新月熊の里
人間が素手で他の動物に勝てないとしても、運ぶぐらいの事は出来る。
周りの俺の仲間ではない人間達は、この身体強化1つで魔物相手でも勝てると勘違いしてるがそんな事出来るはずがない。
確かに俺は無鉄砲で喧嘩している魔物を相手に止めに入る事はあるが、出来るのは所詮止めるところまで。それ以上の行為、つまり倒すとか、もっと物騒に言うのであれば殺すとか、そんな事が出るはずがない。
どれだけ神様からチートスキルを手に入れた。っと言っても所詮俺は戦うために転生した訳ではない。
戦いを感じたければスポーツでもすればいい。
無双がしたければゲームのキャラを使えばいい。
そんな妄想を俺は現実にしたくない。
だからこそ俺はやってみたかった事。
魔物や生物を相手に調べたり、友情を築いてみたりとしたかっただけだ。
そして誰かを殺す力より、誰かを癒す力の方が摩擦を生む事はあまりないだろう。
俺は母熊を背負ってひたすら山を登る。
そこはこれ以上準備なしに上ったら危険ではないかと思っていた山の山頂付近だ。
場所的にはおよそ7合目辺り、ここいらから霧が発生して視界が不良になってしまうので後回しにしていた。
雄熊は霧の中を悠々と進む。
子熊達は母熊を心配してか俺の周りで母熊を心配そうに見ながら歩く。
「ねぇマスター。この母熊は大丈夫なんだよね?」
「一応動物に対しての医学はあるが、所詮応急処置止まりのスキル任せだ。弾があった所から細菌が入ったり、取り除いた後に膿が出来ないように気を付けてはいる。でも絶対なんて言葉は意外とどこにもないんだよ。100%なんて所詮机上の空論だ」
「それじゃこの母熊が大丈夫かどうか分かんないの?」
「しばらくは様子を見るしかない。できれは2~3日はスキルやら何やらを使って確認しておきたいところだ」
助けたつもりになって、後から死んだとなってはあまりにも責任がなさ過ぎる。
ならばちゃんと治ったと言えるようになるまでは責任を持たなくてはならない。それが助けた側の責任だと思う。
そんな話をしながら進むと、霧が晴れてきた。
そしてそこにあるのは果樹園とでも言うべきだろうか?どの木々も森の中にあった果物が生る木ではあるが、どう見てもこれは誰かが手を加えている。
品種改良だとかそういうものは分からないが、それでも果物が生る様に手入れをされている。
もし仮にだ、この木々の管理を新月熊達が行っているとすれば、これはもう上位の魔物と確定していいのではないだろうか。
魔物にも人間が決めたランクと言うものが存在する。
戦闘力、繁殖能力、知力など様々な面から見て結論を出すのだが、Aランクの基準はとても簡単だ。
どれだけ人間に近い生活を行っているか、だ。
人間に近い生活とは、文化を持っているかどうかが特に大きい。
文化と言うととても難しそうに感じられるが極論を言ってしまえば道具を作って使ったり、自ら食料を生産したり、住処をただ洞穴に住むとかではなく明確に作っている所だ。
例として挙げられるのがルビーの様なドラゴン達。
人語を理解して話し、住処だって洞穴とかではなく家を作る。さらにほかの魔物達と共存して限りなく国家に近い大規模な群れを形成するのだから、人間からすれば恐ろしい事この上ない。
だからそんな彼らを恐れてドラゴンに手を出す者はとても少ない。
下手をすれば国家間の戦争に近い状況を生み出してしまうからだ。
しかも相手は人間よりも優れている種族で魔物。武力でも知力でも勝てないのであれば怒りに触れないように過ごさざる負えない。
恐らくあの村の人間達はこの事を全く知らなかっただろう。
食べられる果物を栽培しているというだけでAランクは確実、その群れなのだから勝てるはずがない。
俺は果樹園を見ながら歩く。
果樹園は一本道なのだがそのせいか俺は特に目立っている。
木の管理をしている新月熊なのか、俺を見かけてじっと見る。
俺が母熊を背負っているから攻撃を加えないだけだろう。仲間思いが強いかも知れない。
もしくはすぐ隣に居るルビーがドラゴンだと気付いているのかも知れない。
なんにせよ、こうして注目を集めるのは苦手だ。
果樹園を抜ける所で父熊が雄たけびを上げた。
俺がこの場所に来た事を伝えたのだろうか。全く分からない俺はとにかく父親熊の後を歩く。
果樹園を抜けた先は住居と思われる。
自分達で掘ったのか周りには洞穴だらけだ。
おそらく彼らにとって住み心地のいい家を作っているのだろう。知能の高い魔物と言ってもこういう点では野生動物と変わらない生態をしている事が多いのも特徴だ。
その洞穴の1つに父熊が入っていくので俺もその家にお邪魔する。
洞穴の中は気温が一定なのか、とても過ごしやすい。暑すぎず寒すぎない、ここでなら冬眠も便利に行なう事が出来そうだ。
それによく見るといたるところに爪跡がある。
やはりと言うか、この洞穴は自分達で掘って作ったのだろう。
洞穴の中は真ん中に大きな空間があり、そして4つの通路がある。
もしかして個室も作ったのか?それならこの洞穴は立派な住居と言える。
そんな個室の1つに俺は父熊に入れと吠えられた。
中には枯葉が敷き詰められており、果物を作っていた木の葉を乾燥させたものなのか香りも悪くない。
そんな彼はのベッドに母熊を寝かせる。
するは子熊達は直ぐに母熊を心配そうに近寄って舐める。母熊も心配ないと言いたいのか、子供達を安心させる様に舐め返す。
俺は母熊の前に俺の弁当を置いて言う。
「これ食って体力を付けろ。元気なりたかったら食う事だ」
いつもの高カロリー高たんぱく弁当だ。量は少ないだろうが少しでも食って体力を回復させるのが母熊の仕事だ。
母熊は俺の弁当に匂いを嗅いで確認し、少しずつ舌ですくって食べ始めた。
あまりこう言う事はしない方がいいが今回だけは見逃してもらおう。
母熊を横にしてから父熊が再び吠える。
外に向かっていくのだから俺も外に出るのがいいだろう。
そこでちょっと確認。
「ルビーはどうする?ここで弁当食ってくか?」
「私はマスターの護衛でもあるんだから隣にいるよ」
「そうか。助かる」
そろそろ昼の時間だがもうちょっとだけ待ってくれ。
俺達は父熊の後を追って家から出ると、とても多くの新月熊が取り囲んでいた。
どの新月熊も体格がいいからおそらく戦える新月熊達なのだろう。
つまり俺はまだまだ信用されていないという事。当然ではあるがいざって時は大変だな。
それでも俺達は父親熊の後を追って歩くしかない。
それ以外の選択肢をした場合、襲われるのは目に見えている。
そんな新月熊の戦士達に取り囲まれながら、最も大きな入口の洞穴に進む。
この巨大な新月熊達が5頭並んで進めるのだからとても広い。
おそらくこの奥に居るのはこの新月熊の群れのボスだろう。奥から妙な気配がする。
俺が知っている中で似た気配は麒麟さんの気配。大自然の加護を受けているような気配、精霊にとても近いが確かに生物である気配っとでも言えばいいだろうか。
おそらくこの新月熊達の中で最も大きいのではないだろうかと、この家の大きさから予想する。
進んだ先に、人間とそう変わらない誰かが枯葉の上にあぐらをかいていた。
その誰かから麒麟さんと似た気配がする。
意外と小さいが、間違いない。この人が新月熊のボスだ。
俺達はそのボスの前まで通され、座るように仕草をする。
俺とルビーは座ると新月熊のボスは人語を発した。
「ようこそ客人。我が群れを助けていただき感謝する。我は熊の魔物より仙人に至った者なり」
俺は様々な意味で驚いた。
単純に人語を発した事もだし、その姿は限りなく人間に近かったからだ。
鋭い爪と、熊の耳は変わらない様だが、顔と体に関しては体格のいい人と変わらないし、何より服を着ている。
新月熊とはそこまで知能の高い魔物だったという事だろうか。
だが驚いてばかりも居られない。
挨拶をされたのであれば挨拶し返すのが礼儀だ。
俺はあぐらのまま頭を出来るだけ深く下げる。
「私は他国から参りました、魔物使いです。本日はこの里に招いて頂き感謝します」
「私は彼と契約した者、エレメンタルドラゴンのルビーと申します」
「うむ。して神龍とその使い殿は何故この山に参られた」
俺とルビーは頭を元の位置に戻してから仙人を見る。
そしてこの質問は俺が答える。
「みな様の事を確認し、知り、国に報告するためです」
「それは何故」
「私の知的好奇心です。誰も確認していない者を見てみたいと思い参上しました」
「知り、国にはどのように報告する」
「ありのままにお伝えしようと思います」
そう言うと仙人は俺の事をじっと見ながら確かめる様に言う。
「我々は先日、人間を殺した。それについてはどう報告する」
「それに関しては報告するつもりはありません。私が見た時には既に村はなかった。っと報告します」
「それは虚偽を国に伝えると」
「虚偽などではございません。我々が知った時は既に村は壊滅していた。これに対して報告と言っても私は検証する方法が我々にはありません。あくまでも私は死体を調べに来たのではなく、新月熊と人間が言ってる者達を調べに来たのですから」
つまり村は滅んでいたけど何が原因か分かりませんと言うつもりだ。
まぁ原因は分かってるけど新月熊の生活を脅かす様な真似はしたくない。
村の連中には悪いが俺は黙っているつもりだ。先に手を出したのは村側なのだから。
「……分かった。では国にはどのように報告するつもりだ」
「主に食べている物、どのような生活をしているか、どのような生態系をしているかなどを報告させていただきます。都合の悪い点はお話しください。それらは報告いたしませんので」
「出来るのか?貴殿は国の者ではないのか?」
「私はどこにも所属していません。ですのである程度の融通は効くのですよ」
フリーゆえの強みと言う奴だ。
俺の行動に関しては問題が多いと言われるが、俺の書いたレポートに関しては結構大きな価値がある。
でなければドラバカの父親が渋々とは言えつるむ事を許さない。
過程なんてどうでもいい、結果がよければ大抵の連中黙らせる事が出来る。
「それによりこの里に入ろうとする者はどれほど増える」
「それは……申し訳ありませんが分かりません。おそらく発表した後に関しては多くの物が来ると予想できます。興味が無くなるのはいつごろかと聞かれると……分かりません」
「それにより我々の食糧が減る事は」
「ありません。食料ではなくあなた方を狙って来る者は存在すると予想できます。人間はどの生物より傲慢ですから」
これだけは確信を持って言える。
元の世界でも人間はどこまでも傲慢で強欲、それは俺にも言える事だが、本当に力のある傲慢で強欲な者は加減を知らない。
人間は様々な生物達の居場所を銃や罠で殺し尽くしていった。環境の変化や進化ではなく人間の手によって絶滅していった生物が一体どれだけいた事だろう。
そしてそれは元の世界でも現在進行形で進んでいる。
食い物を買う金がないから殺す、新しい施設を作るから森を切り倒す、工業廃水を捨てる場所がないからそのまま流す。
そしてその自然環境が壊れたらまた直せばいいと簡単に言う。
これを傲慢と呼ばずに何と呼ぶのか俺は知らない。
「これだけはお約束します。仮に人間があなた方を殺す様な事、そして土地を奪う様な事があった場合は全力で人間狩りにご協力します。ですのでその第一歩として報告書を書かせてください。お願いします」
「………………ではなぜ報告する。争いの種になりそうな事をしながら何故そのような事が言える」
「人間に対抗するには人間しかないからです。暴走したのが人間であるのであれば、それを止めるのも人間。仮にそうならなかった場合どちらかが滅ぶまで戦いは続くでしょう。そうならないために報告し、先手を打たなければならないのです。ご理解いただけると大変助かります」
本当に人間と言うものはよく分からない。
自然への配慮が全くない者が居れば、自然への配慮が出来た者も居る。
人間とは絶対に同じ過程、結果を作る事はできない。
だと言うのに最大の欲望を持ち、世界の形すら簡単に変えられそうな技術すら持つ事がある。
俺は人間だけれど、それらを理解できたと胸を張って言う事は一生できそうにない。
「……分かった。では報告する事を許す。しかし我々にとって都合の悪い事は書かせん。それでよいか」
「ありがとうございます」
こうして俺は新月熊から直接報告書を書く事を許されたのだった。




