仕方ないから帰る
仕方なく王都に帰るのでそれなりの日数が掛かる。
具体的には4日、まず危険地域なのでそこから人間が居る地域まで徒歩で移動、そこまでで1日掛かり、そこから相乗り馬車に乗るんだが元々王都から離れた所なのでどうしても時間が掛かってしまう。
結果連絡が来てから4日後に夜に王都に到着予定だ。
ちなみにその夜は今日。順調に行けば今夜中に王都に着くはずだ。
「この移動費って国が払ってくれねぇかな?」
「流石に払ってくれるんじゃないか?向こうから呼び出されたわけだし」
「ただでさえ金のない研究者だってのに、これで払わなかったらマジで2度と国の事なんぞ知るか。フリーの研究者として生きてやる」
「おい、金はどうする」
俺がもしもの時を考えて拳を握る。
その時にマダスが俺に聞いてきた。
「どうせ魔物の尻を追っかけて生きるんだ。家とか要らないだろ?」
「要るよバカマスター!俺は金が要るんだよ!」
「ならさっさと俺の元を離れてエリートコースまっしぐらにすればよかったのに。無理に俺に合わせなくてもいいんだぞ?」
「…………お前相変わらず人の心が分かんないな」
本来であればマダスは外で魔物の尻追っかけまわすような仕事をしなくてもいいだけの知識と技術はある。
でも俺の事が心配だからの一言でその話を蹴ったのだ。
「だから言ったじゃねぇか。俺の事は気にするなって」
「お前にはとんでもないスキルがあるのは知ってる。でもな、そのスキル頼みに無茶やってるお前はもう見たくないんだよ。お陰で何度危険な事に首突っ込んできたと思ってる」
「どんだけ言われても変わんねぇよ。ガキの頃からこうだったんだから」
「だからそのストッパーとして俺がいるんだろ。他の連中はさっさと逃げちまったからな」
初めてこの世界で自我を持ったとき、つまり子供の頃から無茶ばっかりしてきた。
親から危険だからと言われているのに魔物牧場の魔物に近付いたり、学園でも間違っている治療をしていたら半殺しにして止めた。
学園の成績そのものは平凡だったが好奇心と着目点から身近に居る魔物の新しい生態や特性をレポートに纏めている内に厄介な問題児として学園に名をとどろかせた。
その中で本当にヤバい物に首を突っ込んだ際に手伝ったり止めてくれたのがマダスや数少ない友人たち、他の連中はもっと真っ当な職で給金もいいエリートコースを選んだのだが、マダスだけは俺の元に今も居る。
ありがたいと当時に申し訳なくもある。
よく無茶をする俺に文句言いながらもついて来てくれるのだから。
だから今でも正直申し訳なさの方が大きい。
一応俺だって始めは年寄り研究者の助手として働いていたがすぐに気が合わず辞め、金がない状態だったが構わず独立した。
その年よりも身近に居る魔物の研究をしているだけでどこかに居る魔物の調査に出る事はない。
フィールドワークを中心に行なっている研究者を探したが、どの人も長期の研究のために外出中、ならばいっそ独立して自分で調べる事にした。
最初は俺も助手募集をした。卒業レポートでそれなりに名は売れていたが厳しいフィールドワークと将来の不安から結局誰一人として残ってはくれなかった。
研究成果によっては大きな金をもらえるのだが……まだそこまで大きな研究成果は出ていない。元々野生の魔物を相手にした場合、長期間になるのは当たり前なのだからこればかりはどうしようもない。
「また俺の事にしてんのか。いい加減受け入れろ」
「でもこんな仕事より宮廷付き魔物使いの方が金も家も良かっただろ?普通はみんなそっちを目指すし」
「いいんだよ。魔物使いはいざ戦争の時のためでもあるからな、シルフィを危険な目に合わせるつもりはねぇ」
「…………」
あ、シルフィの顔が赤くなってる。
俺の目線に気が付いたのかマダスのポケットに潜り込んだ。相変わらずそこに隠れるのは変わらないのな。
「でも結婚はどうする?今の状態じゃティナとの結婚なんて夢のまた夢だぞ」
「………………うっせ」
顔を背けながら言った。
ついでにティナは現実的に一番好条件な宮廷付き魔物使いになってる。
親に心配かけさせたくないってさ。何て真面目な子。
「……にしても一体俺はどんな魔物を治療しに行くんだろうな。宮廷付き魔物使いがゴロゴロいるところで」
「さぁ?お前の大好きなレアな魔物じゃねぇ?」
「レアでも宮廷付きだぞ、大抵の魔物は対処できる。俺に頼むとすれば複雑なキメラ系か、はたまた凶暴過ぎる魔物か」
「どっちも嫌だな。キメラ種はまず何のキメラなのか見定める必要があるし、凶暴は凶暴で普通に面倒だ」
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。個人的には激レアな魔物が良い」
「本当にブレないなお前」
ニッと笑うと突然爆音が響き渡る。
爆音に混じって馬の鳴き声も聞こえる。
他の客も何事かと慌てふためく。
俺は止まってしまった馬車から降りて音が聞こえた方に耳を向ける。
おそらくこれは鳴き声だ。怒っている様な、痛がっている様な鳴き声。それは王都の方から聞こえてくる。
マダスも馬車から降りてきてこの鳴き声を聞く。
俺はマダスの顔を見て言う。
「これ、ドラゴンの鳴き声だよな」
「ああ、間違いねぇ。でも何でドラゴンの鳴き声が王都の方から聞こえるんだよ」
「どっかのバカがドラゴンに挑発したんじゃねぇの?あ、でもそれなら俺を呼ばないか」
「多分どっかのバカが連れて帰ってきたんじゃねぇの?大のドラゴン好きだからな、あいつ」
あ~あいつか。それならあり得る。
知り合いにドラゴンバカが居る。よく俺にぶつかってきた。
そいつの契約した魔物もドラゴンの赤ん坊だったし。
馬車の馬はドラゴンの咆哮で怯えきっていて動けそうにない。
しかし動いてもらわないと困る。
「マダス、シルフィ、頼んだ」
「分かってるよ。シルフィ」
「分かったよマダス。その代わり今度美味しいお菓子頂戴ね」
そういってシルフィは力を使う。
妖精は精霊術が使える。精霊術とはこの世の自然から力を借りて行使する物であり、悪魔や妖怪が使う力とは別種と言われている。
そして今回使用したのは風の唄だ。聞いた相手の心を落ち着かせ、混乱を鎮める効果がある。
ドラゴンの咆哮で怯えきった馬たちはようやく怯えから立ち直った。
「馬主、急いで王都まで頼む」
マダスが乗り込んで頼むと馬車は再び走り出す。
ときおり聞こえるドラゴンの鳴き声は怒りに満ち溢れている。あのバカでも流石にドラゴンを怒らせる様な事はしないはずだが何があったのかは会ってとっちめる必要がありそうだ。