シリーズ6作目あたりで錠剤になるやつ
前回のあらすじ:オレサマ マモノ マルカジラナイ
「まァなんだ、肝心の答えだが……エミュリトスが近いといえば近い、さっきも言った通り『利用』までは考えてねぇがな。奴等を効率的に狩る、あるいは迎撃する際に活かす為に生態を研究している段階だ、今は」
「研究という意味ではわたし大体正解じゃないですかー」
「まだまだ研究は始まったばかりの段階だって事はしっかり理解しておいてもらう必要があるんだよ。一番慎重にならねぇといけねぇ時期なんだ」
故にこのような隅っこのエリアで檻に入れられている、という事なのだろう。安全第一という訳であり、エミュリトスの言った様な無謀な研究をする余裕は無いのだ。
もっとも、慎重すぎてもそれはそれでコソコソと胡散臭い事をやっていると思われてしまうデメリットもあるのだが。教師陣もその辺りのバランスには頭を悩ませているらしい。
「研究自体は別に隠すような事ではないが、学院としてはわざわざ吹聴する事でもない、というスタンスな訳だ、今はな。お前らに見せたのはまァ特別っちゃあ特別だ」
時期を見計らって明かすつもりという事だろう。そんな中で一歩先に見せて貰えるのは特別といえば特別ではあるが、結局いつかは明かす以上そこまで極端に特別でもない微妙な所と言える。とはいえ特別には違いなく、ミサキは自身がボッツにそんな扱いをして貰える事に戸惑い半分、喜び半分で尋ねる。
「……という事は私達は信用されていると考えて良いと?」
「そうだな信用してるぞ、クラス長もエミュリトスも」
「質問したのは私なのですが」
「………」
「………」
「……逆に聞くが、お前は自分が信用されるような事を成した覚えがあるか?」
「………………」
そう歯に衣着せず言われるとなんというか、こう、普通につらい。
「ちょっと! 先生がいくら先生だからってセンパイに対して言っていい事と悪い事がありますよ! センパイなんですから!!」
「あァ? 先輩っつーのも生徒だろうが……俺も詳しくは知らなかったけどよ、教師の方が立場は上だろ」
「立場が上だろうと何だろうとダメですー! 美しく可憐なセンパイに対して先生は所詮筋肉ダル――むごっ」
「……エミュリトスさん、怒ってくれるのは嬉しいけどそこまでで」
後ろから身を乗り出して抗議する後輩の口をギリギリ塞ぐ。いや相変わらずギリギリアウトな気もするが。少なくともどんな暴言を吐こうとしたかは予想がつくあたりアウトだが。
しかしボッツはそれに怒るより先に皆の顔を見渡し――主にリオネーラの顔を見た後、溜息を吐いて両手を挙げた。
「あーあーわかったわかった、俺が悪かった。こいつの事も一応信用してやるよ。……ったく、話が進みやしねぇ」
前回(サーナスとの決闘時)はエミュリトスの暴言を止めていたリオネーラ。しかし彼女は今回は口を挟まず何もせず……正面からのみ伺えるその表情には隠しきれなかった不快感がうっすらとあらわになっていた。
ミサキ絡みの事だと大抵後輩が先にブチギレてしまうが、リオネーラとて感情的な少女だ。親友を貶されて良い気分をしている筈が無く、そしてそんな友情をボッツは否定しないので彼には折れる道しか残されていなかった、という訳である。
あと単純に、キレたエミュリトスとの口論はとにかく理不尽で面倒臭いばかりで何も良い事が無い。ボッツの戦士としての本能は二度目にしてそれをちゃんと察していたのだった。
そんなこんなで空気の悪さが無くなった所でミサキはボッツに軽く礼を言い、率先して話を進める。
「……それでボッツ先生、私はあの魔物を見ておけばいいんですか?」
「ああ。魔物は他の生き物を見つけるや否や迷い無く敵意を――殺気を向けてくる。ついこの前までレベル1だったお前は殺気を受けた事も無いだろ? 模擬戦も授業である以上は殺気なんてなかなか学べんからな、ここで体験しておけ」
「……わかりました」
平和な世界で育ち、今も学校という安全の保証された場所に居るミサキにとってそれは確実に必要な経験と言える。彼女は素直に頷いた。
が、どうやら今すぐにという意味ではないようで。
「だがまァ近づくのはもう少し待て。せっかくこれだけ人手があるんだ、先に建前上のクエストを済ませちまおう」
四人の周囲、一面に生い茂る背の低いカラフルな草を見渡しながらボッツが説明する。
「薬草の採取だ。ディアンに習ったと思うが緑の薬草は怪我を癒す効果があり、青の薬草には毒を消す効果がある。木の実等の他の植物にも同様の効果を持つ物はあるが、体力回復と毒消し効果については薬草かそれを調合した薬を使うのが一番効果が高い。ついでに採取もしやすい為、当然これが主流になる」
「……毒、ですか」
「おう。毒は一番有名で一番危険な状態異常だが、それ故に一番対処法も確立されている。並の毒ならこの青の薬草で一発だし、強い毒もこいつから作れる毒消し薬で全部治る。これまでの毒研究の賜物だな」
平和な世界で育ち、今も学校という安全の保証された場所に居るミサキにとって毒は完全に未知のものであり恐ろしいものだったのだが、そういう事なら多少は安心していいのだろう。
危険と隣り合わせの世界でずっと戦い続けてきた人々の努力と叡智の結晶。なんと頼もしい事だろうか。
「ちなみに黄色は他の大体の状態異常に気休め程度に効く」
「……急に頼りなくなった」
「いやいや、これはこれで凄ぇ事なんだぞ? 状態異常の原因は様々だ。にもかかわらずこれひとつで気休め程度とはいえ効果が出るという事は、ゆくゆくはこいつから万能薬を作れる可能性があるという事なんだからな」
「ふむ……万能薬、いい響きですね。それがあればきっと多くの人が助かる……」
「まァ今は可能性止まりだからな、お前の言う通りコイツ単体では頼りねぇ草に過ぎねぇのは確かだ。こんなんじゃ誰も救えはしねぇよ、はっはっは」
「………」
何を笑ってるのかは知らんが台無しやんけ。
「という訳で今はまだ他の状態異常に対してはコイツより他の植物か薬を使った方が手っ取り早い。そのあたりも追々ディアンが教えてくれるだろう。アイツはプロのサバイバリストだ、生きる為の知識で右に出る者はいねぇ。俺だって一通り頭に叩き込んではいるが、実績のあるアイツには勝てる気がしない」
「実績……というと、あの二つ名に関係が? 『赤の癒し手』でしたっけ」
「やっぱりお前は知らんか。だが正解だ。数多の回復・治癒魔法を極め、それでいて薬学の知識にも隙は無く、たった一人で世界のあちこちを彷徨いながら種族問わず数え切れぬ命を救ってきた……そんな化け物がアイツだよ」
「………」
化け物。言い方は悪いものの、そう形容されるのも必然だ。
多くの人を救ったから、ではない。たった一人で世界中を巡り歩いて生き延び、種族問わず多くの人を救ったから、だ。その行いにどれだけの知識と装備と実力、判断力、そして精神力が必要なのか……ミサキには想像も出来なかった。
数え切れぬ程の他人を助ける余裕すら持つ、何時いかなる場所でも自分の身を完璧に守れる存在。何を相手にしても、何が起きても必ず生き残る存在。それは確かにサバイバルのプロ……化け物の如きサバイバリストと言えよう。
(平和な前世ではサバイバリストはどちらかといえば『まだ見ぬ脅威に対抗できるよう日頃から備えている人』だと聞いたけど……危険と隣り合わせのこの世界では『既知のいかなる脅威にも対抗できるよう日頃から備えている人』という意味になるのか)
『癒し手』と呼ばれてはいるもののそんなものは彼女の本質に付随しているオマケに過ぎず、真に恐るべきは彼女の生存能力。癒し手と呼ばれるだけの実績を残せたのも、全てはその生存能力が人並み外れていたからに他ならない。
(リオネーラの『負けない強さ』にも憧れるけど、ディアン先生の『死なない強さ』にも憧れるな……)
どちらも等しく人助けに繋がる強さであり、ミサキの理想とする姿である。憧れない理由は無かった。
そして、憧れを自覚したなら彼女は悩む事は無い。
(学んで、追いつく。二人に。それ以外の道は無い)
相変わらずこういう所は野心に溢れ、強欲で貪欲な少女である。




