表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/186

風呂!浸からずにはいられないッ!

前回のあらすじ:津村君のあだ名はバスロマン


 エミュリトスのセリフから察せる通り、寮に備え付けの風呂はシャワーとシンプルなバスタブのあるタイプで、その上トイレと同室になっている。わかりやすく言うと現代日本のホテルでよく見かけるタイプだ。微妙に狭いやつだ。

 海外の人がガッツリ入浴せずシャワーだけで手早く済ませるものだというのはミサキも知っていた為、その風呂の作りを見て初日から察し同じようにしていた。しかし、そういう前提で考えると今更ながらあの時のエミュリトスの「背中を流す」発言は少しズレていると言える。誰かと一緒にゆっくり入浴する文化のある人の発言のようなのだ、まるで。

 そして、その答えは先程エミュリトスの口から語られた通りである。温泉……つまり、皆で一緒に入れる公衆大浴場。


(水道の整った海外、というイメージから何処もシャワーだけだと思ってたけど、考えてみれば場所によってはローマのテルマエのような文化があってもおかしくはない……住む場所が変われば文化も変わるものだし)


 風呂の時間を大切にする日本人としては興味をそそられる話である。逆にシャワーだけで済ませる文化圏のリオネーラも怖い物見たさのような感じでなら興味をそそられていると言えなくもないようだ。


「う、うーん、誰かと一緒にお風呂に入る、かぁ……なんか、視線が気になりそう……」

「あぁ、それはありますね……偉そうに言いましたけど、やっぱり知らない人の視線とかは少し気になりますね、異性だと特に。わたしも極力人の少ない時を選んで家族とばかり一緒に入ってましたし」


 いくらお風呂大好きといえど混浴はハードルが高く、結局は主に家族との交流の場だったという事である。まぁ、だからこそ姉と慕いたいミサキとも一緒に入りたい、という思考に至る訳なのだが……エミュリトスに同意してもらえてホッとしている今のリオネーラにはそこに触れる余裕は無い。


「そうよね……家族ならいいけどね……。よかった、恥じらいが無いって訳じゃないのね。ということは、恥ずかしくても我慢する程の魅力が温泉に……?」

「温泉にもですが、単にゆっくりお風呂に浸かる事に、ですかね。なんていうか落ち着くんですよ」

「ふぅん……そういうものなの?」


 体験した事のない人にはわからないものなのだろう。ミサキはもちろん体験している側なので、どうにか補足説明をしようと口を開く。


「……シャワーで汗を流すのもサッパリして気持ちはいいけれど、お風呂に浸かるというのは美味しい食事とか快適な睡眠に近い精神的なリラックス効果がある……気がする」


 結局あまり上手く説明できてない。

 しかしミサキが割って入ってきた事自体が珍しいのか、二人はそれぞれ良い反応を返してくれた。


「おおっ、わかってくれますかセンパイ! そうですリラックスですリラックス!」

「むっ、ミサキもそっち側の文化の出身だったの?」


 喜びはしゃぐエミュリトスと、対照的になぜかちょっと不機嫌そうな顔のリオネーラ。もちろんその理由はミサキには察する事は出来ず、ただ問いに答える事しか出来ない。


「そっち側って……お風呂に浸かる文化ではあったけど」

「誰かと一緒に入る文化?」

「家族とか、手伝ってくれる人とかとなら」

「……へぇー」

「……どうしたの?」


 言葉とは裏腹に全然納得してなさそうな不満げな表情である。いや言葉からも不満が漏れてるけど。具体的に言うなら「へぇー↑」みたいな感じでなんか感じ悪い。

 相変わらずミサキには理解出来ていないが、要するにリオネーラは自分だけ文化が違って仲間外れになっているのが悔しいのだ。そして当然、そんな時に彼女が取る行動は一つしかない。


「……あたしも今度試してみようかしら、お風呂に浸かるの」

「いいですね、是非今夜にでも試してみてください、きっと世界が変わりますよ!」


 少し前には言い争っていたにも関わらずエミュリトスが嬉しそうに同意する。ミサキを慕っている彼女だがリオネーラとも仲良しではあるのだ、価値観を共有したいと思う程度には。

 もちろんそれはミサキも同じ。だがそれはそれとして言っておかねばならない事がある。


「私もそれには同意だけど、寮長さんに許可を貰ってからの方がいいと思う。いつもより多くお湯を使う事になる訳だから」


 前世では水が貴重であるが故にシャワーだけで済ます地域もあったと聞いた。ここがそうだとは限らないが、管理する人に確認しておくのは悪くない筈だ。


「なるほどね。そう考えると贅沢なお風呂の入り方よねぇ……。ところでどういう手順で入ればいいの?」

「……多分、先にお湯を溜めて浸かって、温まったら髪を洗って身体も洗って洗い流しつつお湯を抜くのが楽……だと思う。けど先にシャワーで身体と髪を洗ってからバスタブにお湯を溜めて浸かるのが温泉の入り方に近くて落ち着く……かもしれない」

「なんでちょっと自信無さげなの?」

「……私の居た所のお風呂はもっと広くて、バスタブの外に身体を洗うスペースがあったから。勝手の違うここでは試してないから何とも言えない」


「温泉と似たような感じですか」とエミュリトスが言う。そう、結局のところ温泉や日本の風呂が浸かる事に特化しているだけであり、寮の風呂は作りからして浸かれないとまでは言わなくとも浸かる事を前提としてはいないのだ。

 実際ミサキはこちらに来てからお湯を張ってすらいないのだから自信も無くなろうというもの。今説明した入り方だって前世で親から聞いた知識に過ぎない。


「だから私としてはいつの日か、もっと広いお風呂や温泉で試してみて欲しい。そっちの方が気持ちいいと思う」

「……そうね、今日のところは寮でやってみるとしても、そこまで言うなら広いお風呂も試してみたいわね」

「……私も浸かるお風呂が恋しい。リオネーラ、行く時は教えて。一緒に行こう」


 これも一種のホームシックなのだろうか。いや風呂シック? バスシック? よくわからないが。

 ともかくそんなお風呂大好き日本人らしいノリで迫ったミサキであったが、対するリオネーラは顔を赤くしていた。


「い、一緒にって、一緒に入るの!?」

「? リオネーラが望むなら一緒でもいいけど……」

「望まない! 望まないから! それはまだあたしには早いから! エミュリトスじゃあるまいし!」


 ミサキは一緒に「行く」としか言ってないのでこれはリオネーラの早合点である。意識しすぎているが故の早とちりである、恥ずかしい。恥ずかしさのあまり流れ弾まで放つくらいには恥ずかしい。

 ちなみにリオネーラの反応は確かに思春期丸出しの意識しすぎな反応ではあるが、価値観としてはこの世界のスタンダードだと言える。風呂はあくまでプライベートな空間であり、その上無防備な姿になる場である、そんな場に他人が一緒に居るなど恥ずかしいし危険だし考えられない――と考える種族がこの世界では殆ど、という事だ。

 そんな世界の例外、ドワーフの少女が流れ弾を受けて声を荒げる。


「ちょっとセンパイ! わたしは遠ざけたのになんでリオネーラさんはいいんですか!? リオネーラさんもなんでせっかくセンパイから誘って貰えたのに拒むんですか!?アホですか!?そこ替わってくださいよ!!」

「あ、アホって……」


 流れ弾の当たり所が悪かったのかものすごく理不尽なキレ方をされる。仲良しの筈なのに。

 なお、リオネーラは何も言い返せなかったがミサキの方には一応言い分がある。というか先程の話を聞いていて認識の違いがあった事に気づいたのでここで言及しておかねばならない。


「……あれは身体を洗ってもらう必要は無いって意味。一緒に入るだけなら別に嫌じゃない」

「え、あ、そうだったんですか? じ、じゃあ一緒に入ってもいいんですか? 家族のように一緒に?」


 時に周囲に理不尽をバラ撒く程にミサキに対する執着を見せるエミュリトスではあるが、全てはあくまで距離を縮めたいが故。そう見るとかわいいものである。見た目は幼いから尚更だ。中身は年上だけど。

 しかしいくら見た目が可愛かろうと中身が年上だろうと言うべき事はハッキリ言うのもまたミサキであって。


「けど、寮のお風呂はやっぱり二人で入るのは無理だと思う。狭すぎて」

「ぐはっ! く、くそぅ、いつか寮のお風呂を増築してやります、必ず!」

「勝手に増築するのは怒られると思うけど……」


 エミュリトスの技術的に可能なのかとか、そもそも自分達がいつまで寮に居られるのか、居られる間に増築が終わるのか、っていうかどこかに入りに行った方が早いのでは、とかミサキのツッコんだ所以外にも色々ツッコミ所はある。でもいちいち拾うのもアホらしいのでリオネーラはそれらを飲み込み、やる気に溢れるエミュリトスの方は捨て置いてミサキに対する純粋な疑問の方をぶつける事にした。


「……ねぇ、ミサキは恥ずかしくないの? 一緒にお風呂入るの」

「……恥ずかしくないと言えば嘘になる。胸を張れる様な身体でもないし」

「あ、そ、そうなのね……って、恥ずかしい割にはガード緩くない?」

「……一緒に入ると楽しいと思うから。リオネーラとでも、エミュリトスさんとでも、三人でも。一緒なら、きっと何でも楽しい」

「ん……そ、そっか」


 一緒に居ると楽しいからどんな時でも一緒に居たい。それは友として最上級の褒め言葉だろう。そんな言葉を受け、リオネーラは言葉少なに頬を染めた。

 それにその言葉は先程のリオネーラの要求――今後もクエストに一緒に連れていってくれというもの――に対する揺るがぬ答えとも言える。言葉を失いつつも口元が緩んでしまうような嬉しい答えと言えるのだ。

 勿論、学生という立場上常に一緒という訳にはいかないだろう。寮も別室だし、先程の模擬戦のように敵味方に分かれなくてはならない場合も出てくる。しかしそれでも可能な限り、極力一緒に居たい。お互いそう思っている事を確認出来たのだから、それはリオネーラにとって何よりも嬉しく幸せな時間だったのではないだろうか。


「また楽しいって言ってもらえたあぁぁぁぁぁ――……」


 勿論、後ろで再度ヘブンってるエミュリトスにとっても。



なるはやとは一体・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ