勉強中毒
前回のあらすじ:2点バースト舌打ち
「まァなんだ、俺は魔物の事を先に報告しに行かねばならん、優先度的にな。そしたらしばらく帰って来れんだろうからなァ、今回だけは特別にこの場で金も渡しておいてやる。ほらよ」
「おっと――」
いきなり指でピンッと弾いて渡された大きな硬貨一枚をミサキは上手くキャッチし――ようとしてスカり、硬貨はそのままリオネーラの頭に命中した。
「「あっ……」」
「………」
何故そんな位置関係なのかというとこの長々としたやり取りの最中も相変わらずミサキはリオネーラに背負われたままだったからだ。こんな長時間身体を張っているのにその報酬がドタマに硬貨の直撃というのは流石に可哀想を通り越して泣けてくる。
「……いたい」
「ご、ごめん、リオネーラ。上手くキャッチ出来なかった……本当にごめん」
普段焦りを表に出さないミサキでも今回は全力で土下座である。背負われているので気分だけだが。
「いや、別にミサキを責めてる訳じゃないけど――」
「……俺はちゃんと取りやすい高さで飛ばしたぞ?」
こちらは全力で責任回避する大人の図である。汚いなさすが大人きたない。
もっとも言っている事は後ろでエミュリトスがひそかに頬を膨らませている程度にはわかりやすい子供の言い訳なのだが。しかしミサキとしても反応が遅れた自覚はあったので反論は出来ない。
あえて双方をフォローするならば、丁寧に金銭のやり取りをする世界で育ったミサキはこんな雑に報酬を渡されるとは思っておらず反応が遅れ、逆に現地人のボッツからすればこんなのは割とよくある事だしむしろ戦闘教官としてこの程度にはしっかり反応してもらわないと困る、といったところか。
まぁそんな事はどうでもいいのだ。今大事なのは善意でそこにいただけなのに完全なるとばっちりで被害を受けたリオネーラに対するフォローの方だから。
行動を起こさないといけない。ずっと考えていた事を行動に移すなら今しかない。思い立ったミサキは身をよじってリオネーラの背中から降り、硬貨を拾い、軽く汚れを払い落とした後に――突き出した。
「……リオネーラ、このお金はリオネーラが受け取って」
「……えっ?」
「今日も迷惑をかけっ放しだったから。お金でその借りを返そうって意味ではないけど、功労者のリオネーラを差し置いて受け取るのは私が嫌」
「い、嫌ってあのねぇ……っていうかさっきも言ったけど別にあたし怒ってないわよ?」
コミュ力に長けるリオネーラはミサキの言う「迷惑」にたった今の出来事が多分に含まれている事にも気づいていた。そして怒っていないのも事実だ。彼女はミサキが異世界人である事を知っており、この世界に不慣れ故のミスをする事なんてとっくに織り込んだ上で彼女と親友をやっているのだから。
「そう? それなら良かった。でも受け取って」
「……変な所で強引よねぇ、ミサキって……」
「……筋の通らない事はしたくないし、今言った事も本心だから。仕方ない」
「はぁ。仕方ないなら仕方ないか……」
……織り込んでいるというか割り切っているというか、いろいろ諦めているだけのような気がしないでもないが。とにかくそんな感じでリオネーラはやれやれ気味にミサキから硬貨を受け取った。
「でもちゃんと後で三等分するからね。全員で成し遂げたクエストには違いないんだから。あたしの受け取ったお金なんだからどう使おうと文句は言わせないわよ」
「……リオネーラも充分強引」
「あ、あの、わたしもですか? わたし今回特に何もしてませんけど……」
「あたしが動かなかったらエミュリトスが動いてたでしょ。それにミサキの世話もしてくれたし、何もしなかったなんて事はないわ」
「センパイのお世話は後輩として当然の事ですし……でもそういう事ならありがとうございます」
「………」
なんかこう、自分の世話について真面目な顔で話し合っている親友二人を見ると開き直っている筈のミサキとしても若干、いやだいぶ情けなくなってくるのだが残念ながら事実だし、っていうか実際二人が居なかったらどうなっていたかを想像出来ないミサキでもないので黙るしかない。黙って感謝しつつ、情けなさを糧に強くなるしかないのだ。
なお若干の情けなさを感じているのはボッツも同様である。いくら性格がアレだとはいえ、二人に助けられ、その上でそんな二人の人の良いやり取りを見て何も思わない訳ではない。彼はもう一枚硬貨を取り出し、先程と同じ様にミサキに向けてトスした。……今度はミサキもちゃんとキャッチした。
「……どうしても三人で分けるってんならちっとくらい多めに渡しといてやるよ。今日は世話かけたな」
「……良いんですか?」
「ああ。二度言わせるな」
「……では、確かに受け取りました。それと本日は貴重な体験をさせていただきありがとうございました」
何はともあれ予定通りに予定以上の報酬を受け取ったミサキは礼儀正しく頭を下げる。……返ってきた答えにまたすぐ頭を上げる事になるのだが。
「おう。明日は休日だ、しっかり身体を休めとけよ」
「…………きゅーじつ?」
「――そ、そうよミサキ、明日はみんなで遊びましょう。では先生、お先に失礼しますっ!」
ミサキが首を傾げようとした気配を察し、リオネーラは強引に話を打ち切りその手を引いて走り去っていった。
もしかしたらミサキは休日を知らないのではないか、前の世界はそんな所だったんじゃないか――そんな疑惑が浮かんだからだ。ミサキが常識知らずである事をあまり露呈させるべきではない。彼女は常にそう気を配り、気を揉んでいる。
勿論実際は休日という言葉自体はミサキも知っている。しかし知っているからこそ子細の確認の為に聞き返すつもりであり、それは結果的にボッツからの常識知らず扱いを招いた事だろう。想定とは少し違ったがリオネーラの咄嗟の判断自体は正解だった。
「……どうしたんだ、ありゃあ」
常識知らずの友達を持つと常識人はフォローに苦労するという話である。異世界人であるミサキに罪がないのがまたもどかしいタイプの苦労である。
まぁ、それはさておき――
(……どうやら明日は休日だったらしい)
異世界に来てから初の休日。心躍るオフの日。前世で言えば学生も社会人も皆この日を楽しみに毎日を生きていると言える、この上なく大切な日。
当然、ミサキも例外ではなく――
(……困ったな。一刻も早くこの世界に慣れないといけないのに。休んでる暇なんてないのに。どうしよう、何をしようか……)
ガッツリ例外だった。
ボッツ先生が変な事を言っていたので合わせて66部分も修正しました。ちょっと前に密かにしておきました。
あと今回でこの章は終わりですが書き溜めもまた尽きたので次回更新までには少し時間をいただきます、ご了承ください




