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探索開始

 川の近くに拠点を張った次の日、新月熊捜索の初日である。

 今日共に行動するのはマダス。熾烈なじゃんけん対決でマダスは勝利をつかみ取った。

 負けたドラバカは悔しがり、残っている野良猫は寂しそうにドアの隙間からそっとマダスの勝利を見ていた。


 と言っても今は何の手掛かりもない初日である。

 山の中を捜索すると言っても手掛かりはほとんどない。

 本当はあの村でそう言った情報も入手出来れば幸いだったのだが、よそ者を嫌っているのか、はたまた新月熊に対して何か強い感情があるのか、正直分からないが入手できなかったものは仕方がない。

 今現在ある情報だけで捜索するだけだ。

 現在知られている新月熊の情報は黒毛であり、満月熊とよく似ていると言う事。よく見られる時期は秋で丁度冬眠する前の時期のみ。と言うか冬眠するかどうかもよく分かっていない。


 時々起こる熊の巣穴問題。

 冬に入る前にねぐらを作り冬眠して冬を越すのが一般的だが、時々ねぐらとなる木のうろ、もしくはちょうどいい穴が見つからない場合があるのだ。

 身体の大きさと穴の大きさが合わなかったり、大きさは合っていても冬を越す事が出来ない穴だったりと様々な理由で冬眠できない熊が存在する。


 その熊の事を“穴持たず”と言われる。


 様々な理由で冬眠できなかった熊の総称と言ってもいいかもしれない。

 問題は冬眠できなかった熊達の食糧だ。

 冬眠できなかったと言う事は代謝は当然今まで通り行われる。しかし冬の間は木の実も落ちてエサがない。冬眠しない動物を襲って食べるとしても、それはとても難しい事だ。

 そうなると人里に下りて残飯やどこかで死んでいた死体などを食べる事となる。

 熊に会ったら死んだふり、と言われるが実際にしたら食べられて終わりだ。


 実際前の世界で起こった冬に熊による被害はこの穴持たずが原因と言われている。

 そしてほとんどが巣穴を見付ける事が出来なかった大型の熊である事がとても多い。それにより冬場の熊を退治した存在は英雄の様に称えられている。


 と言ってもほとんどの熊は獲物を襲って食べると言う習性はあまりない。

 切っ掛けが必要である。

 例えば適当に狩りをして食べないからと言って森に放置した肉片があったとしよう。仮にその肉を熊が食べ、気に入った場合熊はその味を覚える。

 味を覚えたらその肉片からどの動物の匂いなのかを的確にかぎ分け、いつしか食べる様になるのだ。


 仮にこれが事故で転落死した人間の死体だったとしよう。

 熊は死肉であっても餌だと判断すれば食べる。仮にその味が好みだった場合人間を襲うようになる。

 その味を思い出しながら、舌なめずりをしながら、また落ちていないか探す。

 落ちておらず、その生物が活動しているのを発見して襲うようになれば、それはもう立派な脅威となる。

 もしその際人間は豊富に居る生き物で、狩るのも容易いと判断して捕食する様になれば……それは人間の天敵である。


 実際この世界では人食種と呼ばれる人類の天敵が存在する。

 それらは人間の味を覚え、人間しか食べない偏食動物達。吸血鬼などがそれにあたる。

 人を襲い、人を食うために戦うもしそうなった場合人間との共存は無理だ。

 人間は人食種を天敵として、人食種は人間を餌として見る。

 それだけの関係になる。


 そうなっていたら対策が必要となるし、そうでないのならそうならない様に最善を尽くさないといけない。

 避けられるのであれば避けたいと思う、俺の臆病な心である。


 そんな心境を持ちつつも俺とマダス、ルビーとシルフィーは新月熊の痕跡を探す。

 新月熊にだって縄張り(テリトリー)があるのは分かり切っているので、まずはそう言った物を探す。木に付いたひっかき傷、マーキング後の木、足跡など細かく調べる。

 と言っても問題は新月熊と満月熊がよく似ているという点だ。


 新月熊を初めて写真に収めた人曰く、ただの黒毛の満月熊だと思ったそうだ。

 だが写真をよく見ると黒毛だけではなく、腹の新円も微妙に違うと言う事で新月熊と言う名がつけられた。

 なので夢のない話をすると新月熊は存在せず、ただの黒毛の満月熊、と言う話が現実になる可能性だってある。

 ただ遭遇率がとても低いため真相はよく分からないと言う事。満月熊は見付けても、新月熊と思われる熊は見つかっていないのだ。何故かね。


 俺は身体強化した五感を使いながら探し、シルフィーは同じ風の精霊や森の精霊に聞いたり、風、正確に言うと遠くの音を拾って探したりとしている。

 ここでのルビーの役目はほとんど俺達の護衛になる。それからこの辺に住むドラゴン達の縄張りに入らない様にするためだ。

 縄張りに関して詳細に聞いているのはルビーだけだし、俺達に気付かない何らかの境界線に気付くだろう。

 そう言う意味合いも込めている。


「……見つからないね」

「仕方ないさルビー。相手は生きてるんだ。好きに行動するし、好きにエサを探す。こればっかりは予想して先回りするか、ひたすら追っかけるしかないからな……」

「おいマスター!これ見ろ!!」


 ヒントぐらいはないかと探していると、マダスが声を上げた。

 マダスが見つけたのは1本の木。ただの木であるのは間違いないが、問題はそれの木に付いていた毛だ。

 背中かどこかでマーキングしたのだろう。ざらついた木の表面に体毛が付着している。

 その毛をピンセットで取り、軽く匂いを嗅ぐ。


「…………犬に似た匂い。多分熊だな」

「種類まで分かるか?」

「流石にそこまでは……でもおそらく満月熊だろう。茶毛だ」


 毛を見付けただけだがこれでも大きな1歩である。

 何のヒントもない状態からようやくヒントを見つけ出したのだ、マダスはすぐさまシルフィーと確認し合いながら、地図にこの毛がくっ付いた周囲に印をつける。

 見つけたポイントはおよそ山の中腹、と言ってもかなり大きな山なので個人的には八合目ぐらい上った気分だ。

 ただでさえ寒いのに地平に比べれば酸素もほんのわずかでも薄い。

 体力の消費具合も計算しないと帰る事だって難しい。


 それに遭遇した際の対処だってある。

 まず背を向けて逃げるのは絶対ダメ。そのまま追いかけられて食われてお終い。

 目を合わせたままそっと下がる。これが正しい逃げ方。

 俺達はあくまでも生態を調査しに来ただけなので戦う様な真似はしない。

 戦う必要はないし、戦わずに逃げる。これが鉄則。


 一応ルビーと言うドラゴンが一緒に居て護衛となっているがそれは本当に最終手段だ。

 逃げる事が出来ず、戦うしかないとなった場合のみ頼る。

 まぁ諜報に長けたシルフィーが居る以上そう言う事態にはならないと思うが。


「マスターストップ。それ以上は行っちゃダメ」


 この山の七号目あたりだろうか、突然ルビーがストップをかけた。


「この先はドラゴンの縄張りなのか?」

「違うよ、でも仙人って言ってる魔物達の縄張りに入るの。そこに迷い込むと私や精霊の力を借りても帰れなくなるかも」

「ふむ……仙人に関しても興味はあるが、二兎を追う者は一兎をも得ずって奴だな。仙人の方はまたそのうち調査しに行くか」

「だな。と言うか仙人も調査する気だったのか?」

「マスターは変わらないね」


 マダスとシルフィーが呆れながら言う。

 そしてルビーは不思議そうに聞く。


「さっきの……兎を追うって何?」

「俺の知ってることわざだ。簡単に言うと1度に複数の獲物を追うと1匹も捕まえられないって意味だとさ」

「あ~なる程。欲張っちゃう時ってあるよね~」


 ルビーは経験があるのか頷いていた。

 何だか微笑ましい感じだったので俺はほっこりした。


「ちょうどいいから戻ろう。収穫はあったんだ、それにこう言うのは長期的に見ないとな」

「だが流石に本格的な冬になる前には帰らせろよ?」

「流石に俺も雪山で籠る様な事はしたくないって。自然災害はバカにできないからな」


 これが新月熊の調査が積極的に行なわれていない理由の一つでもある。

 秋にしか見かけない新月熊だが、その後には当然冬が来る。

 しかもこの辺は豪雪地帯、帰るのが遅れれば雪の中で春まで待たないといけない。

 こう言う自然の脅威も相まって中々調査が進まなかったのだ。


 こうして俺達は1度拠点に戻る事にした。

 明日は別な山で調べてみるか?

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