兎生
「ママ!うさぎさんこっち見た!!」
「可愛いわねぇ」
「この子飼いたい~!駄目?」
「そうねえ……パパと相談してからにしましょうか」
「パパは良いって言うかなぁ」
「貴方がちゃんとお世話するって約束したら、良いって言ってくれるかもよ?」
「ぼくちゃんとお世話するよ!!」
「んふふ、じゃあパパにお願いしてみましょうね」
いつも同じくらいの時間に食事が出てきて、いつも同じくらいの時間に部屋を掃除してもらって、好きな時に好きなだけ食べて飲んで遊ぶの。
呼んだら私のとこに来てくれる、抱きしめてくれるし撫でてくれる。
仲間が私にとても良くしてくれる。
私より少し大きな仲間がね?仲間って言うか、家族って言うのかな?
私はお姫様気分。
私もいつか貴方達みたいに大きくなりたいな。なでなでしてあげる側になるの。素敵じゃない?
だから今は貴方達の動きを見て覚える時間。いつか交代の時が来るんだってずっと思ってる。
人間はみんな独り立ち?するんでしょ?
私もいつかそんな時が来るのかな……そして今度は私が小さい子をお世話してあげるの。
なんでママは私のこと"うさぎさん"って呼ぶのかしら。私にはミルクって名前があるのに。ゆーくんはそうやって呼んでくれのに。
ゆーくんって呼んだら来てくれるけど、私が言いたいことはあんまり伝わってないみたい。私はちゃんとわかってるのになぁ。なんでだろう?みんなと同じ言葉を伝えてるつもりなのに、わかってくれない。伝わないのはなんで?
やめてって言ってもやめてくれなかったり、欲しいものをくれなかったりする。
聞こえてるのに聞こえてないの?
なんだか不思議ね。
最近ゆーくんが遊んでくれなくなった。
よく怒鳴り声も聞こえるようになったわ。
時々撫でてくれる手は相変わらず大きくて、あったかくて、優しいのだけれども、頻度が下がってるから寂しい。
呼んでも来てくれないの。私の声が聞こえてないのかな?
そう言えば最近はママが食事持ってきてくれて掃除もしてくれるわね。昔はゆーくんも一緒だったのに。
あれ、ゆーくんってのも聞かなくなったわ。ゆうすけ、だっけ。名前が変わるの?不思議ね。そういうのも覚えないとね。
じゃあ私も名前変わるのかな?何になるだろ。それはちょっと楽しみかも。
だけどやっぱり、ゆーくんが遊んでくれないのは寂しいな……。
最近はブラッシングもしてくれないの。して欲しいって言ってもママは笑ってなでなでしてくれるだけで、櫛に手は伸びないのよ。前は毎日のようにしてくれたし、そうでなくても3日に1回は絶対だったのに。
私にも独り立ちの時期がそろそろ来るってことかしら?
でも、全然身体は変わらないわ。この手じゃ小さい子のお世話できない……。ってことはまだってことよね。いつになるかなぁ。
ゆーくんが姿を見せない代わりに、最近はパバがよく構ってくれるようになった。
なんだか思ったように体が動かなくてじっとなでられてるだけだったりするけど。
それでもゆーくんのパパなんだなって感じる温かさ。嫌いじゃないわよ。
ママと一緒に食事を持ってきてくれたりするようになったの。ゆーくんは全く会いに来てくれないけど、おかげで寂しくないわ。
「最近あまり動かないのよ……」
「そろそろ年だしな……」
「まだ食欲とかはあるみたいなんだけど……あ、遊助、ミルクの面倒、見てくれない?もうそろそろお別れかもしれないし……」
「……」
あ、ゆーくんだ!
ちょこちょこと部屋から出る。やっぱり昔みたいには体動かせないわね。もどかしいわ。
「やっぱり遊助のこと好きなのね。私達じゃ出てきてくれないもの」
うん、家族のなかならゆーくんが1番好き!
ゆーくんは部屋から出た私をなでなでしてくれる。んふふ。やっぱこの手よね。
嬉しくて好きだっていっぱい言っちゃった。ちょっと恥ずかしくなる。えへへ。
ゆーくんは何も言わず、しばらくなでなでしてから、私に小松菜をくれた。やった~!
手渡ししてくれたからそのまま食べる。
美味しいなぁ。
そしてもう一撫でしてゆーくんはどっか行っちゃった。
今日は終わり?ちょっと残念。また来てね。
ママとパパも私のこと少し撫でてからどこかに行った。
また私1人になる。部屋に戻ろっと。
1人だけど寂しくないわ。ゆーくんがなでなでしてくれたもの。
んー……なんだか眠くなって来ちゃった……。
それから毎日ではないけれど、ゆーくんがまた顔を見せてくれるようになった。
なでなでが嬉しくて部屋から出るの。
だけど最近は移動がちょっと大変。ゆっくりしてるとゆーくんが部屋にいる私に手を伸ばしてくれる。顔だけちょっと部屋から出して、なでなでしてもらう。
水飲み場も近くにしてもらったわ。勿論食事置き場も。
最近みんな優しいの。昔に戻ったみたいでとても嬉しい。
今日も人参は美味しいわ。だけどちょっと、食べるのに時間がかかるようになっちゃった。最近は小松菜の方が嬉しいな。
なんでだろ?1日のうちに寝てる時間は増えたし、食べれる量も動ける距離も減ってしまった。
ほら、考え事してると眠くなる……。
ある時、初めてあった時のゆーくんと同じくらいの背丈の子が私の部屋を訪れたの。
「うさぎさんだ!!可愛いね!お兄さんが飼ってるの?」
なにか紙をの束を持って、そこに書かれたものを指さして、「同じだね」って言ってるの。
そこで、やっと気づいたのよ。
私って、人じゃなかったのね。
ずっとみんなと同じ人間だと思ってたわ。体の形も違うのにね。ちっともみんなの形に近づかないし、もっと早くに気づくべきだったのよね。可笑しい話。
私はうさぎって動物だったの。みんなと同じようにはなれないのね……。
「えへへ。可愛いね」
その男の子がなでなでしてくれる。
この子はどこの子だろ?ゆーくんにちょっとだけ似てる。
撫でられて悪い気はしないからそのまま撫でてもらう。
小松菜もくれたわ。わかってるじゃない。ありがとう。
しばらく部屋の側でお話したあと、その男の子はどっかに言ってしまった。
「親戚の子なんだ。ミルクに会いたいって言ったから」
ゆーくんが教えてくれたわ。知りたいって言ってないけど、伝わったのかしら?不思議ね。
それから時々、その男の子も遊びに来るようになったわ。
名前はこうきって言うらしいわよ。
こーくんって私は呼んでるんだけど(ゆーくんがそう呼んでたことがあったからね)。
まだ小さい手でいっぱい撫でてくれるの。
なんだか小さい頃のゆーくんを思いだすわ。もう懐かしいわね……。
これが年ってやつなのかしら。
体は動かないし、眠いし、食欲もない……。
ゆーくんが膝に乗せてなでなでしてくれる。とても嬉しい……。
なんだか、眠くなってきたわ。おやすみ、ゆーくん……。
「……あれ」
ミルクの動きが止まった。
……呼吸してない。
「かぁさん、ミルクが」
「あら……。もうお年だったものね……彼女は幸せだったかしら……?」
自然と涙が零れた。ミルクに落ちる。
「もうちょっと、構ってやれば良かったな」
反抗期でミルクからも遠ざかってた。母親がミルクの世話をしていたからいいだろ、とも思ってた。
……最期が俺の腕の中で、良かったのかな……?
でも苦しそうな顔は見せてない。
辛そうな素振りもなかった。
「ありがとうな」
君に会えてよかった。
私はどうやら死んでしまったみたいね。
でも、貴方のことは忘れないわ。後悔も未練もない。次はそうね、人間に産まれたいな。
大好きなゆーくん。今までありがとう。
素敵な兎生だったわ!