教えてリオネーラ先生!!
「……次は……魔法について……教えて欲しい……」
「いいけど……そうね、その為には魔法の仕組みから説明しないとね。少し長くなるけどいい?」
ミサキは頷くしかない。それが息の上がっている自分に対する気遣いなのではないかと疑いつつも、教わる側なので頷くしかないのだ。
「まず始めに。魔法というのは、主に大気中にあるマナに私達の意思を流し込んだ結果起こる、マナの変質とそこから連鎖して起こる現象……それを魔法と言うの。あたし達は意のままに現実をほんの少しだけ捻じ曲げられる……誰でもね」
「……誰でも?」
「そうよ。向き不向きはあるけどね。でも魔法が使えない人もいるのが現実なのよねぇ。魔法に苦手意識を持ってしまってるの。理由は様々だけど」
リオネーラもミサキ同様、今までの模擬戦をちゃんと見ていた。なので魔法を一切使わない人がいた事にも気づいている。
勿論あえて使わない人もいたが、リオネーラから見れば使わない人と使えない人は区別がつくものらしい。
「身体を動かす感覚と一緒で、一度出来てしまえば忘れないんだけどね。身体を動かすのは言わば意識を自分の『内側』に向けてるのに対し、マナに意識を向けるのは『外側』だからどうにもピンと来ない、とはよく言われるわ」
「……確かに」
「わかるわー」「手足のように魔法は使える、なんて言われてもねー」「ねー」
「……とまぁ、ここのハードルの高さが苦手意識に繋がっている人は多いのよ。もっと言うと、使える人からすればハードルでも何でもないのが苦手意識に拍車をかけるのよねー」
そうだそうだー、と、魔法が使えない生徒から控えめなブーイングが上がる。しかし特に意に介さずリオネーラ先生は言葉を続けた。
「ま、意識とか感覚とかそういうフワッとしたものはどーでもいいのよ。あたしから言わせれば結局、魔法なんてのは『魔法の作用してる未来』をイメージ出来るかどうかだと思ってるから」
「未来を、イメージ?」
「そう。例えば自分が火の魔法を唱えたら次の瞬間には掌の上に火の玉が出てくる、そんな未来の光景をしっかり、本気でイメージ出来てるか。魔法が使えるか使えないかの違いなんてそれだけだとあたしは思ってる」
「……それだけ?」
「しっかり本気で、よ。言葉にすると簡単そうだけど、苦手意識のある人は本気でイメージしてるつもりでも心の奥で疑っていたり、そもそもしっかりしたイメージがなかなか抱けなかったりするものだから」
「なるほど……」
結局、苦手意識を一度持ってしまったらハードルが高いという事には変わりがないようだ。
それでも言葉だけなら簡単そうに思えてくるからリオネーラの教え方は良いと言える。例えば苦手意識を持つ前の純粋無垢な子供に教えるには的確な表現だろう。
しかし残念な事に、ミサキも既に苦手意識を持ってしまっていた。単純に「難しそうだ」と。
魔法なんて概念が一切存在しない世界から来たのだ、無理もない。存在しないものを本気でイメージしろと言われても困るものである。それほどに文化――というか、概念の認識の差というものは大きい。
だが難しそうだからと言って諦めるミサキでもない。むしろ難しそうな勉強ほど燃えるタイプである。
「……それで、魔法を使うにはどうすればいいの? 呪文を唱えればいいの?」
「基本的には呪文というか、魔法名を唱えるの。その方がイメージしやすいから」
「……というと?」
「名前があったほうがイメージが浮かびやすいでしょ? 例えば……『生地の中にバターを練り込み、手間をかけて三日月形にしたパン』を私達は『クロワッサン』って呼ぶ」
何故パンで例えたのかは気になったが黙って聞く。
「その名前を知ってる人なら、名前を聞いただけで最低でも形くらいは頭の中でイメージ出来るでしょ」
「……うん」
「それと同じで、『空中に浮かんだ火の玉が敵に向かって飛んでいく』魔法を『ファイヤーボール』って呼ぶ。世界中の誰もがそう呼ぶ。そうなると名前だけで誰もが魔法の発動してる光景をイメージできるようになるってワケ」
「……なるほど」
「あと、実はマナがあたし達の言葉を理解していてそれに応えてる、って説もあるんだけど……証明が出来ないから仮説の域を出ていないわ。でも結局は同じね。マナにとってもイメージしやすいに越した事はないでしょ」
現象に対する呼び方を固定する事で想像しやすくする。言わばイメージの統一・共有が目的。日常のいろいろなものに名前が付けられたのと同じ仕組みである。
実に理に適っているのだが、しかしミサキは僅かに不服そうだった。表情に乏しいため誰も気づかないが、せっかく無から有を生み出す魔法なのだしもっと創意工夫の要素が欲しかったのだ。パンで例えるなら素材の質や産地にこだわるような要素が。
だが彼女にとって幸運な事にリオネーラの話はもう少しだけ続く。
「ちなみに同じ魔法でも人によって威力が違う事があるけれど、それはその人が『より強い魔法をイメージした』上で『それに応えるだけの魔力量がある』場合ね」
「……つまりレベル差って事? じゃあ魔力量が同じなら必ず最大威力は同じになる?」
「うーんと……魔法を解析している人もいるわ。例えばファイヤーボールは火の部分とそれを撃ち出す部分という2つの要素から成る魔法である、みたいにね」
「ということは……火の部分だけを強くしたり?」
「そうね。その場合、同じ魔力量で行使するならその分速度が落ちるらしいわ。ファイヤーボールのイメージに反しない範囲で、という制約もあるから流行ってはいないけど、そのあたりをいろいろ考えてる人もいる」
「……わかった、ありがとう」
自分と同じような事を考えたであろう人が他にもいる事に安堵した後、要は魔法も『式』なのだな、とミサキは理解し、納得する。
いくつかの要素を組み合わせ、ひとつの現象を起こす。『術式』とでも呼ぶべきであろうそれを学ぶのは楽しそうに思えた。
学習欲、勉強欲が溢れてくるのを実感する。早く魔法を使ってみたい。魔法というものを『知りたい』。
「……魔法、使ってみていい?」
「いいわよ、あたしに向けて撃ってみて。さっきも言ったけど向き不向きってやっぱりあるから上手く出来なくても落ち込まないでね」
「わかった。じゃあ……《ファイヤーボール》!」
さっきまでの試合で何度も見てきた、イメージしやすい魔法……のはずだった。
「………?」
ミサキなりに気合を入れて叫んだのだが、残念ながら不発のようだ。
それを笑う者は一人もいなかったが、ミサキ本人は少し落ち込んだ。
「……残念」
「ま、誰でも使えるって言ったでしょ? 諦めず練習してればそのうち使えるようになるわよ」
「……やっぱり苦手意識があると難しいのかな」
「自覚してるんならこれからたくさんの魔法に触れていけばいいのよ。魔法が自然なものだと思えるようになればすぐに使えるようになるから」
リオネーラのその慰めの言葉が、ミサキに光明をもたらした。食い気味に彼女の名を呼ぶ。
「リオネーラさん」
「な、なに?」
「……見せて、魔法。私に向けて撃って」