やっぱり過保護
飯も全員食い終わり、再びブラッティーホーンを探して歩いているのだが……痕跡すらつかめていない。
ブラッティーホーンの周囲には大抵か弱い草食動物が居る。それはブラッティーホーンを恐れて肉食動物があまり寄ってこないからだ。
もちろんブラッティーホーンだって十分危険な存在だ。しかし草食であり、縄張りに触れなければ周囲に居る草食動物を襲う事はまずない。
家族愛、つまり群れを守る事こそが最も優先するべきものでもあるので凶暴であっても決して刺激しなければ問題が起こらないのだ。
その事を経験から学んでいるのか、他の草食動物たちは自衛のためにブラッティーホーンの周りに居る事が多い。
しかもあの大きな群れを形成していたあのブラッティーホーンの群れの周りには多種多様な草食動物が居たので痕跡ぐらいすぐ見つかると思っていたのだが……
「…………足跡どころか糞すら落ちてねぇ。マダス!そっちはどうだ!!」
「ダメだ!見付かんない!!」
全然見付からない。
確かにあの群れを発見できたのは運の要素もあっただろう、でもその跡すら見つけられないとは俺が想定していた方向とは違う所に向かって言ったんだろうか。
今は乾期であり、てっきり川に向かって移動していると思っていたのだが……当てが外れたか?それとも単にもっと早く遠くに行ってしまっただけなんだろうか。
「マスター何探してるの?」
地面をじっと見ていた俺にルビーが声を掛けてきた。
「今俺は足跡を探しているだ」
「足跡?狩りでもするの?」
「狩りではないけど魔物を探してるって所は同じかな」
「お手伝いしようか?」
「ああ、頼む」
お手伝いと言うからドラゴンの姿になって上空から探してくれるのかな、と思っていたらルビーは目を閉じて何かに集中するような素振りを見せると、ルビーの周囲に小さな光が集まってきた。
光の正体は精霊、おそらくこの草原で生まれた小さな精霊なんだろう。
その精霊たちがある程度集まった後、ルビーは俺に聞いてきた。
「どんな牛だっけ?」
「ブラッティーホーンって牛の群れだ。25頭いた」
「……う~ん、名前じゃ分かんないから特徴を教えてだって」
「そうだな……体格のいい牛で……角もデカい。それから家族愛が強くて周囲には大抵色んな草食動物が居るのが特徴かな……」
精霊相手にこの説明でいいのか分からないがこれでもいいのだろうか。
ルビーは俺の言葉をそのまま伝えているのか、真剣なまなざしで精霊たちに語り掛けている。
すると「ありがとう」とルビーが言うと精霊たちはどこかに消えてしまった。そのままルビーほ俺に教えてくれる。
「精霊たちが言うにはその牛はもう通っちゃったって。今頃は川に居るんじゃないかなって言ってた」
「ありがとなルビー。助かった」
そう言って頭を撫でると「えへへ」とくすぐったそうに笑った。
その光景は親が娘を褒めている微笑ましい光景だと自分では思うのだが……ドラバカからは厳しい視線を感じる。
これでもダメなのか?
これですらダメなら俺はどうルビーを褒めろと?
いい事をしたら褒めて、悪い事をしたら叱る。それだけの事だろ?
俺は何も間違った事はしちゃいない。そのはずだ。
実際マダスと野良猫が呆れた様にため息を付いているし、何にも間違った事はしちゃいない。
というかキュイも怯えてるぞ。
とにかく俺は藪蛇にはなりたくないのでドラバカを突く事はせずブラッティーホーンが居ると思われる川に向かって歩き続けた。
-
普段よりも遅いペースで歩いてたせいか夕方までにブラッティーホーンが居ると思われる川には到着しなかった。
いつものペースだったら夕方ギリギリには魔物の姿が見える位置までには歩けたと思うが押しかけ助手の2人のペースに合わせている内に夕方になってしまった。
「今日はここで休むか。マダス、テント張るぞ」
「分かった。それよりあの二人は大丈夫なのか?」
休むという言葉を聞いてへたり込んだ野良猫とドラバカ、本当にこの先思いやられる。
「マスター、テントって?」
「簡易的に休むための場所かな?まぁとりあえず見とけ」
俺の袋からテントの骨組みや布を取り出す。
俺は骨組みを組み立て、マダスは布を伸ばし床となる場所に敷く。
その間に俺はテントを組み立て、マダスの敷いた布に被せる様に杭を打ち付けて完成。
なんだかんだで長い事利用しているテントなのだが少々不安がある。
それは人数が増えた事だ。具体的にはルビーが居るのでこのテントだと狭くないかという事。
流石にルビーを外で寝させる訳にもいかないので女性陣のテントに期待しているんだが……ワーワー言いながら大苦戦している。
というかなんだあの形?普通の三角や丸形ではなくまるで屋敷のような形状だ。
あんな形のテント初めて見た。
「なぁマダス。あんなテント売ってたっけ?」
「見た事ないな……それにあの大きさじゃ1人寝るのがやっとのサイズだ」
という事はもう1つ立てるのか?
そう思ってしばらく傍観していたんだが……あまりにも見ていられないので手伝った。
「手伝うぞ」
「悪いわね。それにしてもこんな厄介な作りだなんて」
ドラバカが誰かに向かって愚痴っているがこのテント誰に貰ったんだろう?
それにしても複雑な形だ。普通テントは作りやすく、頑丈が売りなのに何でこんな屋敷みたいな形になってるんだ?
そう思いつつ4人でようやくテントを立てるとなんかテントが光った。
光ったので何事かと思ったら特に何も起こらない?
俺は不思議そうにテントを見ているとドラバカが膝を付いて中を確認した。
「あ~全くお姉さまったら過保護なんだから……」
「今度は何やらかした」
「これもお姉さまの魔道具なんだけどね、見れば分かるわよ」
よく分からないがテントの中に入れさせて貰った。
………………マジでかこれ?
テントの中はでっかい屋敷の様になっていた。立てたのは布製のテントのはずなのに中はレンガ造りの立派な屋敷、これで驚くなって方がどうかしてる。
「マスター広ーい」
「これはまた何とも……」
流石のマダスも絶句してる。
これって過保護ってレベル軽く超えてないか?妹のために屋敷1つ持って行かせるか普通?
「ここっていったい何部屋あるんだ?」
「確かお姉さまの話だと10部屋しかないって言ってたわね。でも5人だけだし十分でしょ」
10部屋しかって、十分過ぎるだろ。
これだから王族は庶民と感覚が違うんだ。
「マスターこっちの部屋使っていいの!?」
「元々広ければ使わせてもらおうと思ってたが……屋敷になるとはな」
どうせ姉と言っても次女が作ったんだろうな。
侍女の悪魔は空間系だったし、絶対あの次女が絡んでるって。俺が入ったら迎撃するシステムとか入ってないよな?
少し不安だし俺は外のテントで寝よっかな。
「そうだマダス。こっちには食料とか調味料も全部そろってるから何か作ってよ。キッチンとかも揃ってるし」
「キッチンもあるのか!?まぁそろそろシルフィの菓子も少なくなってきたし、一緒に作っておくか」
ドラバカの言葉にマダスが驚くがもうトイレでも風呂でも何でもあるだろこの屋敷。
野良猫はリビングだと思われる場所のソファーでぐだっとなってるし。
「それじゃ俺は外のテントで寝るぞ」
「え、なんで!マスターも一緒に居よ!!」
ルビーが猛反対と言わんがばかりに俺にしがみ付いて来る。
「安心していいよルビーちゃん。マスターはただ俺たちのテントを片付けて来るだけだから」
「本当?」
「ホントホント、なーマスター」
「……ああ」
これで頷かない訳にはいかないだろう。
意地を張る理由もないし、厄介になるか。変なギミックが付いてなければ。