続きはCMの後で
◆
――さて、そんなこんなでようやく始まったチーム対抗戦だが……結論から言ってしまうと、事は概ねミサキの作戦通りに進んだ。
先ずは開幕直前、見張りのエミュリトスから敵に動きが無かった旨を聞かされたチームメイト達はただでさえ高い戦意を更に高揚させる。そして戦いの幕が上がり――
「《サイッッックロォォォォン!!!》」
作戦会議の結果、ミサキから適任だとして直々に第一手――敵の出鼻を挫く攻撃――を任されたサーナスが怖いほどノリノリで風魔法を放つ。
(ダウナー系美少女に「頼りにしてる」だなんて言われちゃったら仕方ないですわよね! もうわたくし全てをここで出し切ってわたくし自身がサイクロンになっちゃうくらいまで頑張る所存ですわぁ!!)
「「「な、なんだ、あのサイクロン、微妙に気持ち悪い熱気が籠ってるぞ……」」」
サイクロン。指定した場所に竜巻を起こす風属性中級魔法である。今回サーナスが指定した場所は……敵と味方のちょうど中間。突っ込んでくる敵の足止めになる場所であり、敵が開戦と同時に放ってきた矢も(発動までのタイムラグを計算に入れて)ギリギリ撃ち落とせる場所であった。全て計算通り、完璧な仕事だ。
そしてサイクロンにはもう一つ副次効果がある。使用者自身がサイクロンになる効果――ではなく、竜巻を起こす魔法という事で砂塵等を巻き上げて多少だが視界を奪う事が出来るのだ。その効果がある間に、と囮が飛び出す。レンも期待通りミサキに合わせてしっかり動いた。
結果、作戦通りに敵は一瞬混乱し、その混乱の声に合わせてトリーズ達が即座に突撃を仕掛け……今は乱戦の真っ最中だ。
「みんな落ち着いて! 片方は偽者だろうし、ミサキのレベルなら放っておいてもそこまで害はないわ! 前に集中して!」
「「「そ、そうは言うけどッ!」」」
リオネーラが声を張り上げて鼓舞しようとするがあまり効果は無い。中でもミサキを恐れてゲイルチームについた者にはまるで意味が無かった。リオネーラと彼等のミサキに対する視点の違いから来るすれ違いである。
しかしコミュ力の高さから味方の感情も読める彼女はすぐにその事に気づき、次の一手を打とうとする。最善の一手――すなわち、自分が早々にミサキを討ち取り、皆を安心させるという手を。
その事を知ってか知らずか、ゲイルチームの他の一人もちょうど似たような結論に至ったようで武器を振りかざして片方のミサキに迫る。
「ええい、どちらか片方潰してみればいいだろ!」
だが、そちらには護衛がいた。
「センパイには近づけさせません!」
「いてっ!」
ロッドで思いっきり殴られたが、ブレスレットをしているのでダメージは「いてっ」程度である。しかしダメージに関係なくエミュリトスの存在は敵に動揺をもたらした。
「魔人の召使いだ! 召使いを従えてるぞ! あっちが本物じゃね!?」
「でも逆手に取った罠かもしれん! 魔人に洗脳されてる召使いだ、同様に卑劣で凶悪な可能性は高い!」
酷い言われようである。
「召使いじゃなくて後輩なんですけど……まぁ悪い気はしませんね、ふふん」
(し、しないんだ……)
しないらしい。その心の強さにレンは少し憧れた。
そして、そんな戦場の様子を走りつつ反対側から眺めていたミサキの方はと言うと――
(皆のおかげか、意外と矢が飛んでこないのはいいけど……想定していたよりバレるのが早い。可能性としては勿論考えていたけれど……作戦通りにはいかないな……)
早々にリオネーラとガッツリ目線が合っていたのだ。もう少し騙し通せるとミサキは踏んでいたのでこれは想定外である。
そして……それは何かと問われれば『勘』だとしか言いようのない『何か』を感じ、ミサキは今いる場所から更に外周へと一歩跳び退いた。それと同時に視線を絡め合っていた筈のリオネーラの姿が消え――
「ちゃんと防御してね、本物さん」
「ッ!」
突然目の前に現れた『声』に、ミサキは反射的に剣を防御の形に構えた。リオネーラはそれを見届け、目にも止まらぬ速さで両手に持つ剣を振るう。
「ぐ――ッ!」
ミサキには到底見切れないその攻撃は彼女が防御に使った剣を容赦なく砕きつつ、本体にも多大なダメージを与えて吹き飛ばした。
双剣士リオネーラ、圧倒的な戦闘力を誇る彼女の渾身の一撃――ではなく、ミサキのレベルに合わせて丁寧に手加減した優しい一撃がモロに入り、ミサキは為す術なく一瞬で無力化されてしまったのだった。
(………いや、おかしい……手応えが足りない……倒しきれてない!?)
困惑しつつも正確な答えを弾き出したリオネーラの見つめる先で、吹き飛ばされたミサキが僅かに身じろぎする。恐らくはもう少しすれば起き上がってくるだろう。サーナスとの決闘の時以上に体力が残っているように彼女には映った。
ミサキの体力を一撃で消し飛ばしつつ武器をも砕いて完全に無力化する、その為にしっかり計算して攻撃した筈なのに何故……と悩んだのは一瞬。よく行動を共にするくらい仲のいい彼女はすぐに理由に思い至る。
(……そうか、あたしはレベルに合わせて手加減したから……防御力だけが少し高いというミサキのパラメータの偏りを考慮してなかった!)
盾や鎧を装備して露骨に守りに重きを置いた人は多く存在するが、素のパラメータの時点で防御力に偏っている人は実は珍しい。いくらリオネーラが強者とはいえ目に見えない部分は咄嗟に考慮出来なくても仕方ないし、何より彼女は友人であり心配要素の塊でもあるミサキに対しての手加減に慎重になりすぎていた。そこまで気を回す余裕も、念には念を入れて強めに攻撃する余裕も無かったのだ。
だが、そんな風に言い訳をして自身の失態をいつまでも捨て置くほど無責任でもない。倒れるミサキにもう一撃加えて今度こそ無力化しようと一歩踏み出し――
「――ウオオォォッ!!!!」
「くっ!?」
雄叫びと共に横から飛んできた拳を咄嗟に剣で払う。ミサキに近づく事は――叶わない。
「ユーギル……まったく、嫌なタイミングで飛びついてくるじゃない……!」
「……自ら舞台に上がってきておいて何を言う。少し一緒に踊ってもらうぞ」
そう、戦場の外側に位置するミサキを討ち取ろうと飛び出した時点でリオネーラは孤立していた。そこにユーギルが突っ込めば彼の望みは叶う。
ミサキは想定より早く本物と見抜かれ攻撃を受けたが、結果的に囮としての役目は充分果たしていたのだ。トリーズ達の為の囮だけではなくユーギルの為の囮にもなったのだから。
「わたくしも控えてますから早々に負けてもいいですわよぉぉぉぉユーギルさぁぁぁん!」
「言ってろ」
遠くから魔法で前線の援護をしつつサーナスが叫ぶが、ユーギルは今回はスピードを活かしながらも突撃はしない堅実な戦い方をしている。早々に負けるつもりはないようだ。初日の模擬戦の反省を活かしているのかもしれない。
何にせよ、これでミサキの作戦通りの構図が整った。彼女の描いた絵が、現実に形を成した。
リオネーラはユーギルが足止めし、他の生徒は全て乱戦状態。不利な材料ばかりだった筈が、今や戦況は拮抗している。
あくまで拮抗。押している訳ではない。だがそれでいいのだ、彼女の作戦の狙いはそこなのだから。
拮抗している戦場はどちらかに傾かずとも大なり小なり揺れ動く。動きがあるならば……もしかしたら、そこに勝利への道も見えるかもしれない。
「教官!! 今です!!!」
最前線で戦うトリーズが叫ぶ。
ミサキに言われて目を凝らしていた彼には見えていたのだ。勝利への道が。
揺れ動く戦場の中で道が拓ける時が……その時が一瞬だけあったのだ。
ボッツとゲイルを結ぶ直線上に誰も居ない、その瞬間が。
乱戦に持ち込みつつ、その瞬間を作る為に文字通りの意味で戦場を『動かす』。
ボッツの言葉にヒントを得たミサキがトリーズ達正面突撃班に任せた事がそれであり――この作戦の最終的な着地点もここだった。この瞬間を作る事にあった。
「……「道を開けてればいい」とは確かに言ったが……一時的に無理矢理道を作ったか。優秀な生徒共じゃないか、なァゲイル!!!」
声を張り上げ、ボッツが一直線に走り出す。ゲイルチームの生徒がそれに気づき止めようとするも、誰の周りも等しく乱戦状態で動く事すらままならない。ボッツに気を取られて後ろから斬られる生徒まで出る始末だ。
「くっ……あたしが行くしか……!」
ボッツを単身止められる可能性があるとすればレベルの近いリオネーラのみ。それでも勝てるとは言い切れないが、教師陣は生徒に極力攻撃をしないと言っていたので立ちはだかってみる価値はある。
だが、そんな彼女の目の前には前回と違い粘り強く戦うユーギルがいるのだ。獣人の身体能力で守勢に回られると非常に厄介で面倒であり……先程まではそれを楽しんでいたリオネーラも、今となってはそれに付き合っている余裕は無かった。
「こんなやり方は好みじゃないけど、あたしは急いでるのよっ!!」
「グッ…!」
スピードを活かして撹乱してくるユーギルに対し、リオネーラはあえて自分から突っ込んですれ違い様に脚を狙い、機動力を削いだ。被弾覚悟のハイリスクな一撃である。
長所をぶつけ合う正々堂々の戦いを好む彼女だが、相手の長所を潰す狡猾な戦い方も出来ない訳ではない。好みではないが、それが可能なだけの知識と観察眼、そして実力は持っているのだ。
一方のユーギルとて弱者ではない。リオネーラのその動きに咄嗟に反応し、爪を振るって傷を負わせる事には成功したのだが……自身が負った傷の方が深かった。そうして一瞬とはいえ機動力を失ったユーギルを全力で蹴り飛ばし、リオネーラはボッツを止めに走る。
走る――が、しかし。
「っ!?」
ヒュッ、と音を立てて眼前を横切る、風を切り裂く高速の矢に思わず足を止めてしまう。誰の物かなど考えるまでも無い。
「ふふっ、行かせませんわよ」
「サーナス……!」
彼女との距離はまだ遠い。矢を数発喰らう覚悟でなら走り抜ける事は出来るだろう。だが――
「……第二ラウンド、しよう、リオネーラ」
息も絶え絶えながら、なんとか復活したミサキもリオネーラの前に立ちはだかる。
無論、体力が赤ゲージ点滅状態の上に武器すら持っていないミサキなどリオネーラの敵ではない。障害ですらない。鼻息で吹き飛ぶ埃と同レベルだ。
しかし、リオネーラは迷った。勝ち目などある筈も無いのに根性だけでこの場に立ち、闘志を漲らせるミサキに友として応えるべきではないのかと一瞬悩んでしまった。
当然それは悪手。本来、彼女は迷わずミサキを軽くあしらうか、あるいはサーナス共々無視して走り出すべきだったのだ、迷わずに。
つまり、迷った事それ自体が敗因という事である。
リオネーラが迷っている間に、ボッツはもう誰にも止められない位にゲイルに接近してしまっていたのだから。
「喰らえこのクソボケカス鳥野郎ォォォォォ!!!」
そして、そんな汚い叫びと共に振り抜かれた暑苦しい拳は――




