いともたやすく行われるえげつない報復
前回のあらすじ:やろうぶっころしてやる
◆
小声かつ物騒な相談を終え、ミサキは店主の少女に向き直る。
「……店長さん、決まった」
「っ、はい……」
「……まず、既に漏れ聞こえていたと思うけど命までは取らない。でも死にかけた私としては貴女にも命の危険くらいは感じてもらわないと気が済まない」
気分の問題のような言い方をしているが、結局のところどんな状況でもそれが一番確実でわかりやすい方法だとミサキは考えている。自身が受けたモノと限りなく近いモノをそのまま返す事が。
一応、即物的なこの異世界では金銭や物品で償うやり方が一般的なのだが、命の相場などミサキは知らないし、自身の命に価値を付けた経験も無いのでその選択肢は無かった。あったとしても同じモノを返せる状況なら彼女はそちらを選ぶだろうが。
もっとも、あの時の少女には殺意があったが今のミサキにはそれが無い事からわかるように全てが完全に同じとはいかない。完全に同じモノを返せる方が稀なのでそこは本人が納得できるかどうか次第という事になる。今回のミサキは……普通に納得していた。相手が反省しているから。まぁ、だからといって手は抜かないが。
「……ドラゴニュートは私にとって未知の種族だから、悪いけど三人がかりで色々試させてもらう。……覚悟はいい?」
命の危険を感じてもらうとは言ったが、ドラゴニュートの肉体が人間の常識で測れるとは限らない。人間にとっては命の危険を感じるような攻撃さえも彼ら彼女らにとっては屁でもない可能性は大いにある。そう予想してミサキは問う。
そしてそれは事実だ。例えばドラゴンとしての特徴を色濃く残すツノや尻尾は生半可な斬撃は通さない。前者は単純に堅さがあり、後者は多少軟化してはいるものの鱗で覆われているからだ。それら以外の部位も『生まれつき強い種族』であるドラゴン――から転じたドラゴニュートは人と比べれば堅いと言える。元々の防御力が高いのだ。
少女も自身の身体が人間と似ているようで違う事くらいは当然知っており、よってミサキの言い分にも頷く事しか出来ない。己の肉体で色々試される――現代風に言えば人体実験される――恐怖を胸に抱きながらも頷く事しか出来ない。
(覚悟は出来ておる……じゃが、殺されかけて儂を恨んでおる人からこの後いたぶられるのだと思うと……やはり、怖――)
「……じゃあ、始めようか」
「ッ……!」
リオネーラとエミュリトスの二人が素早く少女の左右を固め、そこにミサキがにじり寄り……それからしばらく、店内には少女が恐怖と苦痛に耐え忍ぶ声が響き続けたという――
――なんて事は無く、実際は、
「ぶゅあっはっはっひゃっひぃゃっひっゃっあっげぶっ、ひぃっぎゃっはっはっがはっ、ぶひゃっひゃっひゃっぶびっ、ぐ、ぐるじ、びゃはははべぶっごふっ、ひーっ、ひっ、はひゃがははひへふゅへぁっぶふぉ」
実際はミサキによる『元ドラゴンといえども人に似た姿をして呼吸しているならそこを攻めればよくね?』的な雑理論により少女は延々と笑わせられ、どこかオッサン臭い汚い笑い声ばかりを響かせている。
ちなみにその方法は……
「……こちょこちょ」
「びゃひっひゃっひゃっぎゃふっひっひゃばはっぶっ、ふ、ひぃゃっはっひぃぃ」
お察しください。
まぁ、古代ローマでは拷問として使われたとの説もあり、ある意味理に適っていると言えるのだが……幼い少女一人に三人が寄ってたかって手を出す光景は絵面的に褒められたものではなかった。親友二人としてはミサキの意思を尊重すると決めてしまったが為にこんな事に加担させられる羽目になった訳で実に気の毒である。
(なんか可哀想に見えてきた……)
三人で寄ってたかって手を出した結果、あんなに怒っていたのに今となっては心を痛めているのがリオネーラだ。良い子である。
一方で……
(もうちょっと可愛らしい笑い方をすればいいのに……わたしは気をつけよっと)
汚い笑い声に地味に引いており反面教師にするつもりなのがエミュリトス。同じ事をされる予定でもあるのだろうか。それとも誰か(ミサキ)にされたい願望があるのだろうか。
(ふむ……足の裏や首回りは鱗があるのか効果が薄い。脇腹や耳はそれなり、今のところ脇の下が一番効く……?)
んで黙々と分析しながら容赦もしないある意味非常に冷たくマイペースなのがミサキ(主人公)である。三者三様、苦しんでいる少女を見て考える事もバラバラという訳だ。
そんな感じで攻撃を加え続けていた三人だったがそろそろ本気でヤバそうな呼吸になってきたので全員同時に手を止める。
……言わずともわかっていると思うがリアルの良い子は決して真似しないように。彼女達は三人いるから限界の見極めもしやすいし万が一が起きても魔法で多少はカバー出来るからこの手段を採ったに過ぎない。その安全確認の為に相談したのだ。
「げほっ、ぶへっ、はぁっ、ひぃ……し、死ぬかと……」
「……大丈夫?」
「だ、だいじょ……いや、それは、儂は、どう答えれば、いいのか……」
「……確かに」
あんまり大丈夫そうだと報復が足りない事になるし、大丈夫じゃないとなるとミサキが約束を違えた事になる。どう考えても質問が悪い。
「……質問を変える。命の危険を感じつつも命に別状は無い?」
「そ、それは、もう、はい」
「そう。良かった」
今度はそこだけ聞くと質問者の性格が悪そうである。
ともかく、そんなこんなで目的のうちの一つを達成したミサキはしばらく少女の息が整うのを待った後、タイミングを見計らって口を開く。
「……これで私の気は済んだ。あとは……後出しで申し訳ないけど、約束して欲しい事がある」
「問題ありません……覚悟の上でございます」
ミサキは最初に「まず」と言っていた。なので実は言うほど後出しではない。そして少女はそれをちゃんと聞いていたし、そもそも自分のやらかした事がこの程度で許されるとも思っていなかった。
いやまぁ、結構苦しんだ(物理的に)のは事実なのだが。実際ミサキは嫌な顔をされるのも覚悟していたのだが。しかし少女からすれば『死ぬほど笑わされた』程度ではまだまだ釣り合いが取れていないも同然だったらしい。
「……一つだけ約束して欲しい。いい?」
だから少女はこの『約束』こそが本題なのだと、自分を強く深く縛る恐ろしい呪縛なのだろうと予測した。予測し、再び恐怖を胸に抱きながら頷いた。
そして、そんな少女に告げられた言葉は――
「……私の通う学院の校長――スカルがお酒が届かないと嘆いていた。今後そういう事が起こらないよう常に心掛け、全力を尽くす事」
「………」
「………」
「…………」
「…………」
「……………」
「………以上」
以上だそうです。
「………………? へ?」
「……どうしたの?」
「え、いや……それだけ、ですか?」
「……期日にお酒を届けられなかった人が「それだけ?」と言うのはおかしいと思う」
「ぐっ、そ、それはそうなのですがそういう意味ではなく! 命を奪おうとした儂に対する罰としては軽すぎではありませぬか!?」
「……? 罰と呼べるようなものはさっきの時点で終わってる。この約束は私からのお願いに過ぎない。拒んでもいい」
「……は?」
「……実は元々私達はスカル校長から酒を取ってきてくれと頼まれてここに居る。今後こういう事が起こらないようにしてくれとも。だからついでにその頼まれ事を遂行出来ればいいなと思っただけ」
そう、あくまでこの約束はついで。だがベストなタイミングだとも言える。校長が言うには今までも酒が届かなかった事はちょくちょくあったらしいので、少女が深く反省している今この時に約束としてブッ込んだ方が効果てきめんなのだ。クエスト関連は信用が第一だと昨日聞かされたばかりなのでより確実な方法を採るべきだと、そのくらいはミサキも計算していた。
まぁちょっとセコい気もしたので一応「約束して『欲しい』」「拒んでもいい」とは伝えた。勿論実際は拒まれると少し面倒ではあるのだが。他の方法でクエストを履行しなくてはならなくなるので。
そして、そんなミサキの心中など知る由もない少女はその言葉に対し……拒みこそしていないが納得もしていないようだった。
「つ、ついでって……だとしたら尚更納得出来ませぬ! 軽すぎます!」
良い意味で納得していないようだ。殊勝で誠実なその態度からは相変わらず漢気すら感じられる、が……少女は一つ見落としている事がある。
「……私はこれを罰だとは考えていないけど、貴女が罰として受け取る事を止めるつもりまではない。でも仮に罰だとしたらこれが軽い罰だという考えはおかしいと思う」
「な、何故っ!」
「さっきと同じ。貴女は今日、時間通りにお酒を届けられなかった。しかも校長先生の話では今日に限った事でもないらしい。……確認しておくけど、これは事実?」
「そ、それは……事実ですが」
「………」
ミサキの前世の基準で考えれば店が潰れないのが不思議なレベルで店員としてアウトなのだが彼女はそこを突っ込みはしない。そういうものなのだろう、とまずは考える子だ。
実際、実力主義なこの世界では腕のいい職人やレベルの高いハンターは大なり小なり自由奔放で、かつそれが許されている風潮がある。ハンターの場合はそれが度を越さないようにギルドが目を光らせているが職人にはそういうものが無い。故に一部の職人はかなりフリーダムに仕事をしており、少女もそんな中の一人だった。
まぁ、それで店が一応ギリギリ存続しているという事はこの少女は何かしら光るモノを持った鍛冶師という事なのだが……それは今は問題ではない。職人のフリーダムな振る舞いが許されている風潮そのものも今は問題ではない。
「……なら、貴女はそのルーズな勤務態度を根っこから改めないと約束は守れない。それは決して簡単な事ではないはず」
自由な勤務態度で許される風潮があるからこそ、今までずっとそうしてきたからこそ、それを改めるのは難しい筈なのだ。
「う、むむ……」
「……よく考えてみて。軽いと言い切れるほど簡単に出来そうな問題か。少なくとも……朝からお酒を飲んだりは出来なくなる」
「うぼぁ、それはキツいのじゃ! ――き、キツいですな!」
わかりやすく直撃した。本来のクエスト目的である『脅し』を達成するなら禁酒させるのが一番なのだろうと確信が持てるくらいわかりやすく直撃しおった。
「た、確かに、決して軽い罰ではない事はわかりました……が、本当によろしいのですか?」
「……私の気は既に済んでる。良いも悪いもない。むしろ貴女次第」
このやり取りは想定済みだ。何故なら親友二人にも同じ事を言われたのだから。
その時のミサキも同じように返し、親友二人は先に言ってあった通りミサキの意志を心から尊重し溜飲を下げた。よってあと一人、加害者である少女本人も納得してくれれば……この件はこの上なく丸く収まる。
「……わかりました。心から受け入れ、償うと誓いましょう。ドラゴニュートの名にかけて」
「……ありがとう」
受け入れてくれた事に礼を言い、ミサキは手を差し出す。少女も応えて握手し、これでこの件は万事解決、という運びとなった。
(……ドラゴニュートの名にかけられても正直困るけど。高慢というイメージしかないし。っていうかこの店長さん、一族の秘密を暴露した訳だからドラゴニュート一族から見ればむしろ裏切り者なんじゃ……)
そこはあまり深く考えずキレイサッパリ忘れるべきだと思われる。四人とも。




