令嬢姉妹の妹ですけれど、お姉様は性根が腐り遊ばせなさってると思うの。
紅茶の香りが漂う洋館の大ホール。
高いヒールが絨毯にコツコツと音を立てています。
こんな上品な会場だというのに。
「あら、アリエッタ? 立食パーティの残飯を持ち帰ろうというの? 胸が奇妙な形に膨らんでいるわ。パンでも詰め込んだのかしら?」
姉のジュリは細い眉を釣り上げて、意地悪な笑みを浮かべています。
客観的に見れば、姉は美人です。
でも、その性格は外見を裏返しにしたかのようにまっ黒なのです。
もう一筋の光も見えないくらいの暗黒。
きっとイカのお腹の中だって、もう少し明るい色です。
姉はきっと私と比較することで、自分の価値を高く評価したいのでしょう。
うぬぼれに聞こえるかもしれませんが、私も相当な美人です。
イケメン貴族を父に持ち、顔が唯一の取り柄と自称する美女を母に持ちます。
そんなわけで、姉も私も並の美女とは比べものにならないくらい美しいと評判なのです。
私達姉妹が揃ってパーティに出席したとき、天使が現れたと勘違いした老侯爵が、私達に十字を切ったりもしました。
それを喧嘩上等と勘違いした姉は、老侯爵の頭をあやうくヒールで踏むところでしたけれど……。
ちょっと話が逸れてしまったわ。
とにかく姉は美しさを持てあましているのです。
姉が唯一満足できるのは、同等の美しさを持つ妹をコテンパンに貶したときだけ。
なんて醜い心の持ち主なの?
話してて悲しくなってくるわ。
けれど、これが私の姉。
女神のような美しい顔と、排水溝に溜まったカビのように汚い心を持つ私の姉。
「お姉様、これは私のナチュラルな胸の形です。残飯など詰めていません」
「アリエッタ、あなたの胸の話題なんて、パーティの場に相応しくないと思うわ? 一晩だけの相手を探しているのかしら? もう少し品のある女性になって欲しいものだわ」
えっ、どうして私が自分の胸の話したみたいになってるの?
「お姉様が妹にあらぬ疑いをかけてきたのが始まりではありませんか?」
「あらぬ疑いとは?」
「ですから、私がパーティの残飯を胸に詰めて持ち帰ろうとしていたという……」
「まぁ! アリエッタ! あなたパーティの残飯を胸に詰めて持ち帰ろうとしたの?」
えっ、なんで初めて聞いたみたいなリアクションを遊ばせなさってるの?
お姉様が言い始めたのでしょう?
パーティ会場の視線が集まってるわ。
高貴な方々の、好奇な視線が……。
「お姉様、この話題はもうやめましょう。お互いに得しないと思うわ」
「ええ、そうね。アリエッタが金品欲しさに老侯爵と熱い一夜を過ごした話は、もうやめましょう」
「そんな話はしていなかったと思いますけれど」
どうして次から次へと、存在しないほころびを見つけられるのかしら。
せっかくパーティへ綺麗なドレスを着てきたのに、裸にされた気分だわ。
ちょっと休憩が必要です。
「お姉様、私はちょっとお手洗いへ行ってきます」
「アリエッタ、そんなに自分を責めないで? いくらあなたが下品だからといって、パーティのご馳走をトイレで食すことはないわ? 作ってくれたシェフにも失礼でしょう」
どうしてそんな発想が出てくるの?
私トイレ行くって言ったとき、お皿を置いたわ。
いえ、普通お皿を持っていたとしても、そんな発想しないわ。
「あの、お姉様。私はお手洗いに行ってくると言っただけです。食事をするつもりはありません。普通、トイレですることは一つしかないと思います」
「アリエッタ、あなたはトイレで両方一度に済ませるのね。普通はトイレで二つ以上のことをすると思うのだけど、あなたは一度に両方してしまうのね」
揚げ足を取られてしまったわ。
ずっとすり足で歩いていたつもりだったのに、少し足が浮いた瞬間にこれだもの。
「お姉様、その話題は下品だと思います。さきほどからお姉様の方が、話題に品がないのでは……?」
言って差し上げました。
妹からのささやかな反撃です。
さあ、お姉様。
どうなさるのかしら?
謝っていただけるのなら、寛容な妹は許してあげますけれど。
「アリエッタ、ごめんなさい。私が悪かったわ。私は姉として、あなたのためを思って言っていたつもりだったのだけれど……少々言い方に棘があると……感じさせてしまったかもしれないわ……。本当にごめんなさい。許してください」
器用に涙を流し、切ない声で謝罪する姉。
なんという演技力なの?
こんな風に姉に頭を下げさせる妹って、世間の目にどう映るのでしょう?
パーティ会場を見渡すのが怖いわ。
そして、これを計算でやっている姉はもっと怖いわ。
本当なら人に頭を下げるなんて絶対にしないのに、妹を貶める為ならそのプライドまで曲げてしまう。
どんな風に育ったらこんなひねくれた人間になれるのかしら。
悪人の英才教育でも受けてきたの?
「お姉様、顔を上げてください。アリエッタはそれほど怒ってはいません」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
一向に顔を上げない姉。
『お姉さんがあんなに謝るなんて、あの妹は一体どれだけお姉さんを責めたのだろう?』という会場の視線が痛いわ。
でも違うんです。
本当の悪者は今、頭を下げながら、心の中で床を叩いて笑ってるのです。
「お姉様、本当に顔をあげてください。私は怒っていませんから。これまでのことは全て水に流しましょう」
「アリエッタ、本当に? 私があなたに『夜遊びを控えて、勉学に励みなさい』と注意したこと、許してくれるの?」
また歴史が書き変えられました。
驚きです。
『姉はまっとうな注意をしていた』
『妹は姉に激怒して、頭を下げさせた』
『妹は夜遊びが大好き』
この三つがみなさんの記憶に追加されました。
なんということでしょう。
姉の多彩な攻撃に、妹は手も足も出ません。
姉はこの優秀な頭脳を他のことに生かせないのでしょうか?
本当なら声を大にして言いたいです。
妹は毎晩9時に寝る良い子ですよ。
「お姉様、私は勉学に励みます。夜遊びは元々していませんけれど、これからもしません。これで許していただけますか?」
「わかったわ、アリエッタ。あなたがそこまで言うのなら、私はあなたを信じます。もう二度と、家の庭で一人で裸体を晒してふしだらなことなどしないと約束してくれるのなら、姉としてとても喜ばしいわ」
妹はどうやら、過激で寂しい夜遊びをしていたようです。
お相手すらいないのですね。
なんということでしょう。
妹は驚くべきことに『老侯爵様と夜遊びしていた』という噂が恋しくなっています。
一人で家の庭でするより、お相手がいた方がましです。
老侯爵様でも召使いでも構いません。
せめてお相手がいれば、皆さんの視線がオーブンのような熱で、妹をこんがり焼くことはなかったでしょう。
「お姉様、そろそろ帰りましょう。お開きの時間のようです」
「そうね。では、私は皆さんにご挨拶してきます。アリエッタは外に出て、股を冷やしていて構いませんよ」
姉は近くにいた召使いに、グラスに入れた氷水を持ってくるように言いつけました。
なんて気が利く姉でしょう。
最後の一瞬まで妹をいびることを忘れないなんて。
「お姉様。では、お先に」
私は一人でパーティ会場を出て、外で姉を待ちました。
あんな意地悪な姉でも、私の姉です。
妹はちゃんと待ってます。
姉が馬車のお金を持っているので。
「アリエッタ、帰りましょう」
姉が私の元に寄ってきました。
お屋敷の光を背に受けて、神秘的な美しさです。
私が何も知らない男性だったら、姉に惚れてしまったことでしょう。
「アリエッタ、今日は意地悪をしすぎてしまったわ。ごめんなさい」
「お姉様」
二人きりになって、姉は始めてちゃんと謝罪してくれました。
根っから悪い人ではないのです。
二人で馬車に乗ると、姉は馬車主に聞こえる声で言いました。
「アリエッタ、さっきから馬のどこを見ているの? そんなに大きいのが好きなのかしら? はしたないわ」
同じ侯爵令嬢の姉妹なのに、どうしてこんなに違うのでしょう。
妹はいい子ですけれど、お姉様は性根が腐り遊ばせなさってると思うの。