第3話 勇者と力
「タケル、一撃目が勝負だ」
「相手の棍の一撃くらっちまったら、今の俺らじゃアウトだ」
「相手が身構える前に先に仕掛けよう」
近くにあった物陰へひとまず身を潜めユウがボソボソと指示をくれる。
「分かった」
俺は、ユウの指示に頷く。
「よし、行くぞ!」
意を決して駆け出す。
まず、ユウが先に魔物へ突っ込む。
「りゃあああ!」
突然現れた敵に、動揺する魔物。
槍での渾身の一撃。
グオオオ!
足をなぐように斬られた魔物は怯んだ。
「タケル、今だ!」
ユウの合図とともに、俺は、短剣を構え、魔物へと走る。
自分より大きい相手と戦う時は隙をついて懐へ。
父さんの教えだ。
普段相手にしている連中くらいなら、躊躇なくいけるだろうが、相手が相手だ。
それでも、湧きあがる恐怖を抑え、動揺する魔物へと走る。
懐へともぐりこみ、短剣で右側腹部を力の限り、斬りつける。
魔物は更に苦痛の雄叫びをあげる。
攻撃が効いてるのか!?
それなら!
「もう一撃!」
更にもう一度、攻撃をしかける。
「タケル!離れろ!」
ユウの言葉に、ハッとする。
魔物の赤い目がこちらを睨みつけていた。
さっきまで、苦しそうだったはずなのに。
「効いてない…のか…」
「こっちみやがれ!クソ野郎が!」
ユウが魔物へ対し、渾身の突きを繰り出す。
しかし、棍でいとも簡単に、なぎ払われ、ユウは壁へと吹っ飛ばされた。
そして、そのまま棍を力任せに振り下ろしてくる。
『痛恨の一撃』
頭が叩き潰されそうになっているにも関わらず、冷静に客観的に見ている自分がいた。
父さん、サクラ、皆。
俺、もう駄目だ…。
「行って!『かまいたち』!」
ドゴン!
嫌な音が、響き渡る。
だが、頭にくるはずであった衝撃はいつまでもこない。
「あれ、生きてる…?」
恐る恐る眼を開けると、魔物の頭が地面へと落ちていた。
そして、頭を切り離された胴体は棍棒を振り上げたまま背中から倒れた。
「タケル様!!」
背後の声に振り返ると、美しい装飾が施された杖を持った、トモエさんがこちらへかけてきていた。
「ご無事ですか!おケガはありませんか?」
はっと我に帰る。
「俺は大丈夫です」
「それより、ユウが!」
それなら、と
トモエさんに促され、
ユウが吹き飛ばされた方をみると、ミサキさんともう一人の兵士に抱えられて、こちらに手を振っていた。
「姫ちゃん、助かったわー」
すぐにミサキさんに睨まれ、
「トモエ様と言いなさい!」
とゲンコツを食らっていた。
「良かった、ユウも無事だ。」
「タケル様、申し訳ありません。」
トモエさんが深々と頭を下げる。
「この神殿へ魔物の侵入を許したばかりか、命を危機にさらしてしまって…」
「本当になんとお詫びすれば…」
トモエさんの頬から涙が、床へとぽたぽたと落ちる。
「トモエさん、顔をあげてください。」
「トモエさんの所為ではありませんし、ほら、こうして無事だったわけですし」
「だから…気にしないでください!」
慰めになっているんだろうか。
自分のボキャブラリーのなさがほとほと嫌になってくる。
もっと、ましな言い方があったんじゃないか…。
「ふふっ」
トモエさんをみると、涙を拭って微笑んでいた。
「優しいのですね、タケル様は…」
兎にも角にも、ひとまず、俺の初戦闘は勝利で終えられたらしい。
生きていればなんとやらだ。
「トモエ様、神殿内に侵入していた全ての魔物の排除完了いたしました」
「死者はいません」
「しかし、何名か負傷者がでているようです」
ミサキさんが防人衆から報告をうけ、トモエさんに伝える。
「ご苦労様でした」
「ではまず、交戦した防人衆達の手当を最優先でお願いします」
「それ以外の防人衆たちは、避難していた民の誘導およびケガ人の手当てを」
「それから、文官の皆さんには、夜が明け次第被害状況の確認しとりまとめるよう、周知してください」
「あとは…」
テキパキとミサキさんへ指示を伝える。
同年代の少女とは思えない手際の良さに、感服してしまった。
それと同時に、死者がいなかったことにも驚いた。
俺とユウが束になってかかっても、手も足もでなかったのに…だ。
「なっ、防人衆は強えっていったろ」
気がつくとユウが横に立っていた。
「ユウ!怪我は大丈夫なのか?」
「体が頑丈なのが取り柄なんだよ」
「でもさ、正直すまんかった」
「タケルのこと、守りきれなかった」
「あと少し、姫ちゃんの『魔法』が遅かったら俺ら2人ともあの世いきだった」
「情けねえや」
紡いて悔しがっている。
「仕方ないよ、ユウくん『心器』を持ってなかったから」
トモエさんが指示を出し終えてこちらへ歩いてきた。
「だけどさー」
ユウは納得していなさそうな表情だ。
「あの、『魔法』と『心器』って…?」
つい、疑問が先に口についてしまった。
「ああ、それはな…」
ユウが俺の質問に答えようと口を開いたそのときだった。
「『魔法』とは、精霊の力を借りて超常現象を引き起こす力」
「そして、『心器』は使用者の心によって性能や形状が変わる特別な武器のことだよ、勇者くん」
目の前に、赤い鎧と赤い兜に身を包んだ男が立っていた。
「んー、ヤマトの姫神子さまが『勇者召喚』に成功したって聞いて飛んできたけど」
「まだまだ、楽しめそうにないなあ」
人間?
いや、それより、こいつどこから…。
それに、目の前の男からかんじる、この違和感はなんだ。
「何者です!?」
トモエさんが声をあげる。
「ああ、ヤマトの姫神子 トモエ様かあ」
「君もなかなか、楽しめそうなんだよねえ」
「僕のペットのモブリンちゃんを首チョンパしてたし」
ゾッとした。
男は表情だけは、ウットリした笑みを浮かべていたが、その笑みの奥にある何かドス黒いものが見えた。
「僕のペット…」
「つまり、あの魔物 モブリンをけしかけたのはあなたなのですね。」
「そうだよ」
「まっ、ジュインからは様子見程度って命令だったから、僕が出てくる予定はなかったんだけど」
「我慢できなくなっちゃた」
一瞬のうちに、目の前に現れ俺の首を掴んだ。
「グハッ」
信じられない。
俺だって、そんなに軽い体格じゃない。
普通の高校生に比べたら、鍛えてる分、重いはずだ。
なのに…。
片手で持ち上げられてる。
首を掴んで…。
苦しい…。
「タケル!」
「タケル様!!」
「お願い!『かまいたち』!」
「手ェはなせや!」
2人が攻撃を仕掛ける。
「ピーピーうるさいよ」
2人の方に手をかざすと、次の瞬間、2人が吹っ飛び叩きつけられた。
『何もないところで』。
「くっそ…」
「くっ、これは、結界陣?」
「どおりで誰も来ないわけだ…」
「今のも…、魔法…なの…か」
「んーちがうよ、今のはただ魔力をちょっぴり解放しただけ」
「なん…」
ヤバい、苦しい、息が。
「痛みつければ、ちょっとはマシになるかなあと思ったけど…」
「もういいや」
「ジュインは殺すなって言ってたけど別にいいよね」
「じゃあね」
首を掴む力が強くなる。
意識が遠く…
ちくしょう
こんなとこで、俺は死ぬのか
いやまだ諦めるな
俺の中に勇者の力があるならば
今ここで、使えなくてどうすんだ
いつまで眠ってんだ
目覚めろよ!
俺の力!
そう強く思った瞬間に、右手に光が集まってくるのを感じた。
目の端にその光が形を成しているのが見えた。
そして、力の限りで、男の腕へそれを振りおろす。
それと同時に俺は地面に落ちた。
「ゲホっ、ゲホ…」
距離をとった鎧の男は切り落とされた自分の右腕をみて、信じられないという表情を浮かべていた。
「なるほど、それが君の力ってわけか」
「まさか僕の腕落とすとはね」
俺は右手を見た。
「これは、刀?」
綺麗な刀身をした刀を握っていたのだった。
それと同時に今までにない力が全身から湧き出てくるのを感じた。
「これなら!」
どこか確信にも似た自信を持って、駆け出す。
身体は羽根のように軽く、すぐに距離をとっていた鎧の男まで近づくことができた。
「なっ、速い!」
刀が光り輝く。
「くらえっ!これが俺の!勇者の力だ!」
それを、全身全霊をこめて振り下ろした。
その一撃は鎧を砕き、血が噴き出した。
「くっくっくっ」
「確かに勇者の力を甘くみてたよ」
「ジュインの指示どおり、撤退するとしよう」
「僕の名前は、魔人 ロキ」
「次に会うときを楽しみにしてるよ」
そういうとロキの姿が揺らぎ、消え去った。
俺はロキが消え去るのをみて、そのままその場で倒れ込んだ。