閑話 ライバル
アイリア・ドラグ・ノートが目を覚ますと、見慣れた天井が見える。
より正確に言うのであればベッドの天蓋、幼少の頃からずっと使い続けて来たものだ。
アイリアはゆっくりと起き上がると額に痛みを感じたため、どうして痛むのか思い出した。
「キュイ!!」
アイリアは直ぐパートナーであるキュイが無事であるのかどうか、確かめようと思ったすぐ隣にキュイが小さく丸くなった状態で静かに寝息を上げている。
キュイが無事であった事を確認すると力なくまたベッドに身を沈ませる。
とりあえずパートナーが無事であった事はよかったのだが、そして最後の光景を思い出しながら余っている枕を抱きしめながらつぶやいた。
「………………負けちゃった……」
1人の男をかけた真剣勝負で負けた。
あれだけ人前で宣言して負けたことに恥ずかしさよりも、悔しさと後悔がアイリアを襲う。
もっと先にきちんと告白していれば先に恋人になれていたんじゃないだろうか、王族を辞める覚悟があれば結婚出来たんじゃないだろうか、もっと……マスターの事を分かっていればもっと一緒にいれたんじゃないだろうか。
1対1の決闘で負けたのだから大人しく引くべきなのは分かっている。でも頭の中で理解していても、心の中ではまだ吹っ切れていない。
もしかしたらもう助手と言う立場を利用して一緒に居る事すら出来ないのではないだろうか、負けたのだからもうマスターと一緒に居てはいけないのではないだろうか、もう二度と会ってはいけないのだろうか。
気分が落ち込んでいるせいか、余計に思考がよくない方向に向かっている。
そう思っているとノックをする音が聞こえた。
「…………どうぞ」
深呼吸をして落ち着かせた後、そう言うと入って来たのはルビーだった。
「こんばんわ。頭大丈夫?」
先程までの決闘なんてなかったかのように言うルビーを見て、アイリアはほっとすると同時に苛立ちも覚える。
「まるで私がバカみたいな言い方は止めて。それよりもどうしたの」
「純粋に今後の相談。アイリアはどうしたい?」
やっぱりその事かとアイリアは思う。
そして自分なりに考え、悔しいが言う。
「もう結婚してって言わないわよ。負けちゃったんだから」
「あれ、そうなの?私はまだ諦めてないと思ったんだけど」
「諦めきれてないのは本当。でも決闘で負けたのだから仕方ないでしょ」
「でもあの場で勝ったから何をする、負けたから何かをするみたいなのは私決めてなかったな~って思って。だからここで言って思うと思って」
そう言われてみると確かにそうだった。
あの場で勝ったら何をしてもらうと言うのはアイリアしか言っていない。ルビーの方は決闘を承認しただけなので、あの場では負けたらどうするのか話していなかった。
それを思い出してアイリアはどんな事を言われるのか少し恐怖する。
仮に二度と近付くなと言われたら近付けなくなってしまう。決闘で決められたことは絶対なのである。
「だから私が決闘に勝ったから、私が正妻ね。アイリアは側室ね」
「…………え?」
予想とは全く違う事を言われてアイリアは固まった。
正室とか側室とか、一体どこから出てきたと言うのだろうか?
「あれ?王族って普通に側室とかあるよね?分かるよね?」
「言葉の意味は分かるけど、そうじゃなくて私が側室?マスターは1人とだけ結婚するんじゃないの?」
「うん、マスターは今もそう言ってる。自分にはそんな度胸も甲斐性もないからって。でも私は構わないよ、アイリアなら一緒にマスターの妻になっても」
「で!でもマスターは承認していないんでしょ!それじゃ結局無駄なんじゃ……」
そんな事をマスターが承認するとは思えない。
ずっと不誠実だからと言って避けていた事をマスターが頷くとはとても思えない。
「そこはほら、ごり押しで」
「今までも結構ごり押しだったと思うんだけど……押しかけで助手になったぐらいだし」
「でもまだまだ隙はあるよ。マスターはアイリアと一緒に居ること自体は嫌がっていないし、今回の件で王族にはならないのは確定しているも当然だから。だからどっちかを選ぶしかないよ」
「どっちか……」
「王族を辞めてマスターとずっと一緒に居るか、王族を辞めないでマスターを諦めるか」
その様に聞かれると正直に言うとアイリアは悩む。
幼少より国のために働く事が王族の義務だと教えられてきたのだから、今更それを投げ出す事などしたくはない。それに結婚に関してもとても譲歩されているのはよく分かっている。
国王からは最初で最後の我儘だと認識されているし、親として幸せになってもらいたい感情もあるのだから、嫌々他国の王と婚姻を結ぶばせていないだけでもその愛情は察する事が出来た。
ルビーはアイリアの返答を待ち続ける。
世間話でもしているかのような自然な雰囲気で待っている。
そしてアイリアは決めた。
「ものすんごい事言っても大丈夫かな。ルビー」
「どっちを選ぶの?」
「どっちも選ばない。もっと良い道を行く」
「へ~。それってどんな?」
ルビーはその返答を待っていたかのようにワクワクとした気持ちでアイリアに聞く。
「マスターとは一緒に居れる様にする。でも王族としての役割も決して辞めない」
「それってどうやるの?」
「ルビーが側室として認めてくれるからこそできる作戦ならあるそれは――」
「――ぷっ。あははは!!それ本気!?それでいいの?」
ルビーはあまりにも思い切った作戦とも呼べない提案に大笑いをする。
しかしアイリアは真剣な表情のまま言う。
「これが最初で最後の我儘なんだから突き通すよ。絶対に諦めない」
「あーお腹痛い。でもその方がアイリアらしくて私は好き。もしどちらかだけを選んだら、その時は本気でも見込み違いだったって思っちゃうところだった」
「それだけ好きって事。決闘には負けちゃったけど、マスターが好きって思う事だけは負ける気ないよ」
「それは私も負けない」
そう言って2人は笑い合った。
それはどこにでもいる女性同士の友情の光景である。




