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お米食べろ!




 ――そんなこんなで訪れた初めての休日の朝。しかし三人は昨日と変わらず早朝からランニングをしていた。


「それじゃ、休みだし一時間くらい走りましょうか」

「うん」

「了解です!」


 何をするにも基礎体力は大事である。それを思い知ったミサキが自主トレをしない理由は無いし、エミュリトスがミサキについて行かない理由も無い。リオネーラについては言うまでもないだろう。



~~~ 一時間後 ~~~



「――――――」


「せ、センパイ? 生きてます?」

「――――ギリギリ……」

「また無茶なペースで走るからよ……」


 昨日の今日で体力がめっちゃ付く訳がないのもまた、言うまでもない事である。





 寮の朝食はそこまで量は多くない。メニューは日によって少し変わり、パンと何かしらの卵料理が一品、そしてスープが日によってあったり無かったり、といった具合だ。

 今日はパンはトーストで、卵料理はサニーサイドアップ(目玉焼き)。スープは残念ながらついてこなかった。その代わりなのか、トーストに塗るものをジャムやバター等、いくつかの中から選べるようだったが……


(……あまり食欲が……)


 朝から無謀な運動をした結果内臓まで疲れ果てていたミサキは、それらをしばらくボーっと眺めているのだった。

 勿論、共に食卓に座る友人二人も事情は理解している。加えて今日が休日であるという事もありミサキを急かしはしないのだが、だからといってミサキを置いて黙々と食べるのもどこか空気が悪い。雑談を挟んでペースを落とそう、とリオネーラは考え、思いつくまま口を開いた。


「そういえば、ミサキの居た所ってどんな朝食を食べてたの?」


 その何気ない質問が、ミサキの心に深い影を落とす事になるとは知らずに……。


「……主食はお米」

「……へぇ、珍しいもの食べてるのね」


 リオネーラの返事に少し間があり、しかもその間と同時にエミュリトスが素早く周囲を見渡し警戒していた。それだけでミサキもちょっと危ない発言をしてしまった事は察する。

 運良く周囲に聞いていそうな人はいなかったし、実際問題危ないといってもそこまで極端に危ない発言ではなかった事は救いだった。


「……どういう事か聞いても大丈夫?」

「あたしもちょっと迂闊だったわ。でも大丈夫よ、そのままの意味だから。お米って育つ地域が限られていて希少なのよ。水が豊富で暖かい亜熱帯地方で主に育つでしょ?」

「うん」


 日本はその条件にピッタリ当て嵌まっている訳ではないが、海外ではそういう地域の米が多いと聞いていたミサキは素直に頷く。


「そういう地域で人が住める所って意外と無いのよ。大抵の所で成長して意志を持った巨大植物がウネウネしててね、人の侵入を拒むから」


 ファンタジー風に言えば『大樹の化け物』や『異常成長した植物』ってやつである。動かない樹を切り倒して開拓すれば最悪何とかなった前世とは違い、この世界にはそういった障害もあるのだ。


「それは……強そう」

「そう、その通り強いのよあいつら! 中身のギッシリ詰まったとんでもない質量のムチが高速で迫ってくるのよ? 岩をも砕くその攻撃には鎧も意味を成さないと言われているわ。植物だからと軽く見て返り討ちに遭ったハンターは数知れず。よって人はあいつらの居るエリアにはなかなか近づけないのよねぇ」


 強さを語るリオネーラは少し楽しそうである。ミサキの「強そう」とかいう小学生並みの雑なコメントにもテンション高めの怒涛のトークで返すくらいには楽しそうである。強い強いと言ってはいるが、本人も負けるつもりは無いのだろう。

 ミサキはそんなリオネーラを微笑ましく思う(表情には出ないけど)と同時に、そうやって楽しめる強さを羨ましくも思う。早く強くなりたい、その想いは変わらない。


「ってわけで、稲が育つ場所のうち人が住めているのはここからしばらく南東に行った所にある女神教の本拠地、ライズコメットという街くらいなのよ」

「……女神教の?」

「そ。一番大きい教会があるらしいわ。周囲に巨大植物が一切居ないのも女神様の加護だとかなんとか」

「………」

「で、お米の流通はその街の中でほとんど完結していて他では滅多に食べられない。だから珍しいの。まぁ行けば食べられるからそこまで不自然な事でもないわ。高いけどね……」

「………そう。ありがとう」


 リオネーラの説明には納得し気遣いにも感謝したミサキだったが、あの現代日本に詳しい女神、それを崇める宗教の本拠地で()()米が食べられないという『偶然』にはどことなくキナ臭いものを感じてもいた。


(……とはいえ、偶然でもおかしくはない。本当に偶然ならそれでいい。それに、偶然ではなく何かしらの意図が絡んでいるとしても、今はまだ情報が足りないから何もわからない……)


 米と女神教に何か関係があるとしても、何が『先』に在ったのか、それがわからない事には意図も読めはしないのだ。

 たまたま人が住める所があり、そこに米を食する女神教が生まれたのか。それとも先に女神教があり、そこに稲があって巨大植物が居ないから女神教の本拠地になったのか。もしくは女神教が本拠地としたからこそ稲が生え、植物が寄り付かなくなったのか。

 その地の歴史、あるいは女神教の成り立ちを知らなければ答えも出せない。そしてそれらは朝食の時間だけで学べるものには到底思えない為、ミサキはそれ以上の思考をやめる事にした。


(別に急いで知る必要も無いし、いざとなれば本人に聞けばいいか)


 女神に聞くとしても呼び出しに応えてくれるかは向こうの意思次第だが、常にこちらを見ている女神が応えなかったならそれは答えないという事。答えたくないのか答えられないのかはわからなくとも、『都合が悪いから答えない』という事実はそれだけで判断材料――情報になる。

 あくまでいざとなった時の最終手段ではあるが、どう転んでも情報が得られる事が確定していると考えればだいぶ気は楽になる。それこそ急ぎの用でもないのだし。


(……それよりも朝ご飯の方を急がないと)


 気持ちを切り替えてトーストを手に取り、齧る。

 カリッと音がする程度に焼かれたパンは、話の流れで米の味を懐かしみつつあった気持ちを吹き飛ばしてくれる程度には美味しかった。元日本人だがもうしばらくは米を食べずとも生きていけるだろう。もうしばらくは。




「すいませーん、パンのおかわりあります?」


 ちなみにずっと黙っていたエミュリトスはしれっとトースト二枚目に突入しようとしていた。






 ……で、結局何がミサキの心に深い影を落としたのかと言うと、


「……私の所では主食の他に、スープとしてお味噌汁っていうのがあったんだけど……味噌って知ってる?」

「ミソ? 聞いた事も無いわね……エミュリトスは?」

「わたしもさっぱり……」

「そう……」


 米は遠出しないと食べられず、味噌汁に至っては存在すらしない。そんな事実にショックを受けていただけだったりする。

 だけ、とは言うけど日本人にとっては重要すぎる問題なので仕方ない。仕方ないったら仕方ない。



久しぶりの更新の後に言う事ではないかもしれませんが、お盆があるので次の更新も遅れるかもしれません。申し訳ありません

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