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相手は死ぬ



 渡された地図を開き、目的地を確認したミサキは眉をひそめた。見る人が見ればわかる程度に少しだけだが確かにひそめた。

 その表情が表す感情は怒りや不快感ではなく、困惑。


(……なにこれ)


 地図に問題がある訳ではない。あの教頭が描いた地図だ、いくら急ぎで描いたとはいえ間違いやわかりにくい点は一切無い。

 いや、ある意味ではとてもわかりにくい点があるのだが。ミサキもそこに困惑しているのだが。


「どうかしたの? ミサキ」

「……これ。目的地が……」

「んー?」


 ミサキの困惑に気付いたリオネーラが地図を受け取り、同様に目的地を確認する。そして……同様に眉をひそめた。そして同じ行動をエミュリトスも繰り返し、地図はミサキの手元に返ってくる。

 もう一度見て、もう一度ミサキも眉をひそめた。……あまり引っ張るのもアレなので明かしてしまうが、皆が困惑しているのは目的地である店の名前である。最初にチラ見して道順だけをざっくり確認した時には気づかなかったが、店名がなんかひどいのだ。


「……店名、『レジェンダリーエンシェントドラゴニックインフィニットエターナルショップ』って」


 形容詞だらけである。わけがわからん。


「何屋なのかすらわからないわね……」

「ですね……生憎そこまでは書かれてないようですし」

「………」


 酒を持ち帰るクエストだから普通に酒屋ではないかと誰もが思っていたのだが怪しくなってきた。

 アホみたいな店名のせいでどうにも真面目になりきれないが、酒屋かどうかは結構大事な問題である。もし酒屋ではなかった場合、校長の酒が届かないのも『本業ではないが故のトラブル』が絡んでいる可能性が出てくるからだ。

 これはやはり一度話を聞かなくては判断出来そうにない。前もって校長からその許可を得ていたミサキだけではなく、リオネーラも同じ結論に至る。


(ミサキがここまで見越していた……ってのは流石に無いと思うけど、こういう状況にも対応できる慎重さを持っているのは確かね。なかなかすごいじゃない)


 リオネーラの中でミサキの株が上がったが、これもどちらかと言えばミサキだからではなく現代日本人だからだ。

 情報に溢れ、詐欺や冤罪さえも存在する現代で育てば大抵の人は『責任の伴う判断』には慎重になる。石橋を叩いて確認したり転ぶ前から杖を準備している日本人ならその傾向は更に強い。それだけの事。


「……まぁ、行ってみればわかる、か」


 ミサキ本人はそんな風に過大評価気味に株を上げられている事には当然気付かない。普通に振舞っているだけなので株が上がるような行いをした自覚すら無く、気付きようがないのだ。

 彼女はそのまま地図を折り畳み、ポケットに入れて歩き出――そうとしたが、さっきまでのやり取りでちょっと気になった事があったので振り返って問う。


「……ところで、二人から見てこのネーミングセンスはどうなの?」


『ブラックミスト』をカッコイイと評する二人でさえこの店名には眉をひそめた。ミサキにとってはそれは結構意外な事であり、探るような問い方にもそれが現れている。

 もっとも、返ってきた答えは――



「「盛り過ぎ」」



 そんな至極マトモな物だったのだが。





 メインストリートの端も端、最早メインストリートに位置していると言うには勇気が必要そうな、しかし街外れとまでは言えそうで言えない絶妙な遠さの場所にその店――『レジェ(以下略)』――は建っている。

 三人の少女達はこのクエストが終わった後の予定などをダラダラと喋りながらそれなりの距離を歩き、それなりの時間をかけてそこに辿り着いた。周囲に人通りはほとんど無い。どうやら街の中心部の人だかりだけがとにかく異常なようだった。人気店が集中しているのだろう。

 そんな中心部から三人は流れに逆らって(ミサキを先頭に据えて道を開けてもらいながら)歩いてきた訳だが、すれ違う人がみるみる減り、まばらになっていくのを目の当たりにしてきた今、思う事はひとつだ。


(((このお店、儲かってないんだろうなぁ)))


 名前負けしているボロボロの看板を見上げ、そのあと念のため地図と照らし合わせて間違いがない事を確認する。ちなみに看板にもクソ長い名前がバランス悪く書かれているだけで肝心の何屋なのかは書かれていなかった。

 とにかく店主に話を聞いてみなければ始まらない。だが、ミサキが入り口の扉をノックし、少し待ってリオネーラが呼びかけてみても返事はなかった。どうしたものか、と二人が悩んでいると、


「……開いてるみたいですよ。営業時間でしょうし、普通に入っていいんじゃないですか?」


 エミュリトスが普通に扉を押し開けた。わりと遠慮がない。まぁこのくらいなら異世界人のスタンダードの範囲と言えるのだが。


「んー、営業時間ならオープンの札を出してると思うんだけどねぇ……」

「でも営業してないなら鍵がしてあるはずでは? そもそもお酒を届ける予定が入ってるんですから休みはしないでしょう」

「まぁ、そうなんだけど……」


 リオネーラが躊躇していたのは札が出ていなかったから、ただそれだけの理由であり、そしてそれはエミュリトスの主張を否定できるほどのものではない。クローズの札が出ているという訳でもなく札そのものが存在していない上に、田舎の民家ならまだしも都会の店舗に鍵を掛けない理由などそうそう存在しないからだ。

 つまりこの状況なら鍵が開いていれば営業中――少なくとも中に店員は居るはず。そう考えるのは自然であり普通である。

 ちなみにミサキが躊躇していた理由は単に返事を待って入室する前世のクセが抜け切らなかっただけである。札の事なんて全然気付いてなかった。


「うーん、仕方ない、入ってみようか。もし何か言われてもあたし達には言い訳できるだけの材料はあるし。いいわよね、ミサキ?」


 もし閉店中だったとしても鍵を理由に言い訳は出来る。開店していれば言うまでもなくクエストの話を切り出せばいい。

 そういう事だと察したミサキはリオネーラの言葉に素直に頷き、二人と一緒に店内に足を踏み入れた。



 ――しかし。



「誰かいませんかー!」


 店に入り、リオネーラがほどほどに声を張り上げるも反応は無い。

 店内は結構広いものの静かだ。聞こえていないとは考え難い。となると……


「……ミサキ、どう思う?」

「……突発的な理由で休業していて尚且つ鍵を掛け忘れた、という可能性を除けば、一時的に留守にしてて鍵を掛け忘れたか、あるいは……店内の何処かで返事の出来ない状況にいるか。例えば――怪我をしているとか」


 周囲を見渡しながらミサキは推測し、可能性の高い結論だけを言う。周囲に並ぶのは無数の武器や防具。どうやらこの無駄に名前の長い店は鍛冶屋か武器防具屋の類だったようだ。

 つまり重量のある危険な物を扱う店。となるともしかしたら――考え難い事ではあるが――商品を扱う時に何かしらのミスをして大きな怪我をしている可能性もある、声も上げられず動けない程の。それも恐らくは人目につきにくい場所で。


「そうね……あたしが奥を見てくるわ。二人は他の場所を手分けして探して」

「……リオネーラ、可能性は限りなく低いけど泥棒の可能性もある。気をつけて」

「そっちなら問題ないわよ、叩きのめせばそれで済むんだから」


 強盗が押し入って脅迫している真っ最中、という可能性も無いではない。ボッツに散々脅されたミサキはその可能性も考慮した。が、正面入り口が開いていた上に争った形跡も荒らされた形跡も何もないので実際は口にした通り限りなく低い程度の可能性しかない。

 まぁ仮に強盗だとしても強盗を働くような弱者にリオネーラが負ける道理はなく、よって奥を調べるのは誰がどう見ても彼女に任せるのが最善だった。


 という訳で店の奥――恐らく作業場か倉庫だろう――に歩いていったリオネーラを見送り、ミサキとエミュリトスは手分けして店内を捜索する。

 とはいえ、扱っているモノがモノなのでこの店は開けた造りになっており、見落とすような場所は一部の例外を除いてそうそう無い。エミュリトスがその一部の例外その1(トイレ)の扉を躊躇無く開けて踏み入っていく一方で、ミサキは店内をグルリと半周し終えてカウンターに手を置いて一息ついた。


(これはリオネーラの報告待ちになりそうかな)


 トイレで倒れている可能性も無いではないが低いだろう。あと見ていないのはリオネーラの向かった奥の方と……ここ、カウンターの中も見ていない。


(とはいえ勝手に覗き込むのは気が引ける。きっとお金も置いてあるだろうし、ただでさえ嫌われる外見をしているんだから怪しまれる行動は慎むべき――)


 そうやって躊躇していたミサキだったが――その耳に何か、小さな音が届く。小さな小さな……呼吸音のようなものが。っていうか寝息のようなものが。それも恐らくはカウンターの中から。


「………」


 何かしょーもない予感がするが、流石に確かめない訳にもいかない。

 別の意味で躊躇しつつもミサキはカウンターの中を覗き込み……



 そこで眠る女の子を発見した。してしまった。



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