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『……――さん! ミサキさん!』
「………あ、自称女神の人?」
『いや、本当に女神なんですけどね』
少し前に自称女神と出会ったのと同じ空間で、ミサキは再び彼女と対面していた。リアルタイムで会話しているらしい事に気付きミサキは僅かに戸惑う。
「……? あれ、なんで?」
『現実世界での貴女が意識を失ってブッ倒れているからですね。そういう時には私の電波が届きやすいんです』
毒電波だろうか。
「でも空腹の時は出てきませんでしたけど」
『あの時は特に語りかける必要もありませんでしたから――ってそうだ、そうです! 今回はお説教ですよ! 何やってるんですか!』
「……何がですか?」
『下手すりゃ死んでたでしょう! レベル50の攻撃を顔面で受けるとかアホですか! なんでスキル『受け流し』を使わなかったんですか!』
あっさりバラされたが、『受け流し』、それがミサキの与えられたスキルである。なんでも受け流すすごいやつだよ、という謳い文句だ。
それでどんな攻撃でも受け流して生き残れ、と自称女神は言いたかったのだから、使わずに死にかけているミサキにご立腹なのは当然である。
だが、ミサキにだって言い分はあるもので。
「なんでと言われても……魔法を喰らうという事がどういうものなのか知りたかっただけです、経験として。受け流したら多分わからないから」
『なっ……え? いや、何を言ってるんですか? 魔法を喰らう事の……痛みが知りたい? 気持ちが知りたい? どっち?』
「どっちかと言われれば……痛み?」
厳密には痛みも気持ちも含めた全体的な『感覚』である。それが魔法をイメージするのに必要だとミサキは考えたのだ。
剣で切られるとか銃で撃たれるとかは経験は無くともちょっとだけ想像出来るが、魔法を喰らう感覚は全く想像できない。現代人であったが故に。
そういう意味では喰らって知りたくなるのは必然と言え――いや、必然ではないか、全然。
『頭おかしいんじゃないですか!? ドMなんですか!? いろんな意味でありえないでしょう!』
「どえむって何ですか?」
『何でもないです! とにかく、わざと攻撃を生身で受けるなんてバカの所業です! 顔面セーフは無いんですよ!? むしろクリティカル判定です!』
「……そうは言いますが、ただでさえ下駄を履かせてもらっているのに更に手加減までしてくれたので大丈夫だと思って。私は相手の手加減に甘えただけです」
『む、まぁ、それはそうかもしれませんが……実際死んでないですしね』
「……それに周囲には魔法の使える人もいますし先生もいます。死にかけても助けてくれると思って」
『まぁ、助かるでしょうね』
ミサキを恐れているクラスメイトが魔法で助けてくれるかは謎だが。
「なら後学の為に喰らってもいいのではないかと。実戦で喰らって焦るよりは」
『まぁ……一理はある……んですかね? あるのかも?』
一理はある。自称女神もそこだけは(丸め込まれた形で)認めた。
だが、自分の『経験』の為にわざと喰らう。言わば経験値を稼ぐ為にわざと喰らう。転生後の初戦で、見知らぬ『魔法』というものを相手にそれを行う……その考えのブッ飛びっぷりとクソ度胸に、正直、自称女神はドン引きだった。
大体、勝算があったとは言うが、魔法を知らない現代人の出した勝算にどれほどの信頼性があるのか。周囲の人が助けてくれると言ったが、それだって絶対とは言い切れないのではないか。
そして何より、普通はそもそも痛いのが嫌ではないのか。眼前に迫る魔法が怖いのではないのか。
ツッコミ所は多かったが、ミサキの中ではそれらは全て『学びたい』という気持ちよりは優先されないものだったのだ。
その事に気づいた自称女神は考えを改める。
『……はぁ。賢い子だと思っていたんですけどねぇ……』
「……別に、私は元々賢くはないですよ」
頭の回るはずのミサキのその言葉は、本心である。
学ぶ事が好きで、本を読むのが好き。そんな彼女の周りにはいつも沢山の『知らない事』があった。だから彼女は自身を賢いとは思っていない。それだけの事。
『……まぁいいです、そろそろ起きてあげてください。彼女も心配してますよ』
「……リオネーラさんが?」
『ちゃんと手加減したとはいえ、貴女は気を失ってブッ倒れているんです。自分の攻撃が原因なのですからそりゃ心配もしますよ』
ミサキは本気で気づいていなかった。当たっても大丈夫なように自分の手で加減したリオネーラだからこそ心配するはずはない……と思い込んでいたのだ。
筋の通った理屈だとミサキ自身は思っていたが、それ以上にリオネーラがいい子だったというだけの事。ミサキは素直に彼女に罪悪感を抱く。
「……悪い事をしたな」
『おや、良心は人並みにあるんですね。なら次からは「魔法を喰らってみたい」ってちゃんと伝えるべきだと思いますよ』
「そうする」
それはそれでドMを見るような目で見られる事になるだろうが、ドン引きさせられて悔しかった自称女神は黙っておいた。
『とにかく、反省したならあまりこういう無茶はしないように』
「……可能な範囲で善処します」
『まるで私の説教が効いてませんね!?』
まぁ説教と言いつつ半分以上ミサキに言い包められていたので仕方ない。それに加え、ミサキはこのやり方で確かな手応えも感じていた。説教の効果が薄くても仕方ないと言える。
「でも、命に関わる場合は絶対にしません。出来る限り人に心配はかけたくないですから……人ではない、女神という存在にも」
『………そう、ですか。ありがとうございます』
「……それでは」
ミサキの中でいつの間にか自称女神が女神にランクアップしていたようだ。
少しの間だけ真剣な瞳で女神を見つめた後、ミサキは空間から姿を消し、目を覚ますのだった。
『……聡明な子だと思ってましたが……女神たる私の理解を超えるくらい、あたまのおかしい子なのかもしれませんね、ふふ』




