依頼書を出す:コマンド 4タメ6+P
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――とまぁ、そんなこんなで一緒に居たいという思いを互いに強めている事を確認し合った三人であったが……そういう時にこそ障害が立ちはだかるのもまた世の常なのである。
「おい魔人、今日もクエスト受けるんだろう? 指名クエストだ、一緒に来い」
放課後になるや否や速攻でボッツに呼ばれるミサキ。何かをしようとした所を呼び止められた訳ではなく明確に目的を持って呼ばれたのだ、完全に先手を打たれた形になっており無視は出来ない。いくらボッツ絡みのイベントが多くて辟易してるとしても。
ぶっちゃけ全く嬉しいイベントではないが意味深なイベントではある。彼女はとりあえず疑問を返す事にした。
「……指名クエスト、ですか?」
「……これは意味を聞かれてんのか? 名称から想像付くとは思うが名指しで依頼されたクエストの事だ。依頼主が個人だったり小さめの組織だったりする場合は信用の置ける奴を指名する事がちょくちょくあり、ギルド等の大きな組織の場合は実力や仕事ぶりを鑑みて指名する事が稀にある。報酬も多かったりするがそれを抜きにしても指名される時点でハンターとしての誉れだと思え」
「……おー」
実際に名称から大体想像は付いていたが見事な説明になんとなく拍手までしてしまう。ぱちぱち。
しかしボッツは全然嬉しそうではない。ミサキもボッツに微笑ましい反応を期待する程トチ狂ってはいないが。
「……それで、ボッツ先生は私を指名すると? 私は誇ればいいんですか?」
「むしろ泣いて喜べ。このクエストは大した報酬も出ない時間外の個人授業だ。特別メニューって奴だな」
「………指名クエストというのは断る事は出来ますか?」
「『俺のクエスト』が断れる訳がないだろう?」
「………」
答えになってない答えだがとりあえず有無を言わせる気がないのは伝わってきた。立場的にも従うしかないのだろうが、それでもミサキはもう一度だけ抗議する。己の筋を通すために。
「ありがたい話ですが――」
軽く後ろを振り返れば、予想通りの二人の姿。
片方は心配そうな、もう片方は事情次第ではボッツにも噛みつきかねない目をしている。だからこそ言わねばならない。
「一人で受けろと言われるのでしたら、少し話し合う時間を下さい。私達は可能な限り共に過ごすと約束したので」
個人授業とボッツは言った。という事は定員は一人だろう。しかしそこまで理解出来ていても即座に頷く事が出来ないだけの理由がこちらにはある――という訴えである。
面と向かってNOを突きつけた後に落とし所を探してもいいのだが、相手の立場を尊重するなら正面からのぶつかり合いは避けるのが得策だ。ボッツの事は教師としてならミサキも心から尊敬している、筋を通すにしてもそちらに対する礼を欠く訳にはいかなかった。
(ほう……?)
礼と義を重んじつつも筋を通し約束を守りたがる、そんなミサキの胸中をボッツは察し――てはいない。この世界の人間は基本的にもっと自分本位である。が、ミサキのその言葉に目を丸くはした。胸を張ってそう言えるだけの相手が彼女に出来た事は教師として嬉しかったのだ。
「……あー、なんだ、報酬は一人分しか出せんが……三人一緒が良いならそれでも構わんぞ」
という訳で彼は意外とあっさり折れた。もしかしたらこれもデレ要素なのかもしれない。そう考えるとなんか嫌だが。
ともかく、ボッツがここまであっさり折れたのはミサキにとっても予想外な反応である。
「……嬉しいですが、良いんですか?」
「依頼主が納得してりゃそれでいいんだよ。勿論ギルドみてぇな組織が依頼主ならそう簡単には覆らないだろうが、今回は俺個人が依頼主だしそもそも学院公認クエストだから多少ならユルくても構わんのさ」
「その言い方はどうかと……」
「それに何より――」
少しタメた後、ドヤ顔で何処からか取り出した紙をヒラヒラと見せつける。
「――実は依頼書はまだ白紙だ」
「………」
つまり、いつも通り思いつきでの行動という事である。
◆
ボッツの放り投げた白紙の依頼書を受け取ったクエスト受付の女性は「え? え??」と目に見えて戸惑っていた。ちなみに彼女は生徒達にとっては初めて見る顔であり、というかボッツにとっても今日会ったばかりの人であり、要するにクエスト受付の為だけに今日から雇われた臨時職員だったりする。
「今から出てくるから適当に埋めといてくれ」
「え? ええっ!?」
勤務初日の臨時職員に涼しい顔でそんな無茶振りをかますあたり流石と言わざるを得ない。前世でも問題だったパワハラの異世界バージョンを目の当たりにしたミサキは流石に口を挟む。
「……ボッツ先生、流石にそれはどうかと。書き方を教えてください、私が記入します――」
そう言い、受付の女性から依頼書を受け取ろうと手を伸ばし――目が合った瞬間、彼女は「はピぃっ!?」とか言いながらビビって椅子から転げ落ちた。一応言っておくが彼女はハーピーでもなんでもない普通の人間である。
そんなハーピーでもなんでもない普通の受付係の女性の派手な転倒っぷりは後ろで眺めていたリオネーラにひとつの決意を抱かせるには充分すぎるものだった。
(……ミサキには悪いけど、人と接する時は下がっていてもらった方が良さそうね……ミサキに罪はないんだけど……)
何をするにしても見た目のせいでひと悶着起こるミサキを前に出すよりは自分が出た方が早いし安全だし誰も気を悪くしないで済むだろう。だから極力自分が前に出よう――という決意を。
過激な言い方をすれば「役立たずはすっこんでろ」という事である。勿論リオネーラはそこまで思ってはいないが、ミサキも恐れられている自覚はもう充分すぎるほどある訳であり役立たずと言われても仕方ないとも思っている訳で、リオネーラが一歩前に出てくれた時点で素直に任せる事にした。
「あたしが書くわ、ミサキ」
「……ごめん、任せる」
今後もこういうスタイルが彼女らのパーティの基本形になるのだろう。……だが今回だけは結局、依頼書はリオネーラの手には渡らなかった。
「あー、いや待て、スマン、これは流石に俺が悪かった――気がしないでもない。ちゃんと書いてくるから少しここで待ってろ……」
勤務初日の職員をあられもない格好で転倒させた――間接的にではあるが――という事で流石に申し訳なく思ったのか、ボッツは女性を助け起こし、リオネーラより先に依頼書をひったくって職員室へと戻っていく。その背中を見送った後、しっかり距離を取ってミサキは受付の女性に謝った。
「……驚かせてしまって申し訳ありません」
「い、いえ、こちらこそ驚いてしまい申し訳ありません……」
「いえ、仕方のない事です。気にしないでください」
「そ、そうですか……」
「………」
「………」
以上。特に何も起こらず会話はそこで終了した。女性は未だミサキを警戒しており(初日なのでそれも仕方ない)、ミサキの方もこれ以上話す事は特に無い為こうなるのだ。
普段コミュ力の高いリオネーラやテンションの高いエミュリトスが話し相手なので錯覚しそうになるが、ミサキ自身は口数の多い少女ではない上に理由も無く他人に絡んでいく性格でもない。基本的には思考に耽る事の方が多い少女である。
(……学院の中でさえこんな扱いの私は、学院より外に出たらどうなるんだろうか)
なかなか興味深いテーマであるし、その日も案外遠くは無いかもしれないがどうなるのかはわからない。
確かなのは、絶対に心配してリオネーラとエミュリトスも一緒についてくるだろうという事くらいだろうか。




