ファンタジー世界のショップに休みは(あまり)無い
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「――休み、か……さて、何をすればいいのやら……」
青春真っ盛りの年齢の筈なのに激務に疲れたサラリーマンや定年退職直後のおじいちゃんみたいな事を言っているミサキだが別にやりたい事が無い訳ではない。むしろ逆、やりたい事自体は多すぎるくらいだ。
その多すぎる候補の中から何を選べば良いのか、何が選べるのかがわからないだけであり、要するに自由度の高さに圧倒されている状態と言えるだろう。
(ほどよく不自由であるが故に受け身でも許される、学校というシステムは本当に良く出来ているんだな……)
前世でも休日に思い知った事だが、学びたい盛りのミサキにとって何もせずとも学べる学校という場所はまさに天国なのである。とはいえ休日だからといって何も学べない訳ではない。行動さえ起こせば何かしら学べるものである。世の中そういうもんである。
という訳でミサキは座った状態からよっこらせと立ち上がり、ドアを開けて外に一歩踏み出した。
「あ、せ、センパイ、やっと出たぁ……限界ギリギリでしたよ、ふ、ふふ……」
声を震わせたエミュリトスが入れ替わりでそこに入り、ドアを閉めた。
「……ごめん」
……二人部屋といえど、タイミングが重なれば朝のトイレは戦場である。早き者が常に勝つ残酷な戦場である。
そんな戦場真っ只中で特に意味も無く考えに耽り、友軍を危険に晒したとなればミサキも素直に詫びるしかない。結果次第では軍法会議モノだし仕方ない。
(全面的に私が悪い……けど、言ってくれれば早く出たんだけどな)
そこはほら、後輩なりに遠慮した結果なので。
遠慮しがちな後輩に気を遣うのも先輩の仕事という事で、今後のご健闘をお祈り申し上げます。
◆
この世界での一週間は五日になっている。
親友二人からいくつか話を聞いた結果、この世界では前世で言う四元素――地水火風――の考え方が様々な所に根付いている事をミサキは知った。週の考え方もそのひとつで、風→火→水→土、と巡った後に休日扱いの『無』を加えて一週間としているとの事。
ただし、その休日という概念は残念ながらあまり役に立っていないらしい。
「魔物や野生動物が人の休日の事を考えて行動してくれる訳が無いから兵士やハンター達にはまず意味が無いでしょ? するとそんな人達相手に商売しているお店の人達も当然休む訳にはいかない。そしてそんなお店に商品を卸す商人も……何人かは休んでもいいでしょうけど全員は流石に休めない」
「ちなみにこの「お店」って言うのは武器屋に防具屋、道具屋から始まりレストランや酒場、そして宿屋もですね。店とは呼びませんがハンターギルドも含んでもいいかもしれません。つまり街にあるほとんどの施設、ってことですねー」
「そう、ほとんど。そして兵士やハンターの人口もかなり多いワケで、これらに農業や林業、漁業みたいに昔からずっと環境に合わせて独自のスケジュールで働き休んできた人も含めると人口の8割は軽く超えちゃってね」
「結果、国の定めたスケジュール通りに休日が適用されるのは正式に仕事をしているわけではない子供とか、人前に出ずに毎日机に座って文書と戦っているお城や教会のごく一部の偉い人達に限られる、という事になっちゃうんですよねぇ」
現地人二人による集中講義~休日編~を受けたミサキだったが、その内容は現代人にとってはあまり良い話ではなかった。とはいえ主な原因が人間社会の外部にある以上どうしようもない問題であり、どうにもやりきれない。
しかし同時に疑問も出てくる。原因がどうしようもないものだからこその疑問が。その疑問を口にするために、ミサキは順を追って質問を重ねていく。
「……主に魔物達が原因で休日の概念が形骸化していると言うけれど、そもそもその公的な休日の概念と魔物はどちらが先に存在していたの?」
魔物や野生動物との戦いの歴史は古いとミサキも聞いてはいる。しかし一方で曜日や休日という概念も前世の歴史では結構な昔から存在していたのも事実なのだ。
どちらが先に在ったのか、一概に決め付けは出来ない。とはいえ可能性だけで考えるならば――
「魔物の方よ。昔の人が休まなかったって意味ではないけど、基本的に自由に生きて自由に休んでいたから。国として公的に無の日を休日とする概念を広めようとしたのは結構最近なのよね」
そう、休日という概念が形骸化していても尚、この異世界の文化はこうしてちゃんと発展している。という事は恐らく元々誰かに休日を定められる必要など無くとも人々は上手く休みを取り、しっかり社会を回していたのではないか、とミサキは推測していた。それこそ先の話にもあった第一次産業に携わる人達の様に。
その可能性までは推測出来ていた。その上で抱いた疑問があるのだ。
「……じゃあ何故、急に休日を作ろうとしたの?」
別にそれ自体は悪い事ではない。だが公的に決められずとも人々はちゃんと休んでいたしそれで社会は回っていたのだ、一見するとわざわざ定める必要は無さそうである。それどころか定めたところで魔物達がいる以上遵守されないのは目に見えている。なのに休日を設けた。それは何故か。
憶測でならばいくつか仮説は思いつく。良い理由にしろ悪い理由にしろ、民の為の理由にしろ特権階級の者の為の理由にしろ。そうやっていくつか仮説が浮かぶからこそ答えが知りたい、というのが今のミサキの気持ちだった。だが……
「んー、その、何故かと言われると……ね、ちょっとだけアホな話になるのよね……」
「えっ」
真面目な仮説ばかり考えていたミサキにとって予想外な前置きが帰ってくる。どういう事なのだろうか。
「ええと、一応真っ当な主張ではあったのよ。大戦を終え、戦後処理の書類仕事に休み無しで追われまくっていた『とある偉い人』が休みたいが為に休日を求めたの」
大戦後、という事は思ったよりずっと最近の話だったようだ。少し拍子抜けだが、ミサキの推測通りにちゃんと社会が回っていた証明でもある。
なのでそれはいい。問題は理由の方。休みたいという理由自体は人として当然のものだが、公的な休日まで求めたのは少し謎だ。普通に休みを貰うだけでは駄目だったのか。大事にしないといけない理由があったのか。
この話の行き着く先が『ちょっとだけアホな話』だという嬉しくないネタバレを喰らいこそしたものの、疑問をそのまま捨て置くつもりも無いミサキは素直に問う。
「……真っ当な主張だったのだろうけど、何故そこまで大事にしたのかがわからない」
「ん、少し長くなるけど……その『とある偉い人』は大戦期の英雄の一人にして『賢者』の異名を持つ人で、頭が良いだけでなく世界中のいろんな所に顔が利く人だったの。でもそのせいで国王様――人間族の国のね、つまりここの。その人から戦後の書類仕事を片っ端から押し付けられていたらしくてね……」
「……顔が利く、ね……」
多くの種族が手を取り合い戦った大戦、その戦後処理。勿論それも多くの種族間に跨るものになる訳で、そういう時にその『賢者』の名で書類にサインがされていれば効力は絶大、という事らしい。国王が認める程に。あるいは国王以上に。
国王以上ともなるとミサキでもにわかには信じ難い話だが、そこにも一応理由はあるらしくリオネーラが引き続き語り聞かせる。なおエミュリトスもこのあたりには詳しくないようで今では静かに聞き入る側だ。
「国王様は圧倒的な力を示して王になった人で、実際あの方に勝てる人なんて他の種族にもほとんどいないんだけど、それでもあくまで人間族の中の王という立場で見られるわ。反面、『賢者』はどこにも属せず知識を求めて世界中を渡り歩き、多くの種族と接点を持った。多くの種族から尊敬された。だから彼の名は『使える』の」
「……なるほど」
ディアンと似た経歴に聞こえるが、この世界にはこうして武者修行というか、一人でブラブラと旅をして己を高めようとする者は意外と多かったりする。
もっとも、誰もがディアンや『賢者』のように結果を残せるかと言われれば当然そんな事は無い。どこの世界でもソロプレイは茨の道なのだ。最低でも毎日トイレで食事が出来るくらいの精神力は無いと務まらない。
「大戦の時も数多の種族が手を取り合えたのは彼の功績が大きいのよ。ただ、そんな彼自身は強大な力を持ちながらも大戦に関わるつもりは最初は無かったらしくてね。国王様に乞われ、ひとつの条件と引き換えに協力関係になったという話」
「条件?」
「そう、条件。約束事とも言えるわね。そしてそれが「アホな話」って言った事と繋がるんだけど……何でもその条件とやらが『この国でひとつだけ好きな法を作っていい』というものだったらしいのよね」
「……嫌な予感がしてきた」
「うん……とにかく今すぐにでも休みたかった『賢者』は、その権利を使って強引にその日を国民皆の休日にしちゃったのよ」
「……………」
子供がワガママを権力で無理矢理通したようにしか見えないが、『賢者』ともあろう者がそれで良かったのだろうか。
いや、勿論休日を求めるのは人として当然だし、仕事ばかりで休めない環境は改善されるべきだし、休日を制定するのも悪い事ではない筈なのだが……せっかくの法律を作れる権利をこんな『その場の勢い』丸出しの使い方をすれば、そりゃ『ちょっとアホな話』になってしまうに決まっている。全てリオネーラの前置き通りだった。
「国王様も約束を守る事で有名だったからそれを聞き届けざるを得なくて、でも国民の現状が見えないような暗君でもなかったから強制まではせずに今に至る、というワケ」
「……いろんな意味でそれで良かったの? 国の皆はどう思ってるの? その『賢者』はどう思われていたの?」
「『賢者』があくまで協力者である事は大戦期から公言されていたからね、書類仕事を押し付けられている事に同情はしていたわ。彼に押し付けるのが最善だと判断した国王様の考えにも理解を示してはいたけど」
嫌な予感が的中してしまったショックでつい畳み掛けるように質問してしまったが、話を聞く限りだと当時の人達はとても冷静だったようだ。そんな冷静な人達が新しい法律に対してどんな反応をするか、予想するのは難しい事ではない。
「……そんな人達なら、実質的に一部の人の為だけの法といえども静かに受け入れそう」
「『賢者』のお茶目さに驚いた人は多かったみたいだけど、休日制度に関してはそうね。『賢者』がそこで声を上げたからこそ、彼がいなくなってから似たような書類仕事をしている偉い人が休日に休む事に対しても否定意見は皆無らしいわ」
「…………え、いなくなった?」
フツーの事のように言われたが、いや実際常識なのだろうが、それでも事情を知らない部外者としては聞き返さざるを得ない。あまりにもフツーに言われたので一瞬聞き逃しかけたが。
「あ、うん。休日制度が制定されて少しして、戦後処理がほとんど終わったあたりで姿を消しちゃったらしいの。元々知識を求めて世界中を旅していた人だから、あるべき姿に戻っただけとも言えるけど……それ以来目撃情報がまるで無いらしくて、ちょっと気になる話よね」
「……誰も探そうとはしていないの?」
「弟子入り希望者は探し回ってるらしいわ。国王様はこれ以上彼を縛り付けるつもりはないらしくて、「放っておいてやれ」って言ってたけど。死期を悟って姿を消したーなんてウワサも流れてるくらいで、好きにさせておいてあげようって人がほとんどみたい」
「そう……」
返事はそっけないが、それでいいとミサキも思っている。リオネーラと同様、その後の行方は気になるところではあるが……探し出そうとまでするのは、やはり違うと思うのだ。
当時の事はわからないが国王や大半の国民もそう思っているらしいし、感情を抜きにしてひとつの国として政治的に見てもここまで『情け』をかけられた相手を追う事は出来まい。
(上手いやり方だ。もっと理不尽な法を作る事も出来ただろうに、こんな実質的に無害な法を置き土産にするなんて)
『賢者』の好きに法律を作れる権利は戦争に協力した見返りなのだから、もっととんでもない事を求められていてもおかしくはなかった。国としても何を吹っかけられるか戦々恐々していた筈であり、しかし同時に誠意をもってその要求には応えるつもりだった筈なのだ。
それがこんなアホな――国に情けをかけたかのような無害な――法律になった。戦後の書類整理にまでこき使ったにも関わらず、だ。そんな優しい相手をこれ以上縛りつければ国内外から非難の嵐に晒されるのは想像に難くない。相手は名の売れた人なのだから尚更。
恩を売り、確実な自由を買う。それも一見するとアホな笑い話のような形で。最初こそそのまんまのアホな話だと考えたが、ここまで計算していたとすると『賢者』という人はその名に恥じないしたたかな人物だったのかもしれないな、とミサキは評価を改めていた。……まぁ、もしかしたらそのまんまのアホな話の可能性も勿論あるのだが。
(……会ってみたかったな)
そんな偉い人に会えたところで向こうが相手してくれるかはわからないが、もし話が出来れば得る物は多かっただろう。でも恐らくそれはもう叶わない。その事実にミサキは少ししんみりしつつ、しかし表情には出さず最後の質問をする。
「……ちなみに、その『賢者』の種族は?」
「国王様と同じで人間族と言われてるわ。人間族は魔力ではエルフ系の種に劣り、フィジカルでは獣人やドワーフに劣る、ってよく言われるけどそんなことないわよね。やっぱり努力次第でどうとでもなるのよ、ふふっ」
勿論ハーフエルフも『エルフ系の種』に含まれ、つまり当然のようにハーフエルフも人間族より魔力に長けている訳だが……そんなハーフエルフのリオネーラは実に嬉しそうに語るのだった。
サーナスがまるで一週間が7日のようなおかしな事を言っていたので36部分もひそかに修正しました




