記憶喪失キャラってそれはそれで目立つよね
やや半端なところで切れています、申し訳ありません
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「そういえば――」
ヘブン状態から復帰し、いろいろ落ち着いたエミュリトスが全員昼食を食べ終わっている事を確認して口を開く。一応言っておくが別に食事時に相応しくない話をしようという訳ではない。
「さっきの戦いですけど、リオネーラさん、よく本物のセンパイをあっさり見抜きましたね。戦闘中に、しかも遠くから」
「……私もそれは気になってた」
レンの模倣は完璧でこそ無かったものの、遠目に見て見抜けるほど雑という訳でもない。細かい仕草などの日常で見せるミサキらしさまでは再現できておらず、声もレンのままだったり(ついでにエミュリトスから「匂いが違う」との指摘を受けたり)はしたが、戦いの最中に早々にバレるような物ではなかった筈なのだ。
少なくとも見た目に関してはボッツが「流石だな」と太鼓判を押す程だったし、エミュリトスに護衛としての仕事があった事からわかるように見抜けていない人は実際多かった。しかしリオネーラだけはあっさり見抜いてのけたのだ、理由を知りたくなるのも当然というもの。
だが、リオネーラからすればそんな質問をされる事の方が意外だったようだ。
「え? そう言われても……走り方が全然違うし、何なら足の速さも違ったし。今朝一緒に走ったあたしに見抜けない訳がないじゃない?」
「あー……そ、そうですか……」
エミュリトスのその反応は言葉面だけを見れば若干驚きつつ納得したように見えるが、その実彼女は自主トレーニングと言いながら他人の事をそこまで観察し、記憶しているリオネーラの……なんというか、抜け目の無さ?に敗北感を感じていた。
(くっ……確かにそうだ、センパイを慕うと言うならばセンパイの全てを一瞬たりとも逃さずこの目に焼き付け、いつでも思い出せないとおかしい! 真似できないとおかしい! わたしはまだまだ未熟だった! もっとレベルを上げないと!)
いや別におかしくはないしレベルは多分関係無いしリオネーラはミサキに限らず日常のあらゆる物を注意深く記憶しているだけだし何かもういろいろ違う。
「……私の走り方ってそんなに変なの? 目立つの?」
ミサキはミサキで地味にショックを受けながら問い返している。基本的に運動音痴JCなので充分あり得る話だと考えたようだ。だがどうやらそういう事ではなかったらしく、
「大丈夫、変ではないわ。武器を持って走る事に慣れてない感じがあるってだけ。数日前まで武器なんて持った事なかったんだからしょうがないわよね」
とリオネーラに慰めてもらえた。
「そう……。争いを嫌うレン君だって慣れてなさそうなものだけど、そのあたりはやっぱりこの世界の人って事か……」
「戦いが怖い、痛いのが嫌、と言える程度にはそれらを経験している筈だからね。人の暮らしに溶け込む為に自然な振る舞いを練習していてもおかしくないし」
「なるほど」
「……っていうかミサキ」
「?」
向かいの席から身を乗り出し、顔を近づけてリオネーラは囁く。
「……「この世界」なんて言い方しない方がいいんじゃない? あまりいたずらにバラすような事でもないでしょ」
今度は心配してもらえた。お気づきかもしれないが、リオネーラ自身は先程もあくまで「数日前まで武器を持った事がなかった」という表現に留めており気を遣っているのだ。
とはいえ、ミサキとてその辺りに無頓着だった訳ではない。いたずらにバラしてトラブルを呼び込む程愚かではない。一応考えた上での発言である。
「……確かに所構わず明かすつもりはないけど……今は周りに誰もいないしいいかと思って」
「どこで誰が聞いてるかわからないわよ、日頃から警戒しておいて損はないわ」
壁に耳あり障子に目あり、という事だ。今のところこの世界に障子は無さそうだけど。
ミサキは愚かではないが、可能であれば隠し事なんてせず正直に気楽に生きたいとも思っている。自分の人生だ、自分に正直に生きる方が絶対に良い。そう考えている為、隠さずに済む状況なら隠し事はしない。気を抜いていい状況だと判断したら全力で油断するタイプである。
しかしどうやらリオネーラは逆で、常日頃からしっかり警戒しておくべきと言いたいようだ。そして、そう言いたいという事はつまり――
「……リオネーラとしては徹底的に全部隠し通すべきと考えてるわけだ」
「過去の事を聞かれたら記憶喪失って言い張るのをオススメするわ。正直に答えてもデメリットばかりでメリットは全く無いと言ってもいい。ミサキもデメリットはわかってたから最初は隠してたんでしょ?」
「確かに、どう転ぶかもわからないし、わざわざ言う事ではないとは思ってた」
「そうね、例えば……もし偉くて悪い人に知れたら最悪、前に居た所(前世)の話とかここに来る前に会った人(女神)の話とかを聞き出す為に監禁されたりするかもしれないわ」
「そういう人いるんだ……嫌だな」
「昔と比べるとだいぶ減ったとは言われてる。でもいくら減っても何故かいなくなる事はないのよね、そういう連中は。いつの時代でも」
どこの世界でも権力を持った悪人ほど厄介なものは無く、そして得てしてそういう者は他者を出し抜く為に知識を求めるものだ。手段を選ばず聞き出そうとする人も居るだろうし、更にはその知識を独占しようとする人も居るかもしれないという事である。おおこわいこわい。
この世界にもそのような悪人が居るというのは悲しい事だが、ミサキは悲しいからといってそれを受け入れず我を貫くような子供でもないし、そもそも親友の忠告に逆らう程愚かでもない。コミュ力にこそ欠けるが愚かではない。よって素直に過ちを認め従うことにした。
「……わかった。可能な限り控える」
「可能な限りって……正直ねぇ……。ま、あたし達に明かしたようにミサキが明かしたい相手が出てきたならそれは仕方ないわ。でもそれ以外は気をつけてね? あたしが近くに居る時は守ってあげられるけど、寮に戻った時点で別部屋だしトイレやお風呂も一緒ってワケにはいかないんだから」
「はい!はいはい! そのあたりはわたしが一緒に居ればいいと思いますっ!」
聞き耳を立てていたエミュリトスが会話に参戦する。実にひどいタイミングで。
「何で堂々とトイレやお風呂についていく宣言してるのこの子……怖いんだけど」
「怖い!? 変な意味じゃないですよ!? 近衛兵や親衛隊みたいな感じで入口を固めておけばいいんでしょう?」
「あー、うん、それならいいか……ごめんね、勘違いした。てっきり一緒に入るのかと」
「そんなことしませんよーあははー。………まぁ今のはトイレの話であってお風呂は一緒に入りたいですけどね」
「……今なにかボソッと聞き捨てならない事言わなかった?」
「……そういえばエミュリトスさんは私がお風呂入る時に一緒に来ようとした事があった、背中流すとか言って」
しかも出会ったその日に。
「前科あるんじゃん!!!」
「み、未遂ですよ! 断られたので大人しく引き下がりましたよ!」
「ミサキが断らなければ入ってたんでしょ!? 入る気マンマンだったんでしょ!? あたしのごめんねを返せ!」
「お風呂は交流の場ですからね、そりゃ出来る事なら一緒に入りたいですけど! でもセンパイが嫌ならしませんしー! だから返しません!」
「コミュニケーション……? あー、ドワーフ族は誰かと共にお風呂に入る事に抵抗がないと噂で聞いた事があったっけ……正直理解に苦しむわ」
「こちとら火山暮らしですからね、多人数で入れる温泉があるんですよ温泉が! 狭いお風呂で一人ずつ、シャワーだけで手早く済ませるのが人間達の文化なのはわかりますけど正直物足りませんよ! やっぱりお風呂は誰かとゆっくり入らないと!」
(……ん?)
言い争いがヒートアップすると見せかけてなにやら興味深い文化の違い(とすれ違い)の話になってきた。
次はなるはやで投稿したいと思います。どうでもいいですが「なる×はや」って書くと百合カプに見えます




