風があるせいで飛び火する
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意外な事に職員室の扉でもレベルだけは測れたらしく、全員が一度扉をくぐった後にグラウンドへ移動し、そこでボッツの指示によりチーム分けが行われる事となった。
更に意外な事にボッツはちゃんと公平にチームを分けようとしているらしく、それなりに頭を捻りながら真剣にチーム分けを考えている。
「まず、ゲイル側にはクラス長をつける。あの鳥野郎自身は所詮はレベル45だ、俺ほど高くない。だからこうでもしないと絶対に公平なチームにはならん」
だが、こういう状況では生徒達にもそれぞれ入りたいチームが出てくるのが世の常。公平なチーム分けなど知った事ではない生徒達は真剣なボッツの思考に割って入ろうと声を上げ始めた。
「なら俺はこっちのチームで戦わせろ。俺はアイツを倒す為だけにここにいる」
「わ、わたくしも同じです! リオネーラさんに勝つ為、こちらに混ざりますわ!」
「わたしはセンパイと同じチームじゃないと嫌です!」
リオネーラとの手合わせを望むユーギルとサーナス。ついでに個人的ワガママでミサキと同じチームを望む者が約一名。言うまでもないがミサキは同志ボッツと組む事が確定している。
「あーわかったわかった、多少は要望も聞いてやる。一通り聞いてやる。全員希望を言ってみろ。戦いたくない連中も頭数には入れるからな、ちゃんと望みを言えよー」
そう言ってボッツは一通りの希望を聞き出し、再度頭を捻り……結果、初回という事もあり全員の希望を叶える事にした。全員と言ったがどちらでも構わないという生徒も数名居た為、バランスは上手く取れたのだ。
ただし、それはレベルでの話。人数では差が出てしまった。具体的にはゲイルチームの方が四名ほど多くなっている。
尚、希望を聞いた時に多かった意見についてだが、人望のあるリオネーラについていきたいという意見が最も多かった。ミサキだって叶うならそうしたかったくらいだ、何ら不思議ではない。
しかし、実はボッツのレベルはリオネーラの50を僅かに上回っており52である。あの筋肉は伊達ではないのだ。僅かな差ではあるが、それでも上には違いない。そう思ってボッツのチームを望む者もまた多かった。
ついでにミサキを恐れてゲイルチームを望む者も割といた。直接そう言っていた訳ではないが視線でバレバレである。勿論そんな様子の生徒が出てくる度にミサキはボッツにからかわれていた。
「クク、人望ねぇなァ魔人」
「……そうですね」
こんな感じに。ミサキとしても否定は出来ないので頷くしかない。今回の皆の意見を聞く限りだとボッツだってリオネーラ未満の人望しかないのだが、それでもトリーズのような数名がレベル度外視で自主的に彼に付き従っている。
ミサキを理由に同じチームを望んだのはエミュリトスと、あと意外なところでレンがいたがその二人だけだ。サーナスもまぁ半分くらいは数に入れてもいいかもしれないが。
しかしその『意外なところ』がボッツにとって本当に意外だったのもまた事実。
「……人望はねぇ、が、いつの間に不定形族期待の若手を洗脳したんだ?」
「してません」
まぁ言いたい事はわかる。臆病な種族だという事を抜きにしてもあれだけ泣き叫んで拒絶していた相手だ、洗脳でもしないと同じチームなど普通は望まないだろう。
しかしミサキとしても特別何かをしたわけでもないので説明に困る。精々最後に本の相談という体で少し歩み寄っただけだ。先に歩み寄ってくれたのはレンの方だし、その理由も彼の説明で理解してはいるもののやはりミサキとしては特別な事ではなかったので説明に困るのだ。話を逸らそう。
「……というか、レン君って不定形族のホープだったんですね」
「当然だ、そもそも見所のある奴しか入学出来んからな、この学院は。……お前はどこに見所があるのかわからんが」
「………」
「ち、違いますよっミサキさん! 単に不定形族は数が少なすぎて若手がぼくしかいないだけだから! 先生も変な事言わないでください!」
「……そうなの?」
「まァ、数が少ないのは事実だが……」
「そうなんです! あっ、それとミサキさんの見所もちゃんとあると思います! レベルの上がり方が早い所とか、サーナスさんと戦った時に勝利を引き寄せた運の良さとか!」
「……ありがとう」
運が良ければこんなに色々トラブルに巻き込まれはしないのでは?と思わなくもないミサキだったが、フォローしてくれたのは嬉しかったので素直に礼を言っておいた。
それを受けてレンが微笑み、それを見てボッツも察する。これは洗脳ではなく、単純に話し合って人柄を理解し合った結果なのか、と。
(とはいえ、あんな外見というハンディキャップを背負っていながらそれを成すのは当然難しい。この魔人の見所は意外にもそこにあるのかもしれんな)
恐れられる外見を持ち、一見すると人を寄せ付けない雰囲気を持ち、話した限りでは人付き合いもまるで得意そうではない……のに、何故か徐々に味方を増やしている。不思議なものだ、とボッツは思った。
しかし、学校の外でもそうなるとは限らない。そして、そうならずとも最低限生きていけるようにするのが教師の役目だ。ボッツ達のやる事は何も変わらない。
(その点だけは、俺もあのクソ野郎と同じ意見なんだがな――)
◇
――時は少し遡り、皆で職員室を出る直前。ゲイルはボッツの隣に並び立ち、小声で話しかけていた。
「……それにしても、ボッツよ」
「あン?」
「『あの頃』は俺達にあんな事を言う奴はいなかった。こうして皆を巻き込み貴様と対立する事も当然無かった。面白い時代になったものだな」
「……面白いのは認めるが、時代っつーよりあいつが変なだけだと思うがな。あの魔人が」
「ミサキ・ブラックミストか……確かに珍しい性格の人間には思えるが」
「『珍しい』じゃねぇ、『変』なんだ。今までいろんな奴を見てきたしいろんな奴を『教育』してきたが、あいつに対してはどう接するのが正解なのかわからん。あいつは何か、アタマの中に俺らとは違うモノが詰まってる気がしてならねぇ」
「……考えすぎだろう。本気で魔人だと思っている訳でもあるまい?」
「……まァ、な」
ゲイルのレベルでも相手の力量は察せる。よってそれよりレベルの高いボッツに察せない道理は無い。彼女は魔人ではなくレベル相応の力しか持たない少女、それが職員間での共通認識だ。
それでも何故か恐れるディアンのような者や、レベルが低くて相手の力量を察せないが故に不安がる職員――初日のミサキの騒動に駆けつけてきた教師とか――も居たりはするがそれらはあくまで例外である。
しかしながら、そうやってミサキという少女を正しく認識しているにも関わらずボッツは接し方に悩んでいる。意外にもとても真面目に悩んでいたりする。信じられないかもしれないが本人はとても真面目に悩んでいるのだ、最初から。
……まあ、そうして悩みながら行動した結果ミサキからは「尊敬は出来るけど絡まれると面倒事しか起きないので距離感に困る人」という印象を持たれてしまっているのだが。結局のところ、このボッツという人間は悩むのには向かないタイプなのだ。そして誰よりもそれを知っているのがゲイルである。
「……貴様が何を悩んでいるのかは知らんが、くだらんな。生徒は生徒だろう。俺達は生徒が生き延びられるように教育を施す事に専念すればいい」
「そうだな……わかってるさ。それが教師の役目なんだよな」
犬猿の仲の二人だが、教師としての心意気は通じるものがある。教師として正しくあろうという心意気も。だからこそ肩を並べて同じ道を歩めていると言えなくもない。
でも周囲の人に迷惑をかける程度には犬猿の仲なので、別の道を歩んでくれた方が周囲の人は助かっていたかもしれない。




