ぶつかり合う三本の矢(って言うとちょっとカッコいいけど実際はただの3バカ)
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「――さァて、チーム分けはこれでいいな。より実戦っぽさを出すならこのままさっさと開戦、となる訳だが……今回が初めての奴もいるだろうし、ついでにこれは俺がゲイルの奴をブン殴る為の授業だ。今回だけは開戦前の作戦タイムを正式に設ける」
ついでと言ったが理由の9割9分9厘は後者である。
「10分待ってやるから、俺のチームの奴らは俺がゲイルをブン殴れるような作戦を考えろ。ゲイルチームの奴らは黙って道を開けてればいい。おいゲイル、言うまでも無いと思うが――」
「わかっている、作戦に口は挟まんし手も出さん。これは生徒達の授業なのだからな」
「黙って殴られてくれるのか、まさに教師の鑑だな」
「フ、どこかの能無し教師とは違うのでな」
「チッ。……いいかお前ら、勝利もしくは敗北の条件は『チーム全員の戦闘不能』あるいは『大将である俺かゲイルの戦闘不能』だ。そして俺達は極力生徒には口も手も出さん、自分の身に危険が及ばん限りはな。それを踏まえて作戦を考えろ。では作戦会議、始め!」
言い負かされかけたボッツが手を振り上げて作戦タイムに入ると、両チームとも自然と敵に背を向けて距離を取るようにして集まり出す。
「………」
「……?」
……ミサキと、彼女に無条件で追従するエミュリトスを除いて。
「センパイ? 行かないんですか?」
「……作戦を立てるだけなら慣れてない私に出来る事は無いだろうし。敵の動きでも見張っておく」
「……じゃあ、わたしも一緒に居ますね」
慣れてない、という言葉の意味するところ――異世界人である事――を知ってしまっているエミュリトスはミサキの考えを否定せず、静かに受け入れた。
それ自体はミサキにとってありがたい事なのだが、隣に腰を下ろそうとまでしてくれるのはいい事なのかわからない。
「……エミュリトスさんは参加してきた方がいいと思う」
「作戦とかそういうのは苦手なので得意な人に任せます。わたしは人を相手にするよりも動物や魔物と戦う事の方が多かったですし」
「……そう。ありがとう」
「えへへ。ホントの事ですから、お礼を言われるような事じゃないですよっ」
結局二人並んでグラウンドに腰を下ろし、見張りについた。
……だがそもそも、これは安全の保障された作戦タイムである。堂々と妙な行動を取れるほど距離が離れている訳でも見通しが悪い訳でもなく、普通に考えれば見張りなんて必要無い。皆もそう考えているからこそ安心して背を向けているのだ。敵を見張るよりも背中を向けて表情も口元も見せないようにする事を優先しているのだ。
つまり二人の行動は完全に無意味……の筈なのだが、しかしこれはこれで良い手かもしれない、とボッツは思った。
(まァ威嚇くらいにはなるか。魔人に見つめられるのは居心地のいいモンじゃねえだろう。それにゲイルの野郎を信用した訳でもねぇ、さっきはああ言ったがアイツの事だ、絶対どこかで何か仕掛けてくる。見張っておいて損はねぇ筈だ)
信用出来ない奴だと信用している、みたいなそんな関係である。
勿論ミサキはゲイルを疑うつもりもクラスメイトを威嚇するつもりもなく、先述した通り作戦面で役に立てないならせめて見張りとして貢献しようと考えただけに過ぎない。見張りが必要無いルールである事も理解した上で、だ。敵の動きにおかしな所が無いとわかればそれだけで少しは味方も気が休まるだろうから。
(それに、常日頃から実戦のように動いておくのも悪くはないはずだし)
とにもかくにも経験を積んで早く強くなりたいミサキらしい前のめりな考え方だった。
とはいえ、この世界における「作戦」というものがどういうものなのか、そこに興味が無い訳でもない。敵を見張りながら抜け目無く聞き耳だけは立てていたのだが……
(……なんか、あまりまとまりそうにないな)
……聞き耳を立てている限りだと、どうにもアカンやつの雰囲気が出ているのである。
何故かというと。まず、こういった話し合いには『まとめ役』が必要である。リーダーあるいは進行役と言ってもいい。
それを専門とする人はこの場に居ない為、わかりやすさを求めるならば立場の強い人か実力のある人がそのポジションに収まるべき、と言えるだろう。しかし立場の強いボッツは今回は口を挟まないと宣言し、全てを生徒に任せるつもりでいる。よって今回は実力のある生徒がそのポジションにつくべきなのだが、問題はここだ。
「俺はクラス長と戦えればどんな作戦でもいい。だがアイツとの戦い以外には手は貸さんからな」
「作戦なんて正面突破以外ありえないだろ。正々堂々の戦いこそ男の美学、オレはそう考える。己の力と体と筋肉を信じて全員で突撃あるのみだ!」
「わたくしだってリオネーラさんと戦いたいんですけど! あと正面突破は作戦とは言いませんわ!」
上から順に、自身の目的以外眼中に無い孤高の獣ユーギル、ボッツに憧れすぎて自身も脳筋になってしまったアホのトリーズ、他人と意見がぶつかった際にはハッキリ言わないと気が済まない面倒な性格のサーナス、である。
こっちのチームの実力者トップ3はよりによってこんな感じなので、作戦会議は遅々として進まないのだった。特に上二人は勝敗を度外視して言ってるっぽいのが問題である。
「俺はクラス長と一対一で戦う。お前は黙って見ていろ、女。手出しは許さんぞ」
「違うなユーギル。仲間全員で!一斉に!正々堂々正面から!敵の最大戦力であるリオネーラさんごと!全て筋肉で轢き殺す! これが戦いってものさ!」
「だからそれは作戦とは言いませんとあれほど! それにわたくしだってリオネーラさんと一対一で戦いたいって言っているでしょう! ……っていうか筋肉で轢き殺すって表現、地味に怖いですわね」
まぁ最初からずっとこんな感じで、他のチームメイトは口を挟む余地すらない。実力者ながら協調性もあり、他人を思いやれるリオネーラって偉大だったんだなー、と皆で遠い目をして思いを馳せるくらいしかする事が無い。
こういった場合、恐らくは実力順でユーギルを『まとめ役』にすれば説得力は出るのだろう。しかしユーギルは作戦の立案には全く興味を示さない為、まとめ役以前の問題なのだ。作戦を立てる事を否定している訳ではないが興味が無いのだ。彼の興味はいつだって戦いにしかない。ある意味ではとても視野が狭いと言える。
「ではどちらが先に挑むか、力で決めるか? 今この場で」
「望むところです!……が、その前に作戦を決めませんと」
一方で作戦にこだわっているのはサーナスとトリーズである。正確にはトリーズは作戦というか正面突破にこだわっているだけだし、サーナスは正面突破を作戦と認めるつもりは毛頭無かったりするが。
「まあ聞いてくれよサーナスさん。オレだって何も考え無しで言ってる訳じゃあないさ。こんな開けたグラウンドで向き合った状態から始まる戦いじゃ作戦もクソもない。力こそが物を言う。そう思わないか?」
「トリーズさん、貴方なりに根拠がある事は認めますわ。ですが正面突破なら勝算が増すという訳でもないのでしょう? 相手にはその『力』に優れたリオネーラさんがいるのですから。でしたらやはり何か手を考えないと。より確実に勝利を掴む為に」
一応、この中で一番まとめ役が出来そうというかギリギリ空気が読めそうなのはサーナスのようだ。ミサキに負け、リオネーラと多少わかりあってほんのり性格が丸くなった結果である。
しかし、それでも他の二人を納得させられるような意見が出せる訳でもない。ユーギルに対しては最悪譲ればいいとしても、トリーズに対しては、
「……じゃあ、筋肉以外に何か勝率の上がる作戦があるのか?」
「それは、その……なんというか、相手の出方を見て、その裏をかくとか……」
脳筋極まっている彼を頷かせる自信のある具体的な作戦があるわけでもない為、そう聞かれたら言葉を濁すしかないのであった。
そんな光景を宣言通りずっと黙って眺めていたボッツだったが、彼の心境にも変化が現れつつある。勿論悪い方向で。
(まさかここまでまとまらんとはな……チーム分けを失敗したか? サーナスの意見も具体性に欠ける上に受け身過ぎて到底作戦とは言えんしな……)
まぁ、サーナスはリオネーラを(いろんな意味で)意識しすぎている為、受け身になってしまうのは多少は仕方ない事である。突っ込む事しか考えていない他二人よりはちゃんと警戒している分だけマシである。
だがボッツの求める答えの水準には達していなかった。残念ながら。具体性に欠けるので当然でもあるが。
(最悪、全員が納得さえしていればトリーズの言う正面突破でも構わんのだが、その場合の問題は『誰が全員を納得させるか』だ。誰を即席のリーダーとするか、これはそういう練習とも言えるんだが……作戦も立てられず、リーダーすら選べず、か……)
流石にこれ以上は見ていられない。口を挟みたくは無いがこのままでは授業にすらならない。生徒を生き延びさせる為だ、ヒントを与えるくらいは止むを得ないか――と、ボッツが口を開きかけた時だった。サーナスが、動いた。
「み、ミサキさん、何か良い案はありませんこと?」
(そこで魔人に振るのか!? どんな人選だ!?)
時間をドブに捨てる気か、と言いたげなボッツの疑問ももっともだが、ほんのり性格の丸くなったサーナスはそれでも友達が少なかった。ミサキとの決闘以来話しかけられる事も増えたが、まだまだ少ないのだ。
そんな訳で少しとはいえ縁のあるミサキに優先的に振ってしまうのは仕方ない事である。何よりミサキには自身を打ち負かしたという功績がある、尋ねる価値はあると考えた。
しかし、最初から作戦会議に参加するつもりのなかったミサキから芳しい返事が返ってくるはずもなく……
「……私に聞かれても……特に無いとしか」
「ま、まぁそうおっしゃらずに! 一緒に考えてくださいません? 貴女には何かあるとわたくしは期待しているのですわ!」
「それはこの前も聞いたけど……何も無いから」
「そ、そう言わないで! お願いですから! こっちに来てくださいまし!」
ミサキはそっけなく返すが、どうやらサーナスはサーナスで居心地がよろしくないらしくだいぶ必死に引き止めようとする。
まぁ、自分より強い者二人が建設的な会議に非協力的であり、かくいう自身も二人の意見と対立しながらもしっかりした意見を出せている訳でもないのだ。居心地が悪くなるのも仕方ないといえば仕方なく、可哀想に見えない事も無い。
特に良い案のある訳でもない自分が行ったところで何が出来るのだろうか、と思いつつも、かつてない程必死で可哀想なサーナスを捨て置く選択も出来ない甘いミサキは腰を上げた。
「……仕方ない。行こうか、エミュリトスさん」
「え、わたしもですか?」
戸惑いを含む返答。それは常にミサキに随行するエミュリトスらしくない返事に思えるが、実は地味にサーナスとエミュリトスの距離感は微妙だったりする。サーナスは幼く見えるエミュリトスと仲良くしたいと思っているのだが、その視線がネットリしている事をエミュリトスに察されているからだ。
が、そんな事は当然ミサキは知らない。
「? 来ないの?」
「と、当然のように言ってくれるのは嬉しいですが……わたしは見張りを続けます。センパイの役目を引き継ぐのも後輩の役目のはずですし」
「……私が勝手に始めた事だからそこまで重要な役目でもないんだけど……敵に動きも無さそうだし」
「ま、まぁ、そこは気にしないでください」
「……でも、そうやって大切にしてもらえるのは嬉しいかもしれない。わかった、後は任せるからよろしく」
「! はい! お任せください! 期待に応えてみせます、隊長!」
意志を継いでくれる人がいる。その嬉しさに少しテンションが上がったミサキと、そんなミサキの言葉を受けて十倍くらいテンションの上がったエミュリトスの奇妙な寸劇。
それをじっと眺めているのはサーナスだ。
「……見張りの引継ぎってあんなに盛り上がるイベントなんですの? わたくしも混ざりたい……」
(((プライド高そうなサーナスさんだけど、ああいうやり取りにも憧れてるのかな……?)))
周囲のチームメイトが気遣うような視線を向けるが、言うまでもなくあれはただ幼い子とごっこ遊びで仲良く戯れたいだけである。相手は幼い子限定である。そこ大事。




