紳士の距離感
「――ささ、ミサキさん、お座りになって。さてさて、何か良いアイデアはありませんの?」
「と言われても――」
過剰に促すサーナスと、探るような視線を向けてくるトリーズ。そんな光景を一歩引いて見守る他のチームメイトと、我関せずとばかりにガン無視で目を閉じているユーギル。
周囲は異様な空気だが、クソ度胸のミサキは怯まない。というか、怯もうと怯むまいと言う事は変わらないのだから怯むだけ無駄だ。
「さっきも言った通り、特に無い」
「ぐっ……と、とはいえ、あのリオネーラさん率いるチーム相手に正面突破なんて愚策なのはわかるでしょう? 何か作戦を考えないと勝てませんわ!」
「……サーナスさん、一応言っておくけど、総大将はゲイル先生」
「わ、わかってますわよ!」
「ついでにもうひとつ一応言っておくけど、ゲイル先生さえ倒せば勝ちなんだから勝ちたいならリオネーラと戦う必要は無い」
その言葉に、言葉を向けられたサーナスだけではなくユーギルやトリーズ、周囲のチームメイトも反応する。
勿論、彼らがその事に気づいていなかった訳ではない。だがそんな選択は『ありえない』のだ。だから誰も口にしなかった。それをミサキは口にしたのだからそりゃ空気も変わるってもんだ。
「……そうはいきませんわ、ミサキさん。ユーギルさんやわたくしはリオネーラさんと戦いたい。ついでにボッツ先生も自身の手でゲイル先生を打ち倒したい事でしょう。その為にあの人達と敵対しているのです、それらが叶わないならこちらのチームに居る意味が無い」
ついでのついでに言っておくとトリーズは脳筋なので突っ込む事以外何も考えていない。清々しいまでに脳筋。
「……望みについては理解してる。でもその望みはユーギルさんとサーナスさんで重なってしまっているし、勝てる作戦にしたって何かしらの搦め手を使う事になると思う。つまりトリーズさんの望み――正々堂々の正面突破とは相容れない」
なお、ミサキが今しがた言った『リオネーラを回避する』という作戦は最も勝てる作戦なのかもしれないが三人の望みと最も相容れない。
もっとも、ミサキだってそれが受け入れられるとは最初から思っていない。場の空気を変え、話の流れを作る為に口にしただけである。
なかなかに小賢しい話術だが、実際ミサキはこの場の空気を持っていく事に成功していた。皆が先を促すような目でミサキを見ているのがその証拠だ。
「……つ、つまりどういう事ですの?」
「……全員の望みを叶えるのは不可能、という事。誰かが折れない限り何も変わらない。少なくとも私はそう考えるから、意見を求められても特に無いとしか言えない」
別に全員の方向性がまるで異なる訳ではない。あくまで少々異なるだけであり、誰かが折れれば『チームの勝利』という一本にまとめる事が出来る可能性はあるのだ。
ただ、意地っ張りというか我が強いというかそんなワガママな連中の集まり故に誰も折れないのが問題なだけで。
その問題点をミサキは聞き耳を立てていた時点で看破していた。いや、まぁ、聞いてれば誰でもわかるのだが。我を通す事しか頭に無い当人達以外はわかっているのだが。
ともかく、彼女が普段はコミュ力に欠けるくせに今回は妙に話運びが上手いのはそのせいである。問題点がわかりやすい上、頭の中で話を組み立てる時間があったからだ。
だが、ただ問題点を明らかにしただけでは来た意味がない、とミサキは思っている。サーナスに助けを求められて来たのだから、助けにならなくては意味がない、と。
しかしその方法がわからない。今の段階で出来る事は何も無いし、ここから話がどう転ぶかもまだわからない。だから彼女は頭を下げた。
「そういう訳だから、ごめん、サーナスさん。今は私に出来る事は無い」
出来ない事は出来ないとハッキリ告げる。それもまた誠意であり、頼られた側の責任だとミサキは考えている。
そしてサーナスもそういう所は割と読める性質なのだ。前回ミサキの謝罪をすんなり受け入れた事からもわかるように、そういう所だけは意外と読めたりするのだ。
「……頭を上げてくださいな、ミサキさん。わたくし達もきっと本当はわかっていたんです、答えなんて出ない問題だと。いくら話し合っても結論が出ないのですから」
きっと、とか言ってるけどそれなら他人から言われずとも認めて欲しいものである。っていうかあれは話し合いと言っていいのだろうか。
「問題点を明確にしてくださっただけでもミサキさんに来ていただいた価値はありますわ。ありがとうございます」
「……どういたしまして」
「……それに、「今は」なのでしょう? 誰かが折れて話の流れが変われば、その後の事は一緒に考えてくれるのでしょう?」
「……勿論。出来る限りの事はする」
意外にもサーナスはミサキが言外に込めた意味までしっかり読み取っていたようだ。クラス内序列4位の誇り高きエルフは伊達ではなかった。
どうも誰を相手取って話をしているかでサーナスのスペックがブレまくっているような気もするが、そういう人も稀によくいる。何もおかしくはない。
「そういう事でしたらわたくしが折れましょう。リオネーラさんと戦う役はユーギルさんに譲り、わたくしはミサキさんの作戦に従って動くとしますわ」
……何もおかしくはないのだが、流石にここまで物分かりが良すぎると怖い。
「お前、何を企んでいる? さっきまでうるさく吼えていた女の言う事とは思えんな」
「「「「うんうん」」」」
ユーギルの言葉も尤もであり、他のチームメイトが全力で首肯するのも尤もである。だが彼らのあずかり知らないサーナスの事情を考えるとそこまで理屈の通らない話でもなかったりもするのだ。
「企んでなんていませんわ。わたくしは5日後にリオネーラさんと決闘の約束をしていますから。楽しみはその時まで取っておこうと思っただけですわ」
「……言われてみれば教室でも決闘がどうとか喧しかった記憶があるな。5日後なのか」
「そうですわよ。ふっふっふ、ユーギルさんも打倒リオネーラさんを狙っているのは知っていますが、先に正式な決闘を挑むのはこのわたくしですからね!」
「……だったら最初からこの場は俺に譲れ。お前は次でいいだろうが」
譲り合いの精神は大事である。ミサキ含む日本人なら言われるまでもなく譲っている所だろう。
だがここは異世界。つまり返ってくる言葉は、
「それとこれとは話が別ですわ! 2回戦ったっていいじゃありませんの!」
こんな感じで純度100%のワガママである。
とはいえ別に間違った事を言っている訳ではないし、ユーギルも気持ちはわかるのでツッコミはしなかった。
「……まあいい。最初はそう考えていたとしても、今は俺に譲る気なのだろう?」
「ええ。譲ればミサキさんと共に戦える。肩を並べて寄り添い支え合って戦える。これはこれで悪くない体験ですもの!」
「……何故密着して戦おうとするんだ? 動き難いだろう」
答え:ロリコンだから。
まぁ彼らはあずかり知らない事なので(ロリコンでもないので)わからなくても仕方ない。そろそろ薄々感づいてる人はいるかもしれないが……。
とにかく、要はサーナスからすれば前門のリオネーラ、後門のミサキという事でどちらに突撃してもオイシイ話だったので物分かりが良かったという、それだけの話である。
「あくまで支えるだけですわ! 積極的に触りはしませんわ!」
「お前は何を言っているんだ……?」
(……実際密着されても困るし、聞かなかった事にした方が良さそう)
前回サーナスに迫られた時同様、ロリコンというものをよく理解していないながらもギリギリ身の危険は察知するミサキであった。




