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怖いも飲みたさ



「――という訳でお酒」

「うむ、待っておれ。……ほれ、これが頼まれていた酒じゃ」


 そう言ってマルレラが差し出した酒樽にはすごく見覚えがあった。特徴的な酒樽という意味ではもちろん無い。少し前に見た酒樽という意味だ。


「……マルレラ店長、これ、貴女が抱いて寝ていた酒樽に見えるけど……」

「そうじゃな」

「……つまり、貴女はこれを飲んで酔っ払って眠りこけていた」

「そうじゃな」

「……売り物のお酒を飲んだの?」


 商品に手をつけるような店員だとすれば流石にアウトだが……決め付けは良くないし、仮にその通りだとしても何か理由があるのかもしれない――そう考えるミサキの口調自体はあくまでいつも通り平坦なもの。選んだ言葉は責めるものに聞こえなくもないが本人にその気は(まだ)無く、ただの疑問として問うている。

 が、彼女の親友二人はめっちゃ疑惑の視線を向けていた。それを受けてマルレラは慌てて釈明の為に口を開く。


「あ、いや、儂は()()()手をつけた訳ではないぞ? この酒は元々儂の私物でな、あの骨爺にはそれを分けてやっておるだけに過ぎん。あくまで儂が好き放題飲んだ後の残りをあやつが言い値で買い取る、そういう取引じゃ。あやつとは酒の好みが似ておるからの」

「……そう。疑って悪かった。ごめんなさい」


 返答次第では評価を改めなくてはならない所だったが、流石にそこまでではなかった。そもそもここは鍛冶屋である、酒を取り扱っている可能性はあまり無いと言えるだろう。

 決め付けで語らなくて良かったなぁと思いつつも心のどこかで疑っていた事までは否定しきれないミサキは謝罪し、疑惑の視線を送っていた二人もそれに合わせ頭を下げたが、マルレラは笑って首を振る。


「いや、事情を知らぬ者にはそう映るじゃろうよ、気にしてはおらぬ。それにこういう売り方をしているせいでな、手放す段になってついつい惜しくなって飲みすぎてしまって届けるのが遅れる――なんて事が多発しておった訳で……今後はそういう事ももう出来ぬ故、疑われる事も無くなるじゃろう」

「……うん」


 まぁ、いざ手放そうとした時になって勿体無く思えてくる気持ちはミサキにもわかる。ミサキは思い切りは良い方だが例えば部屋の片付け等でもそういった葛藤が無かった訳ではない。

 とはいえ約束をすっぽかすのは言うまでもなく言語道断だし、更に言うならそのせいで楽しみにしていた酒が届かず気もそぞろな校長と、そんな校長の尻拭いに東奔西走していたであろう教頭の事を思うと可哀想でもあるのだが。主に教頭の方が。


(そう考えるとしっかりクエストを果たせて良かったな。色々あったけれど)


「ところでところでー、言い値で買うほどのお酒ってどういうものなんです? 相当レアなんですか?」


 ミサキが達成感に浸っていると横でエミュリトスが純粋な疑問を告げる。

 確かに誰かの飲みかけ、飲み残しとさえ言える酒を言い値で買うというのは相当な事だ。どれだけ残るかもわからないのに。普通に手に入る品物ならそんな手段は選ばない筈であり、疑問に思うのももっともと言えた。


 ……誤解の無いように念の為言っておくが、飲み残しとはいってもちゃんと酒樽から容器(マグ)に注いで飲むので、こう、回し飲みみたいな感じにはならない。そちらを言い値で買い取る人は多分ヤバイ奴だ。


「うむ、相当なモノじゃぞ。そういやお主はドワーフか? ドワーフは大酒飲みとして有名じゃからの、気になるのも仕方ないが」

「いえ、バカみたいに飲むのは男共だけですよ。でもそのせいで多少はお酒に詳しくなるので、単なる興味です」

「む、そうじゃったのか。やはり山奥に引きこもっていた期間が長いと知識に偏りが出てくるのぅ……。で、この酒についてじゃが、とにかくバカみたいに強い。ドラゴンは強い酒を好むでな、人間が飲めぬ故に人里にはまず出回らぬような強い酒のルートにも多少ならツテがあるんじゃよ」

「ほほー。って、知り合いはいないのにツテはあるんですね」

「ドラゴン時代からのツテじゃ。あといないとは言っておらん、少ないだけじゃ失礼な」

「おっと、すいません」


(竜と強いお酒って……その組み合わせは自滅する未来しか見えない……)


 ミサキの前世では竜が酔って寝てる間に退治される伝承はあまりにも有名であった。マルレラも今回こうして酒のせいで報いを受けたのでやっぱり竜と酒は相性が悪いのではなかろうか。


「……ちなみに、そのお酒の名前は?」


 恐る恐るミサキは聞いてみる。流石にこの西洋世界で和風な名前は出てこないとは思うが……



「ドラゴンキラーじゃ」


「ドラゴンキラー」



 竜ころし。



(……そうきたか)


「あのさ、あたしお酒には詳しくないんだけど……それ名前からして竜が飲んじゃいけないやつじゃないの?」

「たぶん竜種特効効果がありますよね、確か有名な武器にも似たような物があったような……」

「それはドラゴンスレイヤーじゃな。あれで斬られると熱が出るでな、結構辛い」

「え、それだけで済むの? 結構有名な武器なのに……」

「いやいや、ドラゴン族はまず病気になど罹らぬからな、熱だけでもロクに動けなくなるのじゃよ。そういう意味では非常に効果的、流石の竜種特効と言ったところか。ちなみに儂らドラゴニュートは偶に病気に罹るゆえ、ドラゴンスレイヤーに切られても多少は動ける筈じゃ。弱き身に堕ちたが故に耐性を得るとは皮肉なものよ」


 まぁそれでも斬られただけで熱が出るという特効の不条理判定は変わらないし、そもそも今の体のサイズでは斬撃自体が普通に致命傷になりかねないので良い事とは言い切れないのだが。


「んで結局、そのお酒に竜種特効効果はあったの?」

「んむ? あぁ、恐らくあったのじゃろうな、この酒はやたら酔いが回るのが早く、飲む度にすぐに眠ってしまうのじゃ。昨日までは夜に飲んでいたから疲れからかと思っておったが……」

「今日やらかしてやっと気付いた、と」

「うむ……いくら強い酒とはいえ、今思えば明らかに異常じゃったわ……」


 配達を忘れ寝過ごすのもだが、店に鍵をかける間すらなく眠りに落ちてしまうというのはやはり相当な効果があったのだろう、竜種に対して。

 その結果が今日の一件なのだからマルレラとしても言うまでもなく反省に反省を重ねており、重苦しく頷いた。


「いや、神妙な感じ出してるけど名前の時点で気付きなさいよ」

「……すまぬ、名前のせいで逆にどうしても気になって……」


 リオネーラのツッコミは決して責める様子ではないものの至極当然の意見である。よって彼女は真顔でツッコんだのだが、結局好奇心に負けただけだと返された途端遠い目になり、呟く。


「好奇心なら仕方ないか……」


 好奇心でアホをやらかす奴なら既に身近に居るのでもう慣れたものである。スッパリ諦めるのが一番。リオネーラは既にその境地に達していた。



(……そんな強いお酒を好む校長先生は相当なお酒好きなんだろうな……っていうか骨だけしか無いけどどうやって飲んでいるんだろう、間近で見てみたい)


 大体こいつのせい。



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