汗臭いバカ、田●わび助
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三人は一度寮に戻り、外出の準備を整えてから制服で街へと向かった。
が、その途中、校門のあたりで運悪くボッツと鉢合わせてしまう。随分とイベントに事欠かない校門である。っていうかよく考えたらここでボッツに捕まるイベントもミサキにとっては二度目だ。三度目は無い事を祈りたい。
「あ? 何やってんだお前ら、どこか行くのか?」
「はい、校長先生のクエストでちょっと街まで。教頭先生に外出の許可も取りました」
リオネーラが簡潔に、かつ的確に説明する。
本来休日に生徒が何処へ行こうと自由なこの学校でわざわざボッツが声をかけてきたのは、当然ミサキが外に出ようとしている事が不安だからに他ならない。よって教頭の許可が下りている事までセットで説明しておけば話が早いのだ。
事実、それを受けてボッツは「それならいいか……」と割とすんなり解放してくれそうな雰囲気を醸し出している。まぁ絡み癖のある彼はやっぱりすんなり解放してくれはしないのだが。
「あー、ひとつだけ言っておくぞ魔人。学院の外では気をつけろ。周囲をしっかり警戒しろ。いいか、外にいるのは善人ばかりじゃない。悪人も多々いる。人攫いとかもな」
「……私を攫うような物好きが居るんでしょうか」
「いねえだろうな」
外見でいろいろ言われ続けた結果、自虐ネタをかます余裕さえ出てきた。真顔で即答されたのでネタとして通じたかは疑問だが。
「そもそも好き好んでZランクに落ちたがる奴もいねぇさ。Zランクシステムはいい具合に犯罪抑制に繋がっている」
「(何の事かわからないけど)そうですね」
まるで知らない単語だったが言い方からして一般常識っぽかったのでミサキは真顔で頷いてみせた。その判断が早かった為、ボッツも一切疑問を抱かなかったようだ。こういうのは大抵素早い判断と思い切りが大切だと相場が決まっている。
嘘も隠し事も嫌いなミサキではあるが事情があれば仕方ないと割り切るし、そもそも今回は知ったかぶりをしただけである、何も問題は無い。次までにちゃんと知識として頭に入れておく必要はあるが。
(Zランクシステム、か。後でリオネーラに聞いておこう)
「……しかし、それでもバレねぇように悪事を働こうとする奴はどこにでも居るモンだ。気をつけておけよ、お前は何かと面倒事に巻き込まれそうな雰囲気がある」
「………そうですか。気をつけます」
ボッツに絡まれた結果面倒な事になったパターンも多々あるのだが本人はまるで気づいていないらしい。
しかし意外と礼節を弁えているミサキはそれにツッコミはしないので、ボッツはこのままずっとその事には気づかないのだろう。幸せなもんである。
ちなみにそんな幸せボッツが休日なのに学校に居た理由はやはり昨日の後処理が関係しているのだが、それを生徒達の前で匂わせるほど彼は子供ではない。
もっとも、それでもミサキとリオネーラは若干怪しんでいた(エミュリトスはボッツに興味を割く暇があったらミサキを見つめているので別)のだが……
「じゃあしっかり働いてこい。間違っても外で学院の評判を落とすような真似はするんじゃねぇぞ。おら、さっさと行け」
そんな風に追い払われれば従うしかなく、三人は頭を下げて校門を後にした。
「……さて、休日くらい俺も実家に帰って休むかねぇ」
ちなみにボッツの実家もこの街にあったりする。どうでもいいが。
◆
カレント国際学院は街から見ると少しだけ離れた場所の、なおかつ少しだけ標高の高い所に建っている。イメージとしては山と言うほど高くはなく、丘と呼べる程度の高さだ。
よって校門を出るとすぐに緩やかな下り坂となっている。そして、坂があるという事はその坂を使って走り込みをする人がいてもおかしくはない……のかもしれない。正直、自然に溢れ何かとだだっ広い異世界ならもっと良い場所もありそうなものだが、走っている人が実際に居たのだから仕方ない。
(やっぱり異世界の休日の過ごし方としてはトレーニングが一番多いのかもしれな――……ん?)
ただ、その『走っている人』の姿には少し違和感があった。
「何か変ですね、あの人影……遅い方の」
三人の視界に入ったのは走って上ってくる二つの人影。先行する方のシルエットは獣人の物だが特におかしな点はない。問題は腕を上げたままやたらモタモタと、フラフラと上ってくる後ろの人、シルエットからして微妙に不気味な微妙に大きい人影の方だ。
この坂はそう長い距離ではなく、人影も遠くはない。よってミサキとエミュリトスは少し目を凝らし……それだけで全てをフツーに理解した。
「「……逆立ち?」」
逆立ちで上ってきているのだ。腕を上げているように見えたのも微妙に不気味なシルエットも単に逆立ちしていたというだけの話である。……何故逆立ちで坂を走って(?)いるのかはわからないが。
二人よりも先に逆立ちに気づいていたリオネーラもその奇行の理由まではわからないらしく、先に坂を上りきった方の顔見知りの獣人――ユーギルに問いかける。ジト目で。
「あんたら何やってんの?」
「……そのいかにもアホに問うような聞き方は止めろ。俺は巻き込まれただけだ、あのアホのトレーニングに」
「はぁ、トレーニングねぇ」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぁぁぁぁあああああああああああゲブゥ」
そのアホは奇行を最後まで貫き、坂を上りきった所で思いっきり前向きに転倒した。背中が痛そう。
弱者に興味を示さないあのユーギルを巻き込んだ上に自分は堂々と奇行をかます、そんな事が出来る奴はそうそう居ない。そう、アホの正体はクラス序列三位の筋肉バカ、トリーズである。寮の部屋割りは男女別、レベル順なので彼らは同室なのだ。
「や、やるなユーギル、流石は身体能力に優れる獣人……! だが次こそは負けん!」
「身体能力だけなら巨人族も大差ないだろうが。お前が負けたのはもっと別の理由だ」
「逆立ちなのが悪いとでも言いたそうだな!」
「むしろ他に何があるんだ」
「オレの筋肉が足りないんだよ!!!」
「……そうか、勝手にしろ」
ストイックなのかアホなのかわからなくなってくるがストイックなアホなだけである。
ちなみに巨人族とは言うが彼らはそこまで極端な巨体でもない。ユーギルと比べても頭ひとつかふたつ位の差だ。もっともユーギルの体格も恵まれている方なのでミサキみたいなもやしっ子と比べたら結構な差が出てくるが。
そんな彼ら巨人族はドワーフと同様に筋力に優れる。筋肉の付きやすい種族でもあり、それを最大限に活かせる巨体を持つ種族でもあるのだ。
よって、まぁ、この調子で逆立ち走りを続けて腕力をもっと鍛えればそのうち脚で走るのと同等のスピードを出せるようになる日が来るのかもしれない。来たとしても普通に走った方が全てにおいてマシだが。
「よぉしユーギル、もう一戦だ! 行くぞ! 次こそはオレが勝つ!」
「その自信はどこから来るんだ、今ので四連敗だろうが」
「今の走りで筋肉がついたから次はもっと早く走れるに決まってんだろ!!!」
「お前……あれだけ筋肉好きとして騒いでおきながら筋肉が付く仕組みも知らんのか……」
この世界は現代ほど人体のメカニズムに詳しい訳ではないが、筋肉は鍛えた直後に付くようなものではないという事くらいは誰もが経験として知っている。誰もが知っているという事は常識として周知されているという事だ。誰もが知る常識なのだ。約一名を除いて。
そんな約一名は呆れ返るユーギルに見向きもせず「下り坂なら勝あぁぁぁつ!」とか言いながら気合を溜めているのだが……その姿を見て『ある事』がミサキの頭をよぎった。
「……そういえば、さっきそこでボッツ先生に会った」
「む?」
「教官に? いいなぁ。何か言ってたか?」
視線だけでしかミサキに反応しないユーギルと、ボッツの名を聞いてめっちゃ食いついてくるトリーズ。わかりやすい反応の差だが問題はそこではなく、まさにトリーズの質問の通りの『ボッツが言っていた事』が問題なのであり。
「……「外で学院の評判を落とすような真似はするな」と言われた」
勿論その言葉はボッツとしては問題児であるミサキに釘を刺しただけに過ぎないのだが、だからといって他の生徒なら学校の名を汚す真似をしていいとはならない。異文化交流の為というデリケートな経緯で創設された学校の動向に世間は結構注目しているのだから。
異文化交流の為という謳い文句を知らずに入学してきた生徒は居ない。よってそのあたりの事情も誰もが察している。筋肉の常識を知らないアホのトリーズでさえも、だ。
「………」
「………」
という事で視線がトリーズに集中する。
逆立ちで走り回るという奇行が『学院の評判を落とすような真似』に当たるのかどうか、彼は必死に考え込んでいるようだったが……
「……よし、ユーギル、普通に走るか」
「賢明だな」
良いか悪いかがわからない場合は無謀な賭けに出ずに踏み止まった方が賢い場合がほとんどである。無謀な賭けに出る理由が特に無いなら尚更だ。
アホのトリーズといえど尊敬するボッツの名前が出ればそんな賢い判断がギリギリ出来るようで、ここにいる全員はなんとなく救われた気持ちになった。
そんなこんなで普通に走り出した二人の背中を見届け、リオネーラが呟く。
「……あたし達も行きましょうか」
「うん」
「そーですね」
一連の出来事に変に感想を述べるとなんとなく負けた気分になりそうだったので満場一致で歩き出す。
他の皆の休日の過ごし方が気になっていたミサキだったが、少なくともトリーズの休日についてはもう見なくていいな、と思った。




