表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/186

仲良くケンカすれ

前回のあらすじ:ボッツの息は臭い


「喰らえこのクソボケカスウンコ野郎ォォォォォ!!!」


 そんな汚い叫びと共に振り抜かれた暑苦しい拳は――



    「グゲッ」



 ボッツの振り抜いた全力の拳は、仁王立ち状態のゲイルの顔面にいい感じに入り――というか、むしろヤバい感じに入った。

 変な音と声と共に吹っ飛び転がった彼の近くに居たのは、囮役の延長線上で走り回っていたレン達である。レンは恐る恐るその姿を見て、次にいつものように悲鳴を上げた。ミサキの姿を真似たままレンの声で。


「ひ、ひぃぃぃ! ゲイル先生の首がおかしな方向に!?」

「うおおおお!? なんでこいつ防御も何もしねぇんだ!? おいエミュリトス手伝え、蘇生だ蘇生!」

「ま、まだ死んでないと思いますけど了解です! ヒール!」


 手応えがヤバすぎた事に気づいていたボッツも駆け寄り回復魔法をかけ始める。

 このレベルの怪我を放置すれば異世界といえど流石に死に至るが、エミュリトスもボッツも回復魔法の腕はかなりのものなので問題はない。周囲で見守る皆もその事は理解しており見守るに留めているのだ。……約一名を除いて。


「ひええぇぇぇぇやっぱり戦い怖いよぉぉぉぉぉ」


 約一名――レンは恐怖からいつの間にか元の(いつもの)姿に戻ってしまって泣き叫んでいる。囮の役目を引き受けてしまったが為に間近で首のイッちゃった人を見る羽目になってしまったと考えると不運と言う他ない。ドンマイ。

 まぁそれはさておき、ゲイルが倒れているという事はすなわちボッツチームの勝利という事である。ゲイルが無事に息を吹き返した事を確認すると、次第にボッツチームの皆の胸中には勝利の喜びが広がっていく。


「わたくしたちの勝ちですわぁぁぁぁぁぁ!!!」

「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」


 当然、相対していたゲイルチームの胸中には逆に悔しさが満ちていく。誰よりも悔しがるのは勿論レベルの一番高い彼女である。


「やられた……生徒だけのぶつかり合いでなら有利だった筈なのに……く、悔しい……!」

「おーっほっほ! これがわたくし達のチームの絆の力ですわ! 思い知りましたかリオネーラさん!」


 膝をつき、素直に悔しさを吐き出すリオネーラの元へと高笑いしながら歩み寄るサーナス。こういう風に煽らせたら右に出る者はいないんじゃなかろうか。

 ただ、煽り方はともかくとしてその内容にツッコミ所があるのはいただけない。


「……なんであんたが偉そうなのよ。あんたの立てた作戦じゃないでしょ、どうせ」

「ぐっ、な、なぜそう言い切れるのですか!? 当てずっぽうだったら承知しませんわよ!」

「あんたが援護に徹してるからよ。あんたの性格上、前に出てきて目立とうとしないのはおかしいし、真っ先にあたしと戦おうとしないのもおかしい」

「何一つ反論できませんわ!」


 潔いのは良い事である。


「しかしそうなると、じゃじゃ馬サーナスを大人しく従わせる程の実力者がこの作戦を考えたって事になるのよね。この『勝とうとしないで勝つ』みたいなへんちくりんな作戦を。一体誰が考えたのかしら……」

「ふっふっふ、気になりますの?」


「………」


 サーナスと話しているリオネーラの視界にミサキ(作戦を考えた人)は入っていない。


「……いや、まぁ、わかってるんだけどね。可能性として一番有り得そうなのは――」


 考えるまでもない事だ。むしろそうあって欲しいと願ってさえいた。自分を負かすのは自分が認めた相手であるべきなのだから。答え合わせの為、リオネーラは初日に認めたライバルへと視線を向ける。


「……いえーい」


 そこにあったのはピースサインをするミサキの姿。

 ただし、たまたま両手が空いていたせいかピースサインも両手になっているし、何よりいつも通り顔は無表情だし「いえーい」にも抑揚が無かったりはするが。

 まぁ、つまり、なんだ、ミサキとしてはただの自己主張なのだが、受け止める側は何がしたいのかわからない感情表現にしか見えず反応に悩む訳である。しかしそこは流石のコミュ力を持つリオネーラ、両手の剣を鞘に納めながら親友の健闘を素直に称え、その上で握手を求めて手まで差し出した。


「悔しいけど流石ね。次は負けないわよ、ミサキ」


 スポーツマンシップに溢れた、まさに完璧な対応である。しかし一方の変人ミサキはその手を取る直前で止め、相変わらずマイペースな疑問をぶつけていく。


「……この手を取ったら再戦の約束をした事になるの? 当分リオネーラとは戦いたくないんだけど」

「あたしの事をそうやって強敵として評価してくれるのは嬉しいけど、手を取らないのは敵意があると見做されるわよ? つまり戦う事になる」

「……やっぱり?」


 前世でも握手を拒むのは言うまでもなく無礼な行いでありマナー違反だった。なのでミサキも最初から期待はしていなかった、が、それでも文化の違いに一縷の望みを賭けたのだ。結局賭けに負けたので渋々握手をする事になる訳だが。


「はい、これで約束成立ね。いつか絶対再戦するわよ、勝ち逃げなんて許さないんだから」

(……最初から逃げ場なんてなかった……)


 諦念に満ちた死んだ目で握手に応じたミサキだったが、残念ながら元々そんな目なので誰にも気づかれなかった。

 そんな目のまま(要するにいつも通りに)、ミサキは親友に対しひとつの疑問をぶつける。今一番気になっている事を。


「……リオネーラ、結構負けず嫌い?」


 ミサキにとっては少しだけ意外だったので、今この場でその事には触れておきたかったのだ。

 感情的なリオネーラが負けず嫌いだったところで別に意外ではないように思えるが、彼女はミサキ同様に負けから学ぶ事が出来る人間であり、しかもそれをちゃんと自覚している人間なのだ。だからここまで再戦に執着するのはミサキにとってはやっぱりほんの少しだけ意外だった。


「負けるよりは勝ちたいじゃない。有利な材料が揃っていたんだから尚更ね」

「まあ……そう言われるとそうかもしれない」


 もっとも、意外だからといって何かが変わる訳でも無い。親友の事をまた一つ理解出来た、それだけの事だ。そもそも両立できない内容でもないのだし。


「でもやっぱり、負けの方が学ぶ事が多いってのはホントだってつくづく思うわね。今回のあたしは判断ミスが多かった。同じミスは二度と繰り返さないわ」


 その言葉を受け、次は勝てないだろうな、と考えながらも同時にちょっとした事に思い当たる。


(……あ、サーナスさんの時もだったけど、これってもしかして――)


 ゲーム等では戦闘後に経験値を得てレベルアップするが、眼前の『反省点をフィードバックし強くなる』光景はまさにそれなのではないか、とミサキは思ったのだ。


(……でもゲームでは負けた方が経験値が多く入るというのは聞かない。私が知らないだけかもしれないけど……ゲームと現実は違う、という事にしておこうか)


 そもそもレベル上げの為に負けるゲームってそれはゲームデザイン的にどうなのかって話である。魔王を倒す為にスライムに負けまくる勇者なんて誰も見たくないだろう。効率厨の人達は効率の良い狩り場ならぬ狩られ場を探さなくてはならなくなるし。

 まぁそんなどうでもいい事はさておき、戦闘後の反省会が大切なのは確かな事実だ。勿論ミサキにとっても。という訳で彼女も脳内反省会を開催しようとした――のだが。


(よく考えたら今回の私、リオネーラに一撃で負けただけだった)


 よく考えなくても武器を振ってすらいなかった。




 一方その頃、無事に蘇生され生還を果たしたゲイルの方はというと、


「おいゲイル、テメェなんで何もしなかったんだ」


 大方の予想通りボッツに問い詰められていた。彼からすれば自身の拳が防御されなかった事も、戦闘中にゲイルが何一つ手出しも口出しもしてこなかった事もどちらも等しく想定外・理解不能な事だったのだから当然である。

 そんな問いかけに対しゲイルは周囲を見渡し、生徒達からも注目されている事を確認してから答える。


「……フン。なぜ貴様に言われた通り正々堂々戦い、最後も潔く負けを認めたのに責められねばならんのだ?」

「まァ、そりゃそうなんだが……」

「今回は貴様の勝ちだ。それで良いだろう」

「なんか腑に落ちねぇ……」


 腑に落ちないあたり勘はいいのだが、答えに辿り着けないあたりはやはり脳筋であり、無理に追求しようとしないあたりは大人である。

 そうやって精神的に大人であるおかげで一応ギリギリ教職に就けているとも言えるのだが、その反面、そこをゲイルに読まれて策に嵌められてしまう事も非常に多い。

 そう、やはりというか当然というか、この負け方と態度までもがゲイルの計算の内なのだ。どういう事なのかは周囲の生徒達の反応を見てみれば一目瞭然。


「自分から喧嘩をふっかけておいて負けたけど……潔く負けを認めたのは男らしくて良かったな、ゲイル先生」

「筋は通すって事かな。ウチの先生もこれでスッキリしただろうし、ハッピーエンドだなっ」

「そうだねぇ。……っていうかボッツ先生、やっぱり強いんだね。あの攻撃力。まぁ喰らったゲイル先生は下手すりゃ死んでたけど……」

「ま、まあ、あれは仕方ないよ、予想できないし……同僚にも常に全力で挑む、それもボッツ先生らしさだよ、きっと……」


 と、クラスメイトのモブ達(現段階では)が盛り上がったり盛り下がったりしているが、これこそがゲイルの狙い。

 彼自身は潔く負ける事で自分から絡んだというマイナス点を男らしさで打ち消し、まんまと嵌められたボッツはその実力を生徒達に再認識させる事が出来、もちろん生徒達にとっても良い授業となる……そんなwinーwinーwinの構図。彼はこれを狙ったのだった。

 今回の騒動の全ての元凶となったゲイルではあるが、やはり普段は冷静でマトモな教師。最終的には良い事をした――ように見えてセコくも自身の保身の要素も含んでいる為手放しでは褒められないが、まぁ、つまり、


(……ゲイル先生なりに申し訳ないと思っているんだろうか)


 ミサキに指摘され、自身が筋を通していない事に気づき、反省した末のこの行動だった。

 なお、その事実に思い至ったのは脳内反省会を早々に終えておりクラスメイトの輪にも入らず(入れず)一歩引いた所から様子を眺めていたミサキだけである。彼女も偶然そんな状況になっていたから気づけたに過ぎない。


(でも、良い行いなのに何故ボッツ先生に隠そうとしているんだろう?)


 コミュ力に欠ける彼女は最初こそそんな疑問を抱いていた。しかしそこは学習する彼女である、昨日のリオネーラの「明かさない方がかっこいい、明かされると恥ずかしい良い行いもある(意訳)」という言葉を思い出し、ゲイルもそうなのだろうと結論付けた。

 つまり、二人は犬猿の仲ではあるのだが憎み合っている訳ではなく、彼らの諍いもミサキ自身が最初に言った通りじゃれ合いに過ぎないと見る事が出来るという事である。正直じゃれ合いと言ったのは皮肉半分だったのだが、実際にそうなのだとして見ると大人気なくも微笑ましく見えない事も無い。

 これはこれでひとつの友人関係なのかもしれない、とミサキは思った。


(とはいえ、基本的にゲイル先生が一枚上手なせいでボッツ先生はフラストレーション溜まってそうだけど……越えちゃいけない一線の見極めが上手いんだろうか、ゲイル先生は)


 まぁ一線越えちゃったらベーコンレタスだし。



ブクマが増えて一つの節目を迎えました。ここまで来れるとは思っていなかったので感無量です。本当に本当にありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ