筋肉いぇいいぇい
◆
帰り道では皆が優しかった。
「センパイ、まだお水要ります?」
「……大丈夫、ありがとう」
リオネーラは何も言わずミサキを背負って歩き、エミュリトスは魔法で水を出したりして献身的に世話をし、性格の悪いボッツでさえ先程の件には完全ノータッチで先を行っている。おそらくこの世界に転生してから一番優しくしてもらっている時間だろう。
なお、当のミサキはリバースも人体の自然な反応としか考えていないので別に触れてくれても構わないと思っているのだが……まぁ、やっぱり周囲から見れば大事だし、気を遣ってしまうものなので仕方ない。
「リオネーラも……もう歩けるから下ろして」
「手を引くか背負うかの違いしかないんだし気にしなくていいわよ。ミサキがもっと重かったら別だけど、軽いんだから黙って甘えなさい」
「…………ありがとう」
あっさり言ってのけながらも有無を言わせないあたりにリオネーラのお人良しっぷりや世話慣れっぷりが伺える。
もっとも、相手が日頃から何かと世話を焼いているミサキだからこそ有無を言わせない言い方が気軽に出来た、という面も多少あるのかもしれないが。
そして、本来なら一番ミサキをイジってきそうなボッツはと言うと――
「………」
先導しながらも何か考え込んでいるようで、首を捻りながらしばらく無言のまま歩き続けている。
ミサキが逆流する原因となった魔物の吐瀉物(便宜上そう呼ぶ)、それに「一切触れるな」と指示してから彼は何も言葉を発していない。よって実はこのまま帰ったその後どうすればいいのかはわからない。そもそも本当に帰っているのかすら正確にはわからなかったりする。来た道を戻っているからその筈ではあるのだが。
「……ボッツ先生、あの……」
「……………」
問題児の呼びかけにも反応を示さない。相当である。
「……まぁいいか。別に急ぐ用でもない――」
「センパイから呼びかけて貰えてるのに無視とは……何と勿体無いことを。センパイという高次の存在がわたし達下々の民に声を掛けてくれるなんて百年に一度有るか無いかだというのに……やはり下品な筋肉を持つ人の考えはわかりませんね」
「………」
後輩がもはや狂信者みたいになっとる。ツッコむのすらめんどくさい。
「ツッコミ所が多すぎるわねぇ……」
リオネーラも同じような感想だったのでここはスルーが正解なのだろう、とミサキは判断した。しかし全てをスルーする訳でもなく、気になっている部分だけは尋ねておく。スルーするのはツッコミだけだ。
「……エミュリトスさん、前にも下品な筋肉って言ってたけど、ドワーフは筋肉にこだわりがあったりするの?」
「せ、センパイが下々の者たるわたしに呼びかけてくれている……!?」
「それはもういいから」
「あ、はい、すいません。ええとですね、こだわりと言うよりは好きな筋肉と嫌いな筋肉がある感じでしょうか」
「……つまり、ドワーフ族の筋肉とボッツ先生の筋肉は何かが違うの?」
「そうですね、大きな違いが一つあります。ドワーフの筋肉は使うものですが、先生の筋肉は見せるものですね、あれは」
「……そう…なの?」
言葉をそのまま受け取るならスポーツ選手とボディビルダーの違い、みたいな意味だろうか。
筋肉に明るくないミサキには見た目の違いなんて到底わからないし、そもそも伝説の鬼教官たるボッツの筋肉が見せ物だと言われてもまるでピンと来ないのだが……そのあたりはリオネーラがしっかりフォローを入れてくれる。
「先生はレベルが高いだけあって全体的に筋肉質なんだけど、よく見ると下半身より上半身に偏ってるのよ。多分一線を退いて教官という立場になってからも目立つ上半身だけは鍛えてたんだと思うわ。それこそ見せる為に、ね」
「それは……教官の威厳を示し、部下に舐められないように?」
「たぶんね。でもそういう『見せる』為の筋肉を恐らくドワーフは嫌うのよ。ドワーフは筋肉を鍛える暇があれば武器を鍛える職人気質の種族。彼らの筋肉は鍛治に必要だから必然的に付いた物に過ぎない。他者を威圧する為に付けた筋肉、しかもそれが偏ってるとなると――」
「下品、というわけです。流石リオネーラさんですね」
「……なるほど。一応理解はした、けど……」
理解はしたが、ミサキにはそれはもう単なる価値観の違いの問題にしか思えなかった。筋肉は何かに使ってこそ、というドワーフの考え方も理解出来るが、ボッツのやり方も事情が事情なので間違っている訳ではない。
仮にそういった事情のない純粋なボディビルダーがこの世界に居たとしてもミサキは否定しないだろう。それどころかそうやって自分の好きな事に一途に打ち込む人の事を彼女は好みさえする。それに見せる為の筋肉でも筋肉には違いないのだから実用性もある筈であり、つまりドワーフ側から見れば歩み寄る余地も有る筈なのだ。
なのにそれをしない。それは何故か。……理屈ではわかっていても感情がついていかない程度に嫌いだから、と考えるのが自然だろう。
そう、これは単なる好き嫌いの問題。ミサキは両方を好むが、人によってはどちらか片方しか受け入れられない、そういう好みの問題。例えるならば……唐揚げにレモンをかけるか否か、みたいな感じだ。きのことたけのこでも可。
(まぁ、好みの問題だという自覚はあるのかな。一応ボッツ先生に面と向かって「下品な筋肉」と言った所は見ていないし。なら私から言う事は特に無いか……)
筋肉ダルマとまでは言っちゃってるけど一応ミサキの推測通り、エミュリトスにも自覚はあったりする。彼女もそこまで分別のない性格ではないのだ。口は滑りやすいけど分別はあるのだ。例えばつい今しがた、ミサキがどこか物言いたげな感じで言葉を切って思考に耽った事に不安を覚える程度には。
「あ、あのっ! 下品とまで言っちゃうのはわたしが個人的にどちらかといえば細めの筋肉が好きだからかもしれなくて……その、ドワーフ全体がそこまで敵視している訳ではありませんから! そもそも嫌ってると言っても仲良く出来ない程ではないですから!」
「……ん、そう。大丈夫、そんな気はしてたから」
好みの問題だろうとは予想していたし、ドワーフの技術が人の文化に浸透している――その程度には他種族と仲良くしている――事もリオネーラから聞いて知っている。よって大した問題では無い。
「……仲良く出来てるなら何も問題ないと私は思う。エミュリトスさんの好みも否定するつもりは無い」
「そ、そうですか、良かった。じゃあセンパイも出来れば細めの筋肉を目指してくださいね! いや勿論変な筋肉が付いてもそれだけでセンパイを嫌いにはなりませんが!」
「えっ…………うん」
筋肉の付け方に注文をつけられた事に少し戸惑うも、ボッツのような筋肉をつけた自分の姿をミサキは想像出来なかったので少し間を空けつつも頷いた。
一方で細めの筋肉というのはまだいくらか想像しやすい。同性で身長も近くその動きも何度も見てきた、わかりやすく参考になりそうな子がすぐ近くにいるからだ。ずっと背負ってもらっているので比喩ではなく文字通りすぐ近くに。
「……リオネーラの筋肉はエミュリトスさんから見てどう?」
「そうですね、実にベストなバランスで筋肉が付いている理想のカラダだと思いますよ。今こうしてセンパイを背負っているのでわかりやすいと思いますが、体の中心がまるでブレないのは当然として、動かしているのも最低限の筋肉だけなんですよ。もうすごい。もう完璧」
「……筋肉に無駄な動きが無い、と。どのあたりを見ればわかりやすい?」
「センパイから見えそうな範囲だとこのあたりですかね、何なら触ってみてもいいですよ」
「どれどれ」
「――って触らせるかー! 何勝手に許可出してんのよ! 間近でジロジロ見られてる視線を感じるだけでも恥ずかしいのに触らせるワケないでしょうが!」
魂の叫びと共にリオネーラは飛び退いた。自身の身体を庇うように抱きつつ飛び退いた。……背負われていたミサキは当然そのまま尻から落下した。
「…………尾てい骨がすごく痛い」
「あっ、ご、ごめんねミサキ――ってこれあたしが悪いの? いや手を離したのは確かにあたしだけども」
「大丈夫、悪いのは悪ノリしすぎた私。ごめん、リオネーラ」
実際は無許可で触るつもりまではなかったが、嫌がられてしまった以上は同じ事だ。素直に謝る。
「わたしもテンション上げすぎました、ごめんなさい」
ミサキの横で回復魔法を使っているエミュリトスも頭を下げてきたのでリオネーラとしてもこれ以上は怒れない。そもそも怒りより恥ずかしさが勝っての行動だったので尚更だ。
よって彼女は「ま、まぁ筋肉を褒められた事自体は悪い気しなかったからいいけど!」とツンデレじみた台詞で見事に場の空気を取り持った。実際彼女はそれなりに女の子らしさに気を配りつつも同時に強くなる為の筋肉を必死に鍛えてきた身の上なので、そこを評価されればそりゃツンデレるってもんである。
ブクマと評価が増えてきておりますありがとうございますいぇいいぇい




