今日の予定を話していると突然リーズレット様は走り出した。
僕はその行動に驚くことなく追従する。
「何かありましたか?」
「ああ。異質な魔力が王宮内に突然出現した。転移だろう」
「──! ということは」
「上級悪魔だ。王宮結界をすり抜けたことと魔力量から確定だな」
この世界には悪魔がいる。
出自はまったくの不明。自然に存在する魔力溜まりで変異した魔物という説や異界の住人ではないかという説が挙げられているが説明できるほどの証拠は何もない。
生物としても不可解なことが多い。基本的には二足歩行の人型だが個体ごとに特徴が変わり、異形な容姿をしている。再生速度もずば抜けており生命力も高い。人語を話すのも謎だ。
だけどわかっていることもある。
悪魔の強さだ。
人間にとって未知の魔法。刃を通さぬ強靱な肌。一撃で直径数十メートルの範囲の家屋を吹き飛ばす膂力。内包する膨大な魔力と高い魔法耐性。
上級悪魔ともなれば一匹でも国に入り込めばその国は地図上から消えることになる。
悪魔の侵入を阻むために王宮を中心に結界が張られているが、未だ上級以上の悪魔に有効な結界は造れてはいない。
そして、上級悪魔討伐の指標は、一流である冒険者を示すAランクが集まった冒険者パーティが最低でも二組以上必要だと言われている。
上級悪魔が侵入した場所へ近づくと血の匂いが漂ってくる。
「ぐあああああ!!」
『がははは! 弱い! 弱すぎる! これが王宮騎士か! 噂など当てにならんな!』
「くそっ! みんなここで食い止めろ! あの方たちが来れば──」
『無駄だ』
異様に発達した黒腕が騎士に落とされ騎士は動かなくなった。
前の世界のゴリラに似た姿の上級悪魔の周りには血溜まりが出来ており騎士やメイドが倒れている。
王宮の廊下は破壊され、絢爛な装飾がただの瓦礫へと成り果てていた。
『下等なゴミ種族が群れたところでオレ様を殺せるとでも? グハッ、頭も腐ってるようだな! どれ、尊大なこのオレ様が手ずからこの国のゴミ掃除でもしてやろう! ありがたく思え』
「……害虫が」
リーズレット様が底冷えするような声で吐き捨てると、剣の柄に触れ一気に加速する。
上級悪魔との距離はそこまで離れていない。
リーズレット様にかかれば四捨五入して0秒という速さで接敵するはずだ。
だけどリーズレット様より一歩早く上級悪魔の前に躍り出た騎士がいた。
正装を着崩し、木剣で肩をトントンと叩く青い短髪の整った顔立ちの男性。
王宮騎士のヤヅキ様だった。
「おーおー、こりゃまた派手に暴れたなー」
『なんだ、次のゴミか。オレ様としては逃げ回るゴミを駆除する方が面白いんだが……これはこれで楽でいいか』
「ふむ、とりあえず全員息はあるようだな。良かった良かった」
『グハッ、今度のゴミは目が石ころででも出来ているのか? それともオレ様を笑い殺す算段か? なら大成功だ! 笑いすぎて腹が捻じ切れそうだぞ!』
上級悪魔の不快な笑声が響く。
『だが現実を見るがいい! 絶望するがいい! ゴミどもの命が消え失せたこの死の……景……を?』
違和感がしたのか、上級悪魔はきょろきょろと辺りを見渡した。
『! おい、これはどういうことだ? 何故生きている? ゴミどもがオレ様の一撃に耐えられるわけがない!』
「壁は……直すの大変そうだなー。担当はご愁傷様」
『答えろゴミ!!』
「なんだぁ? さっきからハエがブンブンうるせぇな。俺虫嫌いなんだよ、弱ぇのに無駄にまとわりついて来っから」
ビキリ、と血管が浮き上がる音が上級悪魔から聞こえてきた気がした。
『死ね』
それが上級悪魔の最後の言葉となった。
振り上げた黒腕は落とすことを許されず、上級悪魔は真っ二つに両断され左右の半身がずれるように倒れていく。
僕には何が起こったのかまったくわからなかったけど、ヤヅキ様の持つ木剣が悪魔特有の黒い血に染まっていて上級悪魔を斬ったということを示していた。
……え、待って。木剣で上級悪魔斬ったんですか?
悪魔って良質な素材の武器に付与魔法とか使わないと斬れないって話じゃあ……。
その木剣の素材、神樹とかそういうすごい素材で出来てたりとか……しないですよね。訓練場でよく見るやつですもんね。知ってました。
ははは、と僕は苦笑いを浮かべ考えるのを止めることにした。
「ヤヅキ殿」
「おーリーズ」
ヤヅキ様は気の良いお兄ちゃんという感じの方だ。服装はだらしないけどこざっぱりとしていて、少し鋭い目つきも悪戯を思いついた子供のような笑顔で親しみやすいと評判だ。
王宮騎士の理念の一つ、「王宮騎士は全て同格、上下無し」を一番体現している人でもある。
「現着ほぼ同時かよ。これならリーズに任せりゃよかったな」
「いえ、私としては助かりましたよ。この後はワルシャとデートの予定ですから。報告書よろしくお願いしますね」
「うっわ、やる気なくすこと言うのやめてくれる?」
「ヤヅキ殿はどのみち今日の王宮守護担当なんですし良いではないですか」
「んなわけあるか。同僚が遊んでる時に仕事な上にやること増やされてたまるかよ……」
ヤヅキ様は心底嫌そうに愚痴をこぼした。だけど切り替えが早いのもヤヅキ様だ。
「まあいい」と呟いて、ニヤリと口角を上げると。
「っつか"エレール"とデートとはねぇ……なかなか隅におけねーなワー坊!」
「え!? い、いや! そういうんじゃないですから!」
「……ワルシャは私とデートするのは、嫌なのか……?」
「そんな嫌じゃないです! むしろ嬉しいというか……って違くて!」
だからリーズレット様その綺麗な顔でシュンとするのやめてください!
演技だってわかってても罪悪感がすごいんですから!
ちなみに"エレール"とは王宮騎士に叙任されたときに下賜された名だ。女性の王宮騎士は天使の名を下賜されるのが伝統になっている。
二人の王宮騎士は僕が顔を赤くして必死に抗議するのをニヤニヤと見て一通り満足したのかそろそろ仕事に戻るようだ。
「ふふ、ではそろそろ私達は先に行っていますね。ワルシャをからかうのも楽しめましたし」
「…………」
「おう。俺も引き継ぎとミカが来たら行くわ」
「そういえば、ミリューカはどうしたのですか?」
「遅いから置いてきた」
リーズレット様は呆れた目を向ける。
「自分の付き人を守るのも王宮騎士の務めですよ」
「別に上級一体だったんだから大丈夫だろ」
「万が一転移されたらどうするのですか……。まあおかげで報告書を書かなくて済むので強くは言えませんが」
「そうだぞ、感謝してくれ。あとお前は過保護過ぎ」
「そんなことはありません。ワルシャの体に傷でも付いたら一大事ではないですか」
「それが過保護だっつてんだよ……」
わかっていませんね、とでも言いたげなリーズレット様に今度はヤヅキ様が呆れた目を向ける番だった。