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そろそろみんな店名を忘れつつある




「――という訳で、私達はお酒を受け取りに来た。それが本来の目的」

「はッ、すぐにお持ちいたします――」

「……待って、店長さん」


 本来の目的を果たそうと切り出した筈のミサキがすぐに少女を呼び止める。目的よりも優先したい事があったのだ、今この場で言っておきたい事が。


「何でございましょう?」

「……敬語は止めてくれませんか。先程の問題はもう解決しました、私に気を遣う必要はありません」


 ミサキの気はもう済んでいるのだ、最初のように素の言葉で対等に喋って欲しいと考えるのは必然である。魔人という誤解も解けたし距離を感じない程度に仲良くして欲しいのである。ちなみにそう考えながら自分は敬語になっちゃってるが接客業の大変さが周知されている現代に生きた人ゆえ致し方無し。

 ……なのだが、少女はやはりそこを突いてきた。


「ありがたいお言葉ですが、儂は約束を守り続けねばならぬ身。儂から見れば解決したとは言い難いので儂だけ緩めろと言うのは受けられませぬ」

「……つまり私も敬語を止めろと。これでいい?」

「……察しが良く躊躇いも無い。器の大きい女子じゃの」

「……私は貴女と仲良くしたいからこうしているだけ。器はきっと関係ないし、大きくもない」


 ミサキから見れば少女が悪人ではなく、鍛冶屋という事で今後も世話になる可能性があり、ついでに長寿故に色々知ってそうだから仲良くしたい、と考えただけに過ぎない。それも先程までのやり取りで自分の中でケジメが付いているからだ。つまり全てが自分の中で完結しているため、急に器などと言われてもピンと来ない。

 しかし現地人からすれば命を奪われかけた相手と仲良くしたいと、その日の内に、素で言える時点で異常に映る。いくらケジメをつけたとはいえその直後にこんな事を言い出すのは割り切りが良すぎると映るのだ。

 もっとも、少女からすれば悪い事ではないどころか嬉しい事なので拒む理由は無いのだが。


「……儂も得体の知れぬドラゴニュート族という事で人からは避けられておってな、そのせいもあって店はこの有様なのじゃが……何より知り合いが少ない。仲良くしてくれるのは正直嬉しいが……本当に良いのか?」

「……珍しいドラゴニュート族からは面白い話が聞けそうだし、鍛冶屋さんとも仲良くしておいて損はない。そんな打算が私にはある。そちらこそ、打算のある相手が嫌なら今のうちに言って欲しい」

「お主……全部正直に言っちゃうのはどうかと思うぞ。それにそういうのは打算ではなくて興味の範囲じゃろ、わざわざ印象の悪い言葉を選ぶ必要もあるまいに。……じゃが本気なのは伝わる。全く、何故儂はこんな娘を攻撃してしまったんじゃろうな……」

「……それはもう終わった事、気にしないで。気にするくらいなら仲良くして欲しい、その方が私は嬉しい」

「ふはっ、成程な……確かに己の中で悔い続けるよりは相手の為になる行動をすべきじゃ。まことに恐ろしい器の大きさよの」

「だから器は関係ない、過大評価されても困る――けど、よろしく」


 抗議している最中に今度は向こうから手を差し出されてしまった為、握手自体には素直に応じるミサキであった。



「――うぅむ、センパイの器が大きいのなんて今更ですしわたしだって知ってましたしセンパイが決めた事は絶対の正解ですしこうして交流の輪が広がっていくのも良い事のはずなんですけどなんかモヤモヤしますねぇ……」

「そう? あたしは流石ミサキだとしか思わないけど」

「センパイが流石なのは当然ですけど……むー、なんででしょうね……あ、もしかしてわたしとセンパイの出会いの一連のイベントが今回のに比べてショボいから悔しいんでしょうか?」

「ショボ……い……? さぁ……あたしにはまるでわからないわ……」


 イベント自体は仮にショボかったとしても一日でキャラ崩壊した奴の言う事ではない。っていうかリオネーラからすればお姉さま宣言も全然ショボくない。価値観の違いに頭痛を覚えつつも彼女はどうにか適当に言葉を濁した。



「――では、これからもよろしく頼む、えぇと、ミサキ?と呼ばれておったかの?」

「……ミサキ・ブラックミスト。よろしく。こちらの二人は友達の――」


 苗字にもちょっと慣れてきた。気持ち滑らかに自己紹介しつつ友人二人にターンを回す。


「リオネーラ・ローレストです。まぁ、その、一応いきなり乱暴しちゃった事に関してはごめん。大体ミサキと一緒に行動してると思うからミサキのついでによろしくね」

「謝る必要はないぞ、あの時悪かったのは全面的に儂じゃからな。その上でよろしくしてくれるのなら儂としてもありがたい限りじゃ」


「エミュリトスです。わたしは別に乱暴してないので謝りません。絶対センパイと一緒に行動してるので(邪魔だけはしないように)よろしくおねがいしますね」

「お、おう……? よ、よろしく? ……なんか言外の声が聞こえたような?」


 見た目幼女というキャラ被りを恐れたが故のエミュリトスの密かな威嚇と牽制は良い勘をした少女には結構伝わった。生存本能が察知したのかもしれないが。

 ちなみにミサキは当然気付いていない。仮に気付いたとしても「ドワーフだから鍛冶屋にライバル意識でもあるんだろうか」みたいな鋭いのか鈍いのかわからない憶測しか出来ないので何も変わらない。


「……店長さんの事は……そのまま店長と呼べばいい?」

「一応、名はマルレラじゃが……好きに呼んでくれて構わんぞ。役職で呼ばれようと名で呼ばれようと、呼び方一つで何が変わる訳でもない」

「じゃあ……マルレラ店長で」

「まぁ、お主が良いならそれでいいが……」

「良い」

「そうか」


 何も一番長いパターンを選ばなくても、とマルレラは思ったがミサキに迷いは無いようだ。名前呼びのハードルが低い異世界らしさに慣れようという思いと役職で呼びたいミサキ(現代人)らしさの折衷案なので。

 ……ともかくそんな訳で、こうしてとある名前の長い鍛冶屋で起こった騒動にようやくひとつの区切りがついたのであった。



「……しかし儂も耄碌したものじゃなぁ、よりによってスキル持ちに攻撃してしまうという愚を犯すとは」


(……おっと、これは……)


 どうやらまだ区切りをつけるには早かったらしい。


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