魔法にだって……出来ないことぐらい…ある……
「……今から言うのはあくまで私の考え。サーナスさん、頭の良い人の視点で何か意見があったら教えて欲しい。主に魔法関係とか」
「了解ですわ! 頭の良いわたくしにお任せくださいまし!」
テンションが高い。こわい。
「……まずサーナスさんが最初に言った不意打ちだけど、かなり難しいと思う。トリーズさんの言っていた通り開けた場所で向き合って始まる戦いだから。……魔法を使えばどうにかなりそう?」
「むむ……そう言われると確かに難しいでしょうね。そもそも魔法というものは真の意味での不意打ちには向きません。声無しには使えませんからね。魔法を使った事がバレバレなのは勿論、何の魔法を使ったかまでバレてしまいます」
「それでも相手の背後で発動させるとか、手が無い訳では無さそうだけど」
実際ミサキはそれをやった事があるので手段の一つとして存在するのは確実だ。だが、それが防がれたのもまた事実。
「わたくしのように魔法の気配を察知出来る人が居ればバリアーで対処されます。それが出来そうなのはリオネーラさんかゲイル先生くらいでしょうが、出来なくとも声に合わせてバリアフィールドを貼るという手もあります。対するこちらはそれらの防壁魔法を打ち破る為に強力な魔法を使うしかなくなるのですが、そういった魔法は発動に時間が掛かります」
「……そうなの?」
「多くのマナに語りかけ、多くの魔力を注ぎ込み、変質させるのですからね。必然的に時間も掛かります。その間に効果範囲から逃げられる事も多々あり、だからこそ魔法を使える後衛職は足止めを得意とする前衛職と組む事を推奨されているのですわ」
魔力を注ぎ込み始めた時点で発動地点の変更は出来なくなる。変質の様子が目に見えるような魔法だった場合、そこからの離脱も容易、という訳だ。
ちなみにサーナスが「マナに語りかける」という表現をした点にミサキは少し引っかかりを覚えたが黙っておいた。今はそこを問う時ではない。
「よって不意打ちに魔法を使うなら下級魔法に限られますわね、発動が早いですから。しかしそれだと仮に防がれずとも威力と、何よりも今回のようなチーム戦だと攻撃範囲の面で不安しか残りませんわ」
「……なるほど」
威力に不安が、とは言うものの前回サーナスの魔法を受けたミサキからすれば『レベルの低い人相手なら』充分な効果は出るだろうと考える。だが攻撃範囲については恐らく言う通りだ。つまり、不意打ちが上手くいったところでサーナスのような高レベルの魔法でも『低レベルの人を一人』しか倒せない。
そもそも上手くいくかどうかも相手の力量に依存する。前述の通り寸前で防壁魔法に阻まれる可能性もある。下級魔法は発動が早いとはいえ即時発動ではない。事実、ミサキが裏をかいて使った最下級魔法でさえサーナスには寸前で防がれたのだから。
防がれる可能性は高く、成功しても得るものは少ない……そんな不意打ちを狙うメリットはほとんど無かった。その不意打ちさえをも布石とするならばその限りではないが。
「……選択肢の一つとして頭の片隅に置いておく、程度でいいか。こちらが使うにしろ、敵に使われるにしろ」
「……ふむ。なるほど、作戦を考えるという行為には敵の作戦を予想する側面もあるんですのね?」
「……うん」
決闘の時にボッツに暴露されていたが、サーナスも案外世間知らずだったりする。この場合は世間知らずというより視野が狭いだけの気もするが。
一方のミサキは世間知らずっぷりはサーナス以上だがそれなりに視野は広い。転生者故に世間知らずだという事を自覚していて頭もしっかり回る為、それなりにいろんな事に気づける子だ。
「……そういえば、攻撃魔法以外の魔法ならどう? 身体能力を強化して強引に攻め入ったり、姿を消したりして奇襲したりとか」
「……身体能力に直に作用する補助魔法は使える人の限られる希少魔法ですわ。相応のレベルと魔力偏重のパラメータが求められますので生徒達の中には使える人はいないかと。そして姿を消す・音を消す・気配を消すといった魔法は禁忌魔法です。お忘れですか?」
あまりの世間知らずっぷりに怪訝な目を向けられてしまった。しかし作戦の為には知識を偽る事は許されない。知らない事は知らないとハッキリ言い、相手に指摘してもらいやすい土壌を作っておかねばならないから。
よってミサキは正直に言う。それは彼女の得意分野だ。
「ごめん、知らなかった。そういう風にその都度意見してくれるととても助かる。ありがとう、サーナスさん」
「あ、いえ、お役に立てたなら何よりですわ! (可愛らしい子に)感謝されるのはとても気持ちがいいですからね! おほほのほ!!」
怪訝な表情が一瞬で喜色満面に変わる。こわい。
なお、先程またいくつか難しい言葉が出てきたが、百科事典で予習していたミサキは実は言葉の上っ面に限れば知ってはいた。「か」の行までは読んでいた。
(希少魔法は言われた通り、条件が色々あって使える人が非常に限られる難度とレア度の高い魔法、だったっけ。禁忌魔法は……様々な理由によりその魔法名が封じられ、使えなくなっている魔法の事)
詳しくは学ばないとわからないが、要するにどちらも今回の作戦には組み込めないし意識しなくていい魔法、という事である。
「……とりあえず魔法で盤面をひっくり返す事は出来ないし、される事も無い、か。これでだいぶわかりやすくなった」
少なくとも大局的に見る分に限っては歩兵同士のぶつかり合いと見ていいだろう。正面からなら魔法も飛んでくるだろうしリオネーラという一騎当千の敵がいたりはするが、それ以外は前世の古い時代の戦のような力と力の泥臭いぶつかり合いと大差ない。
それなら……きっとやりようはある。作戦もきっと立てられるし、相手の動きを予想する事も出来る筈だ。
(考えろ……一つ一つ、得られる情報を全て拾い集めて照らし合わせて……組み立てる)
顎に指を当て、目を閉じ思考を巡らせる。他の全ての感覚をシャットアウトし、思案に集中する。
勝敗条件、前提条件、彼我の戦力差……そこから推測される敵の陣形と動き……いろいろ考え、組み立てていく。しかし……
(……どう考えても、このチームで勝ちに行くのは難しい……不利な要素が多すぎる。ボッツ先生は何を考えてこんなチーム分けにしたんだろう)
――答え:細かい事は気にせず、総レベルが等しくなるようにする事を最優先した。
事実、ボッツ自身もさっきまでチーム分けを失敗したかもしれないと考えつつあったのだからあまり深く考えていない事は否定出来ない。
……まぁ、生徒達の希望を全て(ミサキ以外)叶えた点は評価されるべきである。ので、チーム分けの時点で失敗している可能性には目をつぶる。そもそもそんな可能性を今考えたところで意味は無く、今更以外の何物でもないのだ。
(何であれ、結論は変わらない……)
何度も言う様に総レベル自体はどちらのチームも等しい。だがそれ以外を考慮した場合、勝ちを狙うならこちらのチームの方が不利だ、とミサキは結論付けた。
理由はいくつもある。まず、総レベルが等しいとはいえ、ボッツとゲイルは極力手も口も出さないと宣言している。つまり戦力としてカウント出来ない。それは実質的に二人のレベル差が反転してチームの戦力差になるという事。よってこちらが不利。加えて生徒の中で最高レベルのリオネーラも敵。彼女を単体で止められる人はこちらにはいない。戦力差という面では割と詰んでいる。
とはいえこれはチーム戦、集団で挑めばどうにかなる……と思いきや、こちらはユーギルがワガママを言うせいで敗色濃厚なタイマンに最大戦力である彼を差し出さざるを得ない。しかもそのワガママの為にこちらのチームに来た事が敵に筒抜け――チーム分けの前から宣言していたのだから当然――である。つまり、彼の動きや狙いは敵に読まれているのだ。
同様にトリーズのわかりやすい性格も読まれている可能性が高い。サーナスが改心した事は……隠し通せている可能性もあるが。とにかく、これだけ動きが読まれていると罠に嵌められる可能性も出てくる。グラウンドで物理的な罠を仕掛ける事は難しいだろうが、例えばユーギルをリオネーラで釣って袋叩きにする程度なら可能だ。これまた不利である。
そして、これだけ相手に有利な材料が揃っている以上、相手は守って勝つという選択肢が選べる。ゲイルを守れば勝ちの戦いで堂々とチーム一丸となって守れるだけの材料が揃っているのだ。こちらはワガママ脳筋ズのせいで守るという選択肢は無く、戦力的に圧倒的に不利な中で攻めに回る事を強いられている。戦場の主導権は明らかに向こうにあり、不利も不利である。
逆にこちらのチームの有利な点としてはボッツのレベルが高い事だろうか。もし孤立する羽目になったとしても多少は持ち堪えるだろう。つまり最悪トリーズの言う全軍正面突撃も選択肢に入る。が、まぁこれはあくまで最後の手段である。
そしてもうひとつ。そのレベルの高さから、もし生徒が全員共倒れになった場合はかなりの確率でこちらが勝てる、というのがある。良い話には見える……が、そもそも生徒の戦力面がこれだけ不利な時点で共倒れにするのは難しい。ありえない話と言ってもいい。
それでも有利な点を押し付けない限り勝ち目なんて無いだろう。それくらい不利な要素のバーゲンセールなのだから。
「……ボッツ先生、一つ聞いていいですか」
「おう、何だ?」
ダメ元で聞いてみる。
「ノーか嫌かで答えてください。作戦次第では私達と一緒に前線に出てくれますか?」
「ノーだ。俺の拳はゲイルの奴をぶん殴る為にある。それ以外の理由で前に出るつもりはない」
「でしょうね」
「……えっ、何ですの今のおかしな選択肢」
ダメ元ってやつですの。
ともかく、やはりミサキの思っていた通りボッツは手も口も基本的に出すつもりがないらしい。
しかしこの戦い、ボッツとしては勝ちたい戦いの筈なのだ。ボッツ自身のレベルが高いからそうそう負けはしないとしても、勝てなければ意味は無い筈なのだ。
つまりこのチームでも勝てる方法がどこかにある、という事なのだろう。そしてゲイルさえ倒せば勝ちという条件がわざわざ設けてある以上、全滅ではなくそちらを狙うべきの筈だ。ミサキの最初の考えも方向性は間違っていない筈なのだ。
不利な点をどうにかして打ち消し、誤魔化し、騙し、そして有利な点を押し付け、ゲイルだけを倒す――勿論チームメイトのワガママを叶えつつ。
無理難題に見えるがやりようはある。あるのだが、あと一手が足りない。考え、悩み、考え抜き……その果てにミサキは昨日の会話を思い出し、クラスメイトの一人に声をかけた。
「……レン君」
「ぷえっ!? な、何?」
「……もしかして不定形族って、誰かとそっくりの外見になれたりする?」




