報告書作り
こうして新月熊の生態について報告書を製作する許可を持ったが、それでもこの長老の目の前で書く事が条件となった。
理由はいくら文化があるとは言え、長老は人間の文字と言うものを知らないからだ。
実際長老が人間の言葉を覚えたのは仙人にまで上り詰めた後、他の仙人達の協力があって覚える事が出来たと語っている。
そこから更に人間の文字が読める様になっているのはほんのわずか、ほとんどの仙人は文字など必要ないと言っているらしい。
理由は仙人にまで上り詰めた個体は長命となり、そう簡単に寿命が尽きる事はないからだそうだ。
俺が感じた精霊に近いっと言うのは間違いではないらしく、自身を精霊に近付ける事により長命でさらに高い知識を得る事が可能になったという。
だからこそこの新月熊の長老はこの隠れ里を造り上げ、自給自足できる環境を整えたのだ。
「ちなみに長老の事を書いてもよろしいでしょうか?私は仙人にまで上り詰めた事を報告するのはこの土地を支配している気でいる皇帝には効果的と考えています」
「そうなのか?」
「はい。この地の皇帝は仙人や麒麟を徳の高い存在と信じております。なので仙人の居る地と聞けばむやみに手を出す事はないでしょう」
「ならば許可する」
「ありがとうございます」
1つ1つ書いていい事と書いてはいけない事を確認する。
例えばここで育てている果物、1部仙人しか取り扱ってはいけないという仙桃やそれに近い物があるらしい。それに関しては書く事を許されず、代わりにこの山にも生えている普通の木の実なら書いても構わないと許可をもらった。
他に食べているのはカブトムシの幼虫のような虫、この秋ごろになれば川に流れている魚、食べれるキノコなどだそうだ。
それから冬場は冬眠するが冬の半分は起きている事もあるらしい。
里から下りる事は許可していないが、里の中では子熊が遊ぶときもあるそうだ。
冬場は集めた食糧を皆で少しずつ食べるのであまり贅沢はできないという。
代わりに春になれば新芽を食べに行ったりするそうだ。
そして書いてはいけない事の1つにこの里の正確な頭数。
これは俺も書きたくはない。明確の数が分かれば、勝てると思った連中がこの里に向かって進行するかもしれないからだ。
もしそうなった場合はありとあらゆる手を使って止めないといけない。
止まらなかった場合は人間だけを殺す。俺に出来るのはそこまでだ。
「これで報告書は完成ですが……読める方はもう来ましたか?」
「もうすぐ来る。しばし待って欲しい」
そして最終確認として字が読める仙人を呼んでいるらしいので、その人に確認してもらって終わりだ。
少しルビーと共に待つ。
その人は秘境と呼ばれる場所に住んでいるそうなので少し時間がかかるらしい。
俺はこの里の果物を少しもらいながら待つ。ルビーは弁当とデザートにドラゴンフルーツを食べていた。
「随分警戒心が強いね」
「そりゃ人間の恐ろしさを知っているからだろうさ。おそらくこの報告書を出す時だって後から別な物を書いて渡さないか確認するだろう」
「む。マスターはそんな事しないのに」
「ついさっき会ったばかりの人間に警戒するなと言う方が難しい話だ。それに俺の方も準備足りなかったし」
「準備?」
「俺はてっきり今まで調べてきた魔物の様にここまでの文化を持った魔物だとは思ってなかったんだよ。今まで調べてきたのは獣に近い魔物達ばかり、正直こうして報告書を指示されながら書くのも初めてだよ。こう言う確認は原住民相手になら何度かしてきたけどな」
「ふ~ん。新月熊って意外と凄いんだね」
「俺達人間にとって最大の天敵は彼らの様な知恵も力もある魔物達。これは人類が生き残るための行為であり、無駄な争いを避けるためのものだとも思ってる」
「避けられなかったら?」
「……人間側に非があるのであれば俺も止めに行く。魔物側がただの気まぐれで来たら……止まるよう説得するしかない」
「戦いになったら?」
「尻尾撒いて逃げる。後は国の軍に任せるしかないさ」
所詮俺は戦いを避けるところまでしか出来ない。
それ以上は、起こらない様に頑張るとしか言いようがない。
そんな事を思いながら待つと、何か知らない強い気配がやって来た。
やって来たのは猿の仙人だと思われる。小学生ぐらいの身長で棒を片手に現れた。
ルビーは最大の警戒心を放っている所を見る限り、敵対してはいけない仙人の様だ。
新月熊の長老も丁重にもてなす。
「よくぞいらっしゃった。感謝します」
「キキ、構わん構わん。にしても面白そうな人間がおるな。この者がか」
「左様です。この者が我々に関する報告書なる物を書きたいと申してきた者であります」
「そかそか。して人間、そちの名は」
「マスターっと思うします」
「ではマスターよ。そちが書いた紙を寄越せ」
俺は言われるがままに報告書を書いた紙を渡す。
猿の仙人はその報告書に目を通し、新月熊の長老に細かく確認している。
そしてすべての確認が終わったのか、猿の仙人は俺に報告書を返してくれた。
「問題ないそうじゃ。してそちはこれをどの国に渡すつもりじゃ?」
「ドラグ・ノートです」
「……ふむ。そこがそちの故郷の様じゃが、まぁええじゃろ。あそこの王と王妃は魔物に対して理解があると聞く。しかし術はかけさせてもらうぞ」
そう言って俺の報告書に何かの術をかけた。
それにより報告書は丸められたが……何の術だ?
「その報告書の文字を書き換える事のできない術をかけた。この封を開ける事が出来るのはドラグ・ノートのみ。それ以外では開く事すら出来ぬようにした。きちんと王に持っていけ」
「分かりました」
「それから伝言を頼む」
「伝言ですか?」
一体何だろうと思っていると、猿の仙人はお守りを見せた。
俺は慌てて懐を探したが当然お守りはない。俺がエルノからもらったお守りは猿の仙人が持っている。
お守りの匂いを嗅ぎながら猿の仙人は言う。
「この袋の中に入っている髭の小僧に伝言を頼む。たまには里に帰って来いとな」
そう言って猿の仙人から直接お守りを手渡しで返された。
これが仙人の中でも上位に入るであろう魔物の実力か。人間には決して到達する事の出来ない場所を見せつけられたように感じる。
「ではな。今のはただのお願いじゃから忘れてもええよ」
そう言って猿の仙人は霞みの様に消えてどこかに行った。
ただ者ではないらしいので絶対にあれとの戦いを避けなければならない。
あんな化物に襲われれば、簡単に国は亡ぶ。
それだけは避けなければならない。
「それでは母熊の状態を見てから失礼します。容体に変化ないか確認するためにも、しばらく通わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「それはならぬ。貴様の後を追って他の人間が現れるやもしれん」
そう言われると正直困る。
でもドラバカとかに何の連絡もなしにここに留まる訳にもいかない。
そうなるとルビーに頼むしかないか。
「ルビー、俺はここに残るからドラバカ達には俺は無事だと伝えといてくれ」
「分かった。それじゃ先に帰ってるね」
「ああ。よろしく頼む」
そうしてルビーはドラゴンの姿に戻って飛んで行った。
その様子を見てから長老は言う。
「では我が家に泊まっていきなさい」
「ありがとうございます」
こうして貴重な新月熊の棲み処で一泊過ごせる経験を得たのだった。
意外と枯葉のベッドって温かいのな。




